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ゲンと源太(改訂版)  作者: 麗 未生(うるう みお)
出会い
5/20

出会い④

そこへ、奥から父親が現れた。腕を組み、鋭い目で二人を見下ろす。


「生き返ったか」

「うん!」

「……なら、後で山に返すぞ」

「え……?」


源太は思わず固まった。


「そいつは山の生き物だ。我ら人と共に暮らすものではない」

「でも、部落には犬を飼ってる家がいっぱいあるよ。大きくなれば狩りの役にも立つはずだ」

「犬は人と共にある生き物だ。だが、こいつは違う。そいつは狼だ」

「でも……狼は犬の祖先なんだろう?なら、いいじゃないか!」


父親の声が雷のように響いた。


「駄目だ!」


源太はビクリと肩を震わせ、そのまま涙をぽろぽろと零した。


「嫌だあ!」


しゃくり上げる声が部屋に満ちる。


「どうしたの?」

「お、おっ父親が……この子を……す、捨てるって……」


食事の支度をしていた母親が顔を覗かせ、心配そうに源太を見た。


「まあまあ……」 


泣き顔を見上げる子狼の瞳が、母親の目にも頼りなげに映り、胸が締めつけられた。


「あんた、まだすっかり元気になったわけでもないし、せめて快復するまでは……」

「何を言っている。慣れてしまってからの方が余計に辛いだろう」

「でも、この子狼の母親は死んでしまったのでしょう?下の部落で飼っていた狼には親がいて、その親が子を取り返しに来たから、あんな悲劇になったのよ。でもこの子は、もう一人ぼっちなのよ」


母親の言葉に、源太は涙で濡れた頬を子狼の背に押し付けた。母親と子と子狼。三つの視線が父親に突き刺さるように向けられる。


「……全く……勝手にしろ!どうなっても知らんぞ!」


そう言い捨てて父親は外へ出ていった。父親の背中が見えなくなると、源太は涙を拭い、子狼を抱き上げて顔をすり寄せた。


「やったな、おまえ!ここにいていいんだ。ずっと、一緒だ!」

「クゥ――ン」


ハッ、ハッと源太にまとわりつく子狼の顔は、源太には笑っているように見えた。


「おいらは源太。……おまえは、そうだな……ゲンだ。今日からおまえはゲンだぞ!」


子供らしい響きで名を与えると、源太は嬉しそうに子狼を抱き上げた。子狼・ゲンは小さな尾を揺らし、再び源太の頬を舐めた。


 その日から、源太と子狼ゲンの暮らしが始まった。朝、源太が外に出れば、ゲンも必ず後をついて来た。まだ小さな体で、しかも片足を少し引きずるようにしていたが、それでも負けじと源太の背を追った。


「おまえ、そんなに無理しなくてもいいんだぞ」


そう声を掛けると、ゲンは「クゥン」と鼻を鳴らし、頑なに歩みを止めようとはしなかった。ある日、源太は薪拾いに山の裾へ出かけた。両手で枝を抱えて振り返ると、ゲンが短い脚で枝を咥え、必死に持ってきていた。


「おまえも手伝ってくれてるのか?ははっ、ありがとな」


まだ幼い狼が小枝を運ぶ姿に、源太は胸が熱くなった。別の日には、二人は草むらで狩りごっこをした。源太が草の間に小石を投げ入れると、ゲンは耳を立てて音のする方へ飛び込み、夢中になって探した。小石を見つけて咥え、尻尾を振りながら源太のもとへ駆け戻って来る。


「すごいぞ、ゲン!おまえ、もう立派な猟師だな」


源太が褒めると、ゲンは嬉しそうに跳ね回った。夜になると、二人は寄り添って眠った。冷え込む山里の夜気の中、ゲンの体温は小さな焚き火のように源太を温めた。源太は眠る直前、必ず呟いた。


「ゲン、おまえはもうおいらの弟だ。ずっと一緒だぞ」


するとゲンは目を細め、静かに源太の手に顔を擦り寄せた。


しかし、そんな日常を父親はどこか不安な面持ちで見ていた。彼は薪を割る手を止め、ふと遊ぶ二人に目をやると、わずかに眉をひそめた。楽しげに駆け回る源太と、尻尾を振るゲン。その光景は微笑ましくもあったが、同時に胸の奥に重苦しい不安を芽生えさせる。


(このまま何も起こらねばいいが……)


父親の胸に渦巻く不安を、まだ幼い源太は知る由もなかった。

お読みいただきありがとうございます。

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