始まり
こちらは数年前にアップしていた作品です。暫くこちらから遠ざかっていたのですが、最近また書き始め、こちらの作品も手直しをする事にしました。
大まかな内容は変わっていませんが、状況や心情をより細かく描写したため、以前より小分けしてUPさせていただきます。改めて読んでいただければ嬉しいです。
6話までは、前回あげましたところの上書きでUPしますのでアップした日付は以前のままになっています。7話以降は現在の日付になります。
全部で20話前後のお話しになる予定です
ラストには以前にはなかったエピソードを入れますのでお楽しみいただければ幸いです。
これは、人がまだ山で狩をし、海や川で魚を獲り、大地の恵みに感謝して暮らしていた頃――火を熾し、水を汲み、自然と共に息づいていた時代の、ほんの少し前のお話です。
とある山深い村に、一人の若い猟師がいました。彼は幼い頃から父親に猟を教わり、獣の足跡を追い、鳥の羽音を聞き分けることに長けていました。やがて成長すると、村の人々の世話で嫁を娶りました。夫婦は慎ましくも心を寄せ合い、山の神に日々の無事を祈りながら暮らしていました。まもなく男の子が生まれ、夫婦はその子に「源太」と名を授けました。父親のように逞しい猟師に育つように。そんな願いがその名に込められていました。
一方、同じ山のさらに奥深くでは、一匹の狼が群れからはぐれ、岩陰で産気づいていました。やがて四匹の小さな命が生まれました。ふるふると震える赤子たちは母親の腹に顔を埋めて乳を吸い、かすかな鳴き声を上げました。しかし、そのうち二匹はすぐに息絶えてしまいます。残された二匹は、まるで鏡に映したように毛並みも色もそっくりで、母狼にとってはかけがえのない宝でした。
三月ほど経ったある日、母狼は餌を求めて子を巣穴に残し、森へと出かけました。子らは母親の帰りを待ちながら、互いの体に鼻先を寄せ合って眠りました。しかし夜になっても、次の日になっても、母親は戻りません。やがて腹をすかせた子狼たちは、ふらつきながら山をさまよい歩きました。
風に乗って、かすかに懐かしい匂いが鼻先をかすめました。母親の匂いだ。二匹は嬉しくなって小さな足で走り出しました。藪を抜け、岩場を越えると、遠くに横たわる母親の姿が見えました。
〈母親ちゃん!〉
駆け寄った二匹は、母親の体を舐め、懸命に起こそうとしました。しかし母親は二度と目を開けません。腹には乾いた血がこびりつき、地面には黒ずんだ赤が広がっていました。
〈母親ちゃん……起きて!〉
〈どうして返事しないの?〉
兄は嗅ぎなれぬ鉄の匂いを感じ取り、母親がかつて語った話を思い出しました。
人間という恐ろしい生き物がいる。彼らは棒のようなものを持ち、その先から火や鉄の玉を吐き出し、遠くの獣をも容易く殺してしまう。だから人間には決して近づくな。
〈母ちゃんは……あの棒で殺されたんだ〉
〈殺された……? 本当に?〉
〈ああ。人間に……〉
そのとき、木陰からカサカサと草を踏む音がしました。
〈逃げろ!〉
兄は身を翻し、影のように素早く森の奥へと駆け去りました。しかし、気の弱い弟は足がすくんで動けません。小さな体を震わせ、蹲ることしかできませんでした。
そして、葉陰からゆっくりと姿を現したのは――これまで一度も見たことのない生き物が現れました。弟狼の金色の瞳は、その異形を映し取り、恐怖と好奇心に凍りついたまま動けなくなりました。
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