始まり
人間と狼の切なくも哀しい触れ合いを描いた作品です。
始まり
これは人がまだ山で狩をし、海や川で魚を取り、大地がもたらす恵みに感謝をし、火を熾し水を汲み、自然と共存していた頃のほんの少し前のお話です。
とある山深いところに狩をして暮らしをたてている猟師がいました。年頃になった猟師は周りの世話で嫁を娶りました。慎ましく仲良く暮らしていた夫婦に男の子が生まれました。夫婦はその子に源太と名づけ父親のようなたくましい猟師になるようにと願って育てました。
同じ山のもっともっと深いところに群れからはぐれた産気づいた狼がいました。狼は二匹の可愛い赤ちゃんを産みました。二匹は毛並みも色もまるで鏡に映したようにそっくりでした。
子供達が生まれて三月ほど経ったある日、母狼はえさを求めて子供達を置いて出かけました。子供達は母が帰ってくるのを今か今かと待っていましたが夜中になっても次の日になってもその次の日になっても母は帰ってきませんでした。お腹が空いてたまらなくなった二匹の子供達はフラフラと山の中へ出ました。
どこをどう歩いたのか分からないけれど向こうのほうから微かに母の匂いを感じた二匹は嬉しくなって走り出しました。無我夢中で走っていくと向こうのほうに横たわっている母の姿が見えました。
〈母ちゃん!〉
しかし母は横たわったまま身動き一つしませんでした。
〈母ちゃん、母ちゃん!〉
二匹は母を起こそうと母の身体を一生懸命なめました。でも母は目を覚ましてくれませんでした。母のお腹には乾いた血がべっとりとついていてその地面を赤く染めていました。
〈人間だ!〉
兄は弟にそう言いました。
兄は母が前に言っていたことを思い出しました。人間は触らないでも生き物を殺せる棒のようなものを持っていてその棒の先からは火が吹いたり鉄の塊のような玉が出たりして離れている生き物を簡単に殺してしまうと、だから人間には近づいては駄目だと言われていました。
〈母ちゃんはその棒で人間に殺されたんだ!〉
〈母ちゃん、死んだの?〉
〈そうだ、殺されたんだ。〉
そう言ったとき木陰のほうからカサカサという音がしました。
〈逃げろ!〉
そう言うと兄は素早く身を翻し、元来た道を駆け戻りました。でも気の弱い弟は足がすくんで動けませんでした。身体を難くして蹲っていると目の前に見たことの無い生き物が現れました。