終末思想
日曜日、今日は華とデートの待ち合わせをしていた。
恋人同士なんだからデートをするものだ、と華に言われてこうして待ち合わせているわけだが、一向に華が来ない。
待てど暮らせど来ない。
時計の針は既に11時を回っている。
電話もかけてみたが出ない。
何か嫌な事件に巻き込まれているんじゃないだろうか。
そんな不安がよぎるが、いやいやあいつのことだからきっと寝てしまっているのだろうとかぶりを振る。
一体何故俺はこんな待ちぼうけを食らっているのだろう。
華には後で問い詰めてやらないとな。
そもそも2人で出かけるのがデートというのなら、俺が告白したあの時だって広義にはデートじゃないのだろうか。
そんなことを聞くと、華からはデリカシーが無いと怒られてしまった。
正直そんなものを恋愛もしたことのないデザイナーズチルドレンに求められても困る。
一応見栄えは気にしておかなければならないと思い、芽衣に頼んで服を見繕ってもらった。
普段着る服とは違い、新品のあまり着心地の良くない服に見を包んでいるのはどうにも居心地が悪い。
この居心地の悪いさは本当に服だけのせいなのか。
「しっかしおせえな」
嘘だった。
華が遅いのではなく、俺が早過ぎるのだ。
12時からの映画に間に合うように11時半に待ち合わせ時刻を指定したのは俺だ。
それにも関わらず1時間以上前に来たのも俺だ。
遠足前の小学生よろしく前日はほとんど寝付けず、布団の中で悶々と過ごしていると、気が付いたら東の空が白み始めていた。
このまま家にいたら寝てしまうと判断し、こうして早めというにはあまりに早すぎる時間に来たわけだ。
しかし俺1人がそんな行動をしたところで予定が早まるわけでもない。
華が来るのを待たなければならないと思いつつも、寝不足の眼は勝手に閉じてしまいそうになる。とても辛い。
でもここで寝たら格好悪いよなあ、と思い直し、船をこぐ頭に活を入れる。
しかし眠い…………
…………っは。
完全に寝ていた。ていうか今何時だ?
思わず天を仰ぐと、太陽は今まさに中天を指していた。
完全に待ち合わせ時刻を過ぎている。
華はどこだ?
探そうとして辺りを見渡した瞬間、眼前に人の顔があった。
「おはよ。疲れてたのかな?」
「うわっ」
文字通り目と鼻の先、具体的な距離にして10cmもないだろう、そこに華の顔があった。
ただでさえ寝起きで頭の回転が鈍っているというのに、起きた瞬間目の前に人の顔があったのでは完全に思考が混乱してしまう。
「いきなり人の顔を見て『うわっ』だなんてひどいなあ」
「すまん、びっくりしてつい」
「いいよ、脅かしたのはこっちだもんね」
会話をしたら段々思考が落ち着いてきた。
おそらく華は、待ち合わせ場所で座って寝ている俺を見つけて、そのまま起こさずにいてくれたのだろう。
時計を見ると待ち合わせ時刻どころか予定していた映画の開始時間すら過ぎてしまっている。
全く俺は何をやっているんだか。
「映画、悪いな」
「ううん、全然いいよ。こうやって寝てる青葉くんを眺めてるのも楽しかったしね」
「どういう意味だそれ」
「言葉通りだよ」
とりあえず映画を見られずに機嫌を損ねている様子はなかった。
とはいえこの埋め合わせは何かしらしなければな。
どうしようか。
「今からどうするか。次の映画が始まる時間まで結構あるし。何かやりたいこととかあるか?」
「そーだねー、もう映画はいいかな」
「ほんとにすまん」
「いいっていいって。映画なんてまたいつでも見られるよ。少なくとも私には青葉くんの寝顔のほうが価値があったから、それで十分」
「そうか」
俺の顔は赤くなっていないだろうか。
こうも恥ずかしげもなくこっ恥ずかしいことを言われると、聞いている方が何倍も恥ずかしくなる。
「あ、でもやりたいこと1つ見つかった」
「なんだ?」
「私、青葉くんの部屋に行きたい!」
これは、断れそうにないな。
「へー。意外といろんなものがあるんだねー」
「大したもんは置いてねえよ」
家には誰もいなかった。
親は仕事だから当然として、芽衣はどこに行ったのだろう。
まあ考えても仕方がないか。
しかしこの家の中、2人きり。
ただただ緊張する。
「お話しよっか」
ベッドに座った華が、こっちに来いと言わんばかりにポンポンと脇を叩く。
ベッドに2人並んで座るって、これ……。
いやいや、あまり邪なことは考えないことにしよう。
素直に華の言葉に従って隣に座った。
「青葉くんて、なんで私のこと好きになってくれたの?」
「わかんねえ。気付いたら好きになってた」
「気付いたら?」
「正確に言えば、一目見た瞬間から。一目惚れってやつか。ってか恥ずかしいから言わせるなよ」
「一度聞いておきたくてさー。私のこういうところが好きって言われたら、そこを伸ばしたいし」
全力で嬉しい事を言ってくれるな。
頬に赤みがさすのを止められないが、さっきと違ってここには華しかいない。
下手に照れ隠しをするよりも、素直に自分の感情を吐露してしまおう。
「俺は華がいてくれたらそれだけで嬉しいよ」
「またまたー」
そう言ってバシバシと肩を叩いてくる華だが、耳の先が真っ赤に染まっている。
こっちが素直になればこいつも恥ずかしがるんだな。これは良いことを知ったかもしれない。
「ねえ、青葉君」
「なんだ」
「今楽しい?」
「楽しいさ」
「そっか」
ふふ、と本当に嬉しそうに笑う。
俺が喜んでいることをそのまま喜びとして共有してくれているのが伝わってくる。
その喜びもまた俺を喜ばせ、そうやって嬉しさの感情が互いにループし、互いに高まっていく。
恋人同士って、こういうことなんだ。
「ねえ青葉君」
「なんだ」
「これから楽しくなる?」
「なるさ」
「そっか」
少しだけ眠い。
未来はきっと嘘で満ちていて、誰にも真実なんてわかりはしない。
でも、それはきっと想像した以上に騒がしい未来で、そこに至るまでの曲がりくねった道は、飛ぶように通り過ぎてしまう。
だから、今を。
この喜びを高め合う今を。
誰にも奪われないように、2人で抱きしめるしかないのだと思う。
「なあ華」
「なに?」
「恋愛症候群って、病気なのかな」
「わからない」
そう、わからない。
わからないものはわからないままで、曖昧なものは曖昧なままで。
それがきっと、俺達が持っている唯一の答えなんだろう。
今までお読みいただきありがとうございました。




