別離④
慌てて下り口を探すゲン。しかし崖は険しく、直接降りることは叶わない。ゲンは必死に走り、元の道を駆け戻って回り込み、匂いを辿った。やっとの思いで見つけた源太の姿は血にまみれ、傷だらけで地面に横たわっていた。頭からどくどくと血を流す源太。
〈源太!〉
ゲンは顔を舐め、身体を揺すった。必死に、必死に呼び戻そうとした。
「ゲ……ン……」
かすかな声が返った瞬間、ゲンの胸が張り裂けそうになった。
「ワォ―――ン!」
ゲンは空に向かって咆哮した。悲鳴のような遠吠えが高い空に響き渡った。
〈誰か!誰か、源太を助けてくれ!〉
必死に助けを呼ぼうと走り出しかけたその時、弱々しい源太の手がゲンの足を掴んだ。
「ゲ……ン……い、行か……ないで……」
(源太!置いていけるはずがねぇ!)
「ク―――ンッ」
ゲンはどうすることもできず、源太の周りを落ち着きなく駆け回った。そうすれば良いか分からず、頭は真っ白だった。なんとかして、助けなければならない。
ゲンは源太の腕を咥え、自らの背に乗せようと必死にもがいた。何度も試み、ようやく源太はその意図を悟ったらしい。薄れゆく意識の中で、掠れた声を絞り出した。
「乗……れば……いいの?お、おまえが……おい……らを……つ、連れて……帰って……」
血に濡れた体をずるずると引きずり、源太は震える手でゲンの背に縋りついた。小さな体が背に重くのしかかると、ゲンは震える足でゆっくりと立ち上がった。
〈源太!しっかりしろ、落ちるな!〉
「ゲン……ご、ごめんな……お前の……言うこと……聞か……ないで……。でも……ゲンの背中は……あったけえなあ……」
それきり、源太の体はぐったりと力を失った。
(源太!駄目だ、寝ちゃ駄目だ!)
早く、早く帰らなければ、と焦りに押し潰されそうになりながらも、落とさぬように慎重に、しかし必死に家を目指して歩を進める。
「クォオーン!」〈源太!目を開けろ、源太!〉
だが、家が近づいたそのとき。ずるりと力の抜けた源太の体が、ゲンの背から滑り落ちてしまった。揺り起こそうとしたが、意識を失った源太はもう身動きしなかった。
(源太ァ!)
「ワォ―――ンッ!」
その絶叫は空気を震わせ、家の奥にまで届いた。家の中で源太の父親は顔を上げた。
「ん…今、声がしなかったか?」
「え、何?」
「ゲンの声が……」
次の瞬間、また響いた。何度も、何度も。叫びは血を吐くように繰り返され、父親の心をざわつかせた。
「様子がおかしい!」
父親は猟銃を掴み、外へ飛び出した。茂みを抜けた先にあったのは、血に濡れ、息絶え絶えの源太の姿。
「源太!源太!」
父親は駆け寄ったが、目に飛び込んできたのは、息子の無残な痛々しい姿だった。掻きむしられた腕、牙食い込んだ手。そしてその横には血に染まった口を持ち、牙を折ったゲンがいた。
「……おまえ……おまえがやったのか!」
怒りと混乱に目を血走らせた父親の視線が、ゲンに突き刺さる。
(ち、違う!おいらじゃない!)
「クオオォン…!」
しかしその声は届かない。父親は血まみれの息子を目の当たりにして激情に呑まれ、銃口をゲンに向けた。
「恩を仇で返しやがって!」
銃口の黒い穴がゲンの胸を狙う。ゲンはジリジリト後ずさりする。
「グルルッ、クォーン」〈おっ父、おいら、おいら何もしてねえ…〉
父親はゲンに向けた銃の引き金に手を掛けた。と、その瞬間、茂みから黒い影が飛び出し、父親の体を銃ごと突き倒し、すぐさま姿を消す。一瞬の事で父親には何が起こったのか分からなった。
「な、なんだ……!」
「グルルッ!フーッウ……」
倒れ込んだ父親の耳に、鋭い唸り声が響いた。
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