別離①
二.別 離
ゲンが来てから、半年という月日が流れていた。ゲンはいつでもどこでも源太と行動を共にし、片時も離れることはなかった。源太もまた、ゲンが来てからというもの、土間に寝床を移し、ゲンと並んで眠るようになっていた。
母親はそんな二人の姿を見て、冗談めかして「源太をゲンに取られちゃったわ」と口にするが、その声音には半分ほどは本音が混じっていた。ゲンが来るまでは、源太はいつも母親の傍らに眠っていたからだ。
ある日のこと。源太は、ふと父親の言葉を思い出して、母親に尋ねた。
「おっ母、下の部落で狼を飼っていた人に何があったの?」
「ああ、その話ね……」
母親は少し顔を曇らせ、声を落として語り始めた。
「随分前のことなのだけれどね。狩りに行った部落の者が、祠の中で狼の子供たちを見つけて、その中の一匹を持ち帰ってしまったのよ。ちょうど飼っていた狩猟犬を失ったばかりだったから、その子狼を新しい狩猟犬にしようと思ったらしいの」
「家族がいたのに連れて帰ってきちゃったの?」
「その年は天候のひどい日が続いて、山も荒れていたのね。もしかしたら母狼は死んでしまっていたのかもしれないわ。ただ、周辺に狼たちの足跡はあったそうだから、子供達を置いてエサでも探しに出てんじゃないかしら」
「それでどうなったの?」
「飼い始めて一週間ほど経った頃、狼の群れがその家を襲ったの。子を取り返しに来たのね。その家には、生まれたばかりの赤ん坊がいたのだけれど……その赤ん坊は狼に噛み殺されてしまったのよ」
「そんな……!」
源太は息を呑んだ。
「それ以来ね、狼の子を人が持ち帰ってはならない、と言われるようになったの。だからおっ父は反対したのよ。もし仲間がやってきたりしたら……そんな悲劇が繰り返されるかもしれないと思って」
「でも、ゲンのおっ母はもう死んでいたし、ゲンは一人ぼっちだったんだ。他の子もいなかったよ。だから取り返しになんて来る狼はいないよ!」
「そうね。おっ父も、群れはもう滅びてしまっただろうって言っていたわ。母狼が一匹で死んでいたということは、番の雄も既に命を落としていたということだろう、ってね」
「そうだよ。今のゲンの家族はおいらなんだし」
「それでも、やっぱり不安はあるのよ。狼は本来、人に飼われて生きるものではないから。いつか大地へ帰りたいと思うかもしれない。仲間を見つけたら野性の血が呼び覚まされるかもしれない。そうなった時、源太や私に危害を加えるかもしれないって」
「そんなことない!ゲンは優しい子だよ。この間も、おいらが転んで怪我をした時、心配そうに舐めてくれたんだ」
母親はふっと微笑み、源太の傍らに眠るゲンへ視線を移した。
「そうね……おっ母もそう思うわ。ゲンはとても優しい目をしている。源太とも仲良しだしね」
「うん、ゲンはすごく優しいよ」
源太はそう言って、横たわるゲンの腹に頭を乗せた。
「ゲンの心臓の音がする……」
囁くように呟いたまま、源太は眠りに落ちていった。半年の間にゲンはぐんと大きくなり、まだ完全な大人にはなっていなかったが、仔狼の面影はすでに薄れていた。腹の上で眠る源太の顔を見下ろしたゲンは、小さく喉を鳴らし、安堵したように瞼を閉じた。
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