出会い④
そこへ、奥から父親が現れた。腕を組み、鋭い目で二人を見下ろす。
「生き返ったか」
「うん!」
「……なら、後で山に返すぞ」
「え……?」
源太は思わず固まった。
「そいつは山の生き物だ。我ら人と共に暮らすものではない」
「でも、部落には犬を飼ってる家がいっぱいあるよ。大きくなれば狩りの役にも立つはずだ」
「犬は人と共にある生き物だ。だが、こいつは違う。そいつは狼だ」
「でも……狼は犬の祖先なんだろう?なら、いいじゃないか!」
父親の声が雷のように響いた。
「駄目だ!」
源太はビクリと肩を震わせ、そのまま涙をぽろぽろと零した。
「嫌だあ!」
しゃくり上げる声が部屋に満ちる。
「どうしたの?」
「お、おっ父親が……この子を……す、捨てるって……」
食事の支度をしていた母親が顔を覗かせ、心配そうに源太を見た。
「まあまあ……」
泣き顔を見上げる子狼の瞳が、母親の目にも頼りなげに映り、胸が締めつけられた。
「あんた、まだすっかり元気になったわけでもないし、せめて快復するまでは……」
「何を言っている。慣れてしまってからの方が余計に辛いだろう」
「でも、この子狼の母親は死んでしまったのでしょう?下の部落で飼っていた狼には親がいて、その親が子を取り返しに来たから、あんな悲劇になったのよ。でもこの子は、もう一人ぼっちなのよ」
母親の言葉に、源太は涙で濡れた頬を子狼の背に押し付けた。母親と子と子狼。三つの視線が父親に突き刺さるように向けられる。
「……全く……勝手にしろ!どうなっても知らんぞ!」
そう言い捨てて父親は外へ出ていった。父親の背中が見えなくなると、源太は涙を拭い、子狼を抱き上げて顔をすり寄せた。
「やったな、おまえ!ここにいていいんだ。ずっと、一緒だ!」
「クゥ――ン」
ハッ、ハッと源太にまとわりつく子狼の顔は、源太には笑っているように見えた。
「おいらは源太。……おまえは、そうだな……ゲンだ。今日からおまえはゲンだぞ!」
子供らしい響きで名を与えると、源太は嬉しそうに子狼を抱き上げた。子狼・ゲンは小さな尾を揺らし、再び源太の頬を舐めた。
その日から、源太と子狼ゲンの暮らしが始まった。朝、源太が外に出れば、ゲンも必ず後をついて来た。まだ小さな体で、しかも片足を少し引きずるようにしていたが、それでも負けじと源太の背を追った。
「おまえ、そんなに無理しなくてもいいんだぞ」
そう声を掛けると、ゲンは「クゥン」と鼻を鳴らし、頑なに歩みを止めようとはしなかった。ある日、源太は薪拾いに山の裾へ出かけた。両手で枝を抱えて振り返ると、ゲンが短い脚で枝を咥え、必死に持ってきていた。
「おまえも手伝ってくれてるのか?ははっ、ありがとな」
まだ幼い狼が小枝を運ぶ姿に、源太は胸が熱くなった。別の日には、二人は草むらで狩りごっこをした。源太が草の間に小石を投げ入れると、ゲンは耳を立てて音のする方へ飛び込み、夢中になって探した。小石を見つけて咥え、尻尾を振りながら源太のもとへ駆け戻って来る。
「すごいぞ、ゲン!おまえ、もう立派な猟師だな」
源太が褒めると、ゲンは嬉しそうに跳ね回った。夜になると、二人は寄り添って眠った。冷え込む山里の夜気の中、ゲンの体温は小さな焚き火のように源太を温めた。源太は眠る直前、必ず呟いた。
「ゲン、おまえはもうおいらの弟だ。ずっと一緒だぞ」
するとゲンは目を細め、静かに源太の手に顔を擦り寄せた。
しかし、そんな日常を父親はどこか不安な面持ちで見ていた。彼は薪を割る手を止め、ふと遊ぶ二人に目をやると、わずかに眉をひそめた。楽しげに駆け回る源太と、尻尾を振るゲン。その光景は微笑ましくもあったが、同時に胸の奥に重苦しい不安を芽生えさせる。
(このまま何も起こらねばいいが……)
父親の胸に渦巻く不安を、まだ幼い源太は知る由もなかった。
お読みいただきありがとうございます。
いいね・評価・ブックマーク&感想コメントなど頂けましたら大変励みになります。
今後ともよろしくお願いします。




