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ゲンと源太(改訂版)  作者: 麗 未生(うるう みお)
生存
12/12

生存②

 草や木の実で食い繋いでいたがそれでは空腹を(しの)ぐところまで行かなかった。飢えは兄狼の傷の治りをますます遅らせ、体力をさらに奪う。


 ゲンは木の実を探して森の中を彷徨った、少しでも兄に栄養をつけなければ。焦るゲンの前に、ある日、一頭の子鹿が姿を現した。水辺に立ち、無防備に喉を潤している。ゲンは息を呑み、音を殺して身を伏せた。


(あれを……あれを仕留められれば、兄ちゃんもきっと元気になる) 


胸の奥で強く念じながら、ゲンは子鹿へ忍び寄った。足音を消し、風を切る音すら恐れるように。子鹿は油断しきっていたのだろう、ゲンが間近に来るまで気が付かなかった。小鹿が顔をあげた時には、ゲンはすでに背後まで迫っていた。


「グルルッ!」


慌てて走り出そうとした小鹿に喉の奥から唸り声を漏らし、跳びかかる。兄がいつも獲物の首元を狙うのを思い出し、そこに喰らいついた。子鹿は驚愕の声も出せず、必死にもがいた。だがゲンは放さなかった。前足で頭を抱え込み、牙を深く、深く押し込む。ギリギリと締め付けられるうち、子鹿の抵抗は弱まり、ついに小さな悲鳴を上げて、地面に崩れ落ちた。


〈やった!〉


胸が震えた。初めて、自分の力で獲物を仕留めた。ゲンは小鹿を引きずり、誇らしげに兄の元へ戻った。


〈兄ちゃん!〉


リオンはゲンの獲物を見て驚きの眼を見開いた。


〈おまえが……獲ったのか〉

〈うん!ねえ、早く食べて!〉


 兄がそれを口にしたのを見て、ゲンは胸の奥から喜びが溢れた。


〈よくやった……おまえも食え。これはおまえの獲物だ〉

〈うん!〉


兄弟は仲睦まじくその肉を分け合った。それを境に、ゲンは小動物を一人で獲れるようになり、日ごとに動きは俊敏さを増していった。やがてリオンの足も少しずつ癒え、立ち上がれるようになった。


 しかし、ゲンの心には時折、源太の面影が差し込んだ。源太はどうしているのだろう。怪我は癒えただろうか。あれからどれほどの時が流れたのだろうか。


 その思いに駆られ、兄が眠る隙を狙っては、こっそり源太の家の近くまで足を運んだ。鼻先に確かに源太の匂いが漂う。だが姿はなく、声も聞こえなかった。何度訪ねても同じだった。


〈源太……〉


胸の奥で名を呼ぶ。匂いは服の残り香に過ぎぬのか、それとも――もう死んでしまったのか。そんな疑念がゲンの心を蝕んだ。


――その頃。


 源太が倒れてから三月(みつき)の月日が流れていた。家に運び込まれた彼は高熱にうなされ、幾晩も魘され続けた。時折、譫言のようにゲンの名を呼ぶ声を上げながら。十日を過ぎる頃には熱も下がり、外傷も少しずつ癒えた。しかし源太は一向に目を覚まさなかった。この三月、源太はずっと眠ったままであった。


「ねえ……源太は、いつになったら目を覚ますのかしら。まさか、このままずっと……」

「やめろ! そんなことはない。源太は強い子だ。必ず、目を覚ます時が来る」

「……そう、そうよね」


母親の声は震え、父親の声には苛立ちと焦燥が混じっていた。


「まったく、狼なんぞ飼うから、こんなことに……」

「あんた、そのことだけど……」

「なんだ」

「私……どうしてもゲンがやったとは思えないの」

「何を言う!おまえも見ただろう。源太の手に突き刺さっていたあの牙を。腕にはゲンの爪痕だって残っていた」

「でも……あんなに仲良しだったゲンが、源太を襲うなんて……とても考えられないわ」

「奴には仲間がいたんだ。人知れず通じていたに違いない。森へ戻ろうとしたのを源太が止めたのかもしれん。あるいは仲間と会って野生の血が目覚め、牙を剥いたのかもしれん」

「……本当にそうかしら」


 母親は小さく首を振り、針を持つ手を震わせながら縫い物へと視線を落とした。

お読みいただきありがとうございます。

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