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恋愛症候群  作者: 真殿悠
第一章
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Y染色体

恋愛がすっかり廃れた世の中ですが、子供を育て教育するのに家族というシステムはやはり便利なようで、思った以上に廃れていません。

「なあ芽衣、いるかー」


小さい液晶パネルにでかでかと「芽衣の部屋」と書かれているドアをノックする。

部屋からテレビ電話で話してもいいのだけど、こういうのは面と向かって会って話すべきだ。

テレビで見たどこかの心理学者の受け売りだけどな。


「入るぞー」


いつまで経っても返事がないので、勝手に入ってみる。

相手が思春期男子ならともかく、まだ小学生だし変なことしてるってことはないだろ。多分。いやむしろそうあってくれ。

ドアを開けると、何やらイヤホンをつけ必死に液晶画面にかじりついている。

ここからじゃ画面のほうはよく見えない。


「おい、お前何見てんだ、って、うわ……」


思わず絶句してしまった。


3つ下の妹芽衣は、この春小6に上がったばかりだ。

いわゆるコミュ力は高いほうらしく、家にしょっちゅう友達を連れてきて遊んでいる。

品行方正成績優秀、学校でも優等生で通っている。

我が妹として兄も鼻が高い。

願わくば兄である俺に対してもそのコミュ力や優等生っぷりを見せてくれると嬉しいのだが。


後ろから画面を覗きこむと、イケメンが複数人映っている。

まあそういうのに興味ある年頃だし、と思ったが、その認識は少し甘かったようだ。


イケメンが裸だ。

それだけならまだしも、というかそれだけでも十分ぎょっとするというのに、いやもうね。

イケメン達がね、あられもないわけですよ。

ちょっとだけ描写すると、え、これって男同士でもできるの? ってことをしているわけですよ。

俺の口からこれ以上具体的なことはとても言えないぐらいに、とんでもないわけですよ。

何すかこれ。何なんすかこれ。

思考停止、とはまさにこのことだ。


「あ、あ……」

「あー総司様はほんとカッコいいなあ、ってなんだ兄ちゃんどうしたの?」


間抜けな声を上げて突っ立っていると、普段と変わらない調子で話しかけて来る。

なんでこいつは動じていないんだ?


「何その変な声。肺に穴でも空いた? あ、それとも脳みそ……は元からスカスカだから関係ないか」

「いや、お前、なんてもの見てんだよ」

「なんてもの、って………………」


何かに気付いた素振りを一瞬だけ見せたが、その後は素早かった。

手慣れた手つきで画面を閉じ、手早くロックをかけPCの電源を落とす。


「何、兄ちゃんまた変なものでも見たの? やだよー、身内から変な薬で捕まる人が出るとか」

「その誤魔化しに無理があるのは、わかってるよな」

「……はい」


その後芽衣から聞いた話は、どれも俺の知らない世界の話ばかりだった。

元々イケメンが好きだったこと。

そしてそのイケメンが出る創作物も好きだったこと。

何気なく買った書籍ファイルに、イケメン同士のあんなことやこんなことが書いてあったこと。

それを見て何かに目覚めてしまったこと。

以来学校やネットで同好の士と集まり、よく話していること。

最近では自分でも創作する側に回ってみようとしていること。


「ちょっと待て」

「何? 人が気持ちよく自分語りしてるときは遮っちゃだめなんだよ」

「色々ついていけないところもあるけど、お前がそういうのに興味あるってことはよくわかった」

「そういうの、ってちゃんと『BL』、正式名称『ボーイズラブ』って言葉があるんだからそれを使ってあげて」

「ああ、じゃあそのびーえる、な。まあ趣味は人それぞれだし否定はせん。それで友達も出来てるみたいだし、悪いことじゃないかもしれない」

「よくわかってるじゃん」


フフン、と得意気に鼻を鳴らす妹様。

いや別に君を褒めたわけじゃないからね?


「ここで質問があります」

「はいなんでしょう青葉君」

「ちょっとは兄に対する敬意を……って言っても意味ないか。とにかく質問。そのBLってのは、友達もできる立派な趣味なんだよな?」

「うんうん」


得意気な顔は崩れない。

うーん、まだわかっていないみたいだ。


「じゃあ、なんでそんな隠れてやってんの?」


俺のその言葉に真顔になったかと思うと、すぐさま顔を真赤にして反論してきた。


「だって! こういうの大抵私の年齢じゃできないし! 年齢バレたら無理! 隠れてやるしかないの!」

「そんな立派な趣味なのに?」

「そうだよ! だいたい大人はよくて子供がダメっておかしくない? いや絶対おかしいでしょ。だから仕方ないの。仕方なく隠れてやってるだけなの」

「それ、母さんに説明できるか?」


今度こそ芽衣の表情が変わった。

おそらく、あの母親なら無理にやめさせることはしないだろう。

やはり自分達の反省点を探そうとするだろうし、下手するとそのBLの世界のことをこれでもかと調べようとするだろう。

いや絶対にそうする。

そこから先はわからないけれど、なんだかんだ条件はつけるだろうけど、きっと許してくれる。


そしてそれが何よりも嫌なのだ。


俺たちは口には出さないけど、お互いが両親を尊敬していることは理解している。

だからこそ、親に心配をかけたくないのだ。

こんなことをしておいて今更何を、などと思うかもしれないが、それが俺たちのせめてもの親孝行だ。


「……できるわけないでしょ」

「だよな」

「じゃあどうしろっての!? 隠れてやるようなやましいことならやめちゃえって!? あたしは絶対嫌だからね!」


人間が物事を受け入れる場合、ショック→拒否→混乱→努力→受容 と段階を踏んでいくそうだ。

となると今の芽衣はさしずめ否定と混乱の間といったところか。

最初は普通に頼み込もうと思っていたがやめだ。

芽衣には悪いがこのチャンス、最大限利用させてもらう他ないだろう。


「黙ってて欲しいか?」

「ま、まあ」

「なら一つ頼みがある」


その時の俺の顔は、世界の誰よりも悪い顔をしていたに違いない。


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