つかの間の安息
「はあ・・・はあ・・・もうダメ・・・」
追っ手から逃げるために走っていたがそろそろ体力的に限界だ。俺は膝に手を着き裏路地の汚い壁に体を預けた。
「ちょっと!早くしないと追っ手が来ちゃうよ!」
この猫娘・・・なんてすばしっこいんだ。全速力でしばらく走り続けたのにまるで疲れを見せていない。
アルが俺の手を無理やり引っ張るが動けないものは動けない。そもそも俺は体育が大の苦手だったし、中でもマラソンは群を抜いて遅かった。
「ほら!」
息を整え、再び走り出すが心臓が破裂しそうだった。
「早く衛兵の処に行こうよ!」
待て、今衛兵と言ったのか。俺はふと考え立ち止まった。衛兵はマズイ!
「衛兵はダメだ!市民権持ってないのがバレる」
「ええ!じゃあどうすんのさ!?」
「わからん!」
アルと押し問答をしていると後ろの方から兵士たちの声が聞こえる。さっきの兵士たちがすぐそこに迫ってきていた。
「いたぞ!」
追い付かれた!?追っ手の兵士が右手に火の玉を作っている。この道は狭い、後ろから魔法を放たれてしまったらまず避けられないだろう。
大通りまではあと100メートルぐらいか・・・俺たちがこの路地から出るより、あいつが魔法を撃つ方が早いだろう。
目くらましも使い切ってしまった。
「死ねぇ!」
男の右手から火の玉が放出され、俺達に向かい凄まじいスピードで迫ってきていた。
もう避けられない!せめて自分を盾にでもしてアルだけは逃がさなければ。アルを背中の後ろに隠し俺は目を瞑った。
・・・おかしいな。一向に魔法が当たらない。スピード的に考えてもう俺は黒焦げでもおかしくないのに
熱さ一つ感じていない。
恐る恐る目を開くと俺たちの目の前に半透明の壁が浮き上がっていた。
「ふう、間に合ったみたいだな」
後ろから聞きなれた声が聞こえてきた。
「フィアナ!」
彼女が魔法の障壁を張ってくれたおかげで助かったのか。
「なぜ魔法が当たらない!?」
突如現れた障壁に兵士二人は戸惑いを隠せなかった。
「ちょっと」
不意に誰かが後ろから話しかけてきた。女の声?一体誰だ?
兵士は振り返った瞬間、自分の顔面に拳が直撃していた。凄まじい衝撃と共に宙を舞い、世界が反転したかと思った時には、兵士の意識は遠くへと飛ばされていた。
「なんだ!?」
後ろから相方が飛んできた。一体何が・・・兵士は素早く振り返ったが時すでに遅く、気が付いたら自分の体も宙を舞っていた。
2人をふっ飛ばしたメイドは手をパンパンと払った。
「全く、今日は厄日ですわ!」
俺たちは助かったんだ・・・良かった・・・本当によかった・・・
俺はその場にへたり込み、フィアナの足にただただしがみ付いていた。
「・・・なるほどな」
ジオ内にある宿屋で俺とアルは今までの経緯を二人に話した。
俺はてっきりロランに殺されるものだと思っていたが、彼女は終始黙っていた。フィアナの前ではあくまでメイドの様だ。
だが、後で二人だけになったとき・・・その事を考えるのはやめておこう。
「でも、どうやって俺たちを発見したんだ?」
「ロランがあちこちを探し回ってくれたんだ。」
要するに、今回助かったのはロランのおかげということだ。
「ロランさん・・・本当にありがとうっ!」
俺は地面に頭をこすりつけてロランに礼を言った。隣でアルも頭を下げていた。
「ふんっ!お嬢様の為にしたことですわ」
そう言うとロランはそっぽを向いてしまった。
「それで・・・その子をどうするつもりですの?衛兵に突き出そうと思えばいつでもできますわ」
ロランはアルの事を指さしてそう言った。アルは緊張したおもむきで俺の顔を見つめる。
「この子は・・・許してあげようと思う」
「ホント!?」
確かに、その気になればすぐにでも衛兵に突き出すことができる。しかし、俺にはそんな真似できなかった。
アルが驚きの声をあげた。彼女は刑務所行きを覚悟していたのだろう。
「本当にお人よしですわ」
「タケルがそう言うなら私は構わないぞ」
フィアナとロランも納得してくれたようだ。アルは目にいっぱいの涙をためて何度も礼を言っていた。
「今日は帰った方がいい。ロランこの子を送ってやってくれ」
「承知しました」
帰り際、アルが俺に抱き付いてきた。小さな手で俺の腰に精いっぱい。
「タケル、迷惑かけてごめんなさい。でも本当にありがとう!何かあったらすぐに助けに行くよ!」
ロランに連れられアルは大通りの闇の中に消えていった。
「とんだ災難だったな」
とフィアナ。
「今日はいろんなことがありすぎたよ」
「今日はもう寝るといい」
フィアナはそう言うと宿の中に戻った。
「俺、これからどうなるんだろう・・・」
こうして俺が異世界に来てからの長い長い一日が幕を下ろしたのだった
今回は少し短めにしました