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ゲンと源太(改訂版)  作者: 麗 未生(うるう みお)
別離
10/14

別離⑤

〈ゲン!逃げろ!こっちへ来い!〉

〈兄ちゃん!〉


ゲンは涙に濡れた瞳で声のする方へ駆け出した。


「仲間か、他に仲間が居るんだな!」


他の狼の声を聞き取った父親は素早く落ちた猟銃を広い茂みに向かって撃ち放った。闇の中に再び銃声が轟き、弾丸が森を裂いた。猟銃の轟音を背中で聞きながら、ゲンは必死に兄の後を追った。


〈兄ちゃん!〉


森の奥深く、源太の家から遠く離れたところでようやく兄は足を止め、振り返った。


〈だから言ったろう、人間なんか信じるなと〉


その言葉は冷たく、鋭く胸を突いた。


〈で、でも……源太が……〉

〈もう戻れない。今度戻れば殺されるぞ。それが分からないのか〉


ゲンは力なく頭を垂れた。胸が潰れそうだった。


〈行くぞ。ついて来い〉


重い声に導かれるまま、ゲンはトボトボと兄の後ろを歩いた。


〈ゲンというのは……人間が付けた名だろう〉

〈うん。源太が……付けてくれた〉

〈そんなものは忘れろ。捨ててしまえ!〉

〈いやだ!絶対に嫌だ!源太が付けてくれたんだ!〉


声を震わせながら叫ぶゲンに、兄はやれやれと首を振った。


〈兄ちゃんには、名前はないの〉

〈あるさ。俺はリオン。助けてくれた長が与えてくれた名だ〉

〈リオン……かっこいいなあ〉


そう言いながらも、ゲンの胸には源太の笑顔が焼きついたままだった。


〈行こう。仲間が待っている〉


そんなゲンを促すようにリオンが前に進む。二匹はやがて、森のさらに奥へと進んでいった。ゲンが足を踏み入れたことのない見知らぬ闇。聞き慣れぬ匂い。そこに響くのは、無数の狼の遠吠え。兄がそれに呼応して高く吠える。


 様子をうかがうような唸り声がゲンの耳を刺す。視界の中に数匹の狼の姿が入ってきた。兄は気にする風もなく、その中を進んで行く。ゲンは兄の後ろに付いて一緒に進む。するとその前に、一際大きな狼が進み出た。


〈リオン……そいつは何だ〉

〈長!こいつは……ゲン。俺の弟だ。仲間に入れてほしい〉


長と呼ばれた狼は鼻をひくつかせ、鋭い目を光らせた。


〈駄目だ。それは出来ない〉

〈何故だ、長は弟が見つかったら仲間に入れてくれるって言ってたじゃないか!〉

〈そいつは山の匂いを持たぬ。人間の臭いに染まっている〉

〈違う!人間に殺されかけたんだ!こいつは……狼だ!〉

〈駄目だ。何度も言わせる。異なるものを群れには入れられぬ〉


その言葉と同時に、他の狼たちがゲンを取り囲んだ。牙を覗かせ、低い唸り声が重なる。


〈兄ちゃん……〉


ゲンは必死に兄の影に身を寄せた。


〈長!〉

〈聞け、リオン。何度も言うが……そいつは仲間にはなれん〉


ゲンの心臓は破裂しそうだった。このままでは兄にも危害が及ぶ。


〈兄ちゃん、いいよ……。おいら、行くよ〉


尻尾を垂らし、一歩、二歩と後ずさる。その瞬間、ゲンを包囲する狼たちが牙を鳴らして迫る。毛が逆立ち、本能的に前足を踏ん張って牙をむき、唸りが洩れた。


「ウーッ」


〈やめろ!ゲンは俺の弟だ!〉


リオンが身を翻し、ゲンを庇うようにその前に立ちはだかった。鋭い牙を剥き出し、目を灼くように光らせる。兄の威嚇に周りが怯む。


〈ゲン、行くぞ〉


リオンは他の狼たちを牽制しながら、一歩一歩前へ進んだ。


〈リオン、どこへ行く〉


長の声が背を打つ。


〈こいつは弟だ。一人では生きていけない。俺が一緒に行く〉

〈群れを捨てて生き延びられると思うか〉

〈長……助けてもらった恩は忘れない。だがゲンは弟だ。見捨てることなど出来ない!〉


一瞬、二匹の視線が絡んだ。静かで、重い沈黙。やがてリオンはその視線を振り切り、前だけを見て歩き出した。牙を鳴らす群れが二匹を阻もうと円陣を組む。しかし――。


〈やめろ。行かせてやれ〉


長の声に、群れは静まり、道を開いた。ゲンとリオンはその間を抜け、遠ざかっていった。群れの姿はやがて闇に溶け、見えなくなった。


〈兄ちゃん……ごめん。おいらのせいで……〉

〈もとから二人きりだったんだ。これからはお前も狩りを覚えろ。俺が教えてやる〉


リオンは小さく笑った。その横顔は、孤独と決意に照らされていた。

お読みいただきありがとうございます。

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