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恋愛症候群  作者: 真殿悠
第四章
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行動変容


俺の言葉に皆がいそいそと帰り支度を始める中、1人何やら訳知り顔で嬉しそうにこちらを見てくる奴が居た。

橘だ。

ニヤニヤとこっちを見てくる事自体はいつものことなのでもう慣れっこなのだが、あの顔はそれとは別に何かよからぬことを知っている顔だ。

まさかな。

これほどまでに嫌な予感しかしない笑顔を作り出せる橘の才能には、毎度のことながら惚れ惚れするよ。


「どうしたんだい? そんなにこっちをジロジロ見てきて」


驚きの白々しさとはまさにこれか。


「視線を感じた方を向いただけだよ。そっちこそ何か用か」

「用ってほどのことはないけど、ちょっと気になることがあってね」

「なんだよ」

「うーん、今これを言っていいものか……少なくとも人に聞かせるべき話じゃないと思う」

「じゃあ今日ちょっと残れよ」

「いいのかい?」

「そんな勿体ぶった言い方されたら気になって寝覚めが悪いだろうが。今日のうちに片付けておきたい」

「それじゃお言葉に甘えて」


あとに残ったのは俺と橘と芽衣の3人。

一応断っておくがちゃんとみんなの見送りはしてきたぞ。


「それじゃ、話を聞こうか。

「そうだね。場所は、キミの部屋がいいのかな。芽衣ちゃんもどこまで知っているかわからないことだし」

「だいたい全部だ」

「全部?」

「全部は全部。俺の知ってることはだいたい全部芽衣に話してある。恋愛症候群から華についた嘘から何から何まで」

「それはまた……ずいぶんと兄妹で仲がいいんだね」

「普通だろ」


基本的に伏せておくべき相手は当事者である華と、目の前にいるトリックスターにしかならなそうな橘ぐらいなものだ。

正直それ以外の人間には積極的に話そうとまでは思わないが特別隠さなきゃいけないことでもないと思っている。

例えばラーメン1杯と引き換えに話を聞かせろなんて言われたら普通に話しているだろう。

もちろん華や橘に話を漏らさないことが大前提ではあるが。


「あれ? 橘さん帰ったんじゃなかったんですか?」


皆を見送った後部屋にこもっていた芽衣が降りてきた。

やはり着慣れない和服は窮屈だったのだろう、今はいかにも部屋着といった黒いジャージに着替えている。


「ああごめんごめん。ちょっと野暮用が残っててね。済ませたらすぐに帰るよ」

「何を言っているんですか! 橘さんの御用ならいくらでもお聞きしますよ! なんなら今日は泊まっていってくれてもいいくらいです!」

「あはは、それはさすがに家族が心配するから難しいかな。でもありがと」

「滅相もないです! 失礼しました!」


完璧に上下関係が固定されている。妹よ、お前はそれでいいのか。

いや、いいのか……。

今まで見せたことのないぐらい嬉しそうな顔で応対する芽衣を見たら、兄の不安など些細なことでしかないとすら思ってしまう。


「それじゃあ……そうだな、話は芽衣ちゃんの部屋でしようか。芽衣ちゃんも青葉君と華の話は聞いているんだよね」

「あ、はい。兄からだけですけど」

「十分だよ。こういう時は第三者も交えて話したほうがよさそうだからね。一対一だとどうしても視点が偏ってしまう」


まあそうだろうな。

当然視点は偏るだろうさ。

主に橘のほうにな。

橘相手に俺が会話の主導権を握れた試しなんざないわけだし。


「わかりました! あ、お茶いれますか?」

「さっき十分ごちそうになったよ。ほら行こうか」

「はい!」


先程以上に芽衣の足音からは緊張が伝わってくる。

なんだってこいつに対してそんなに気に入るところがあったのだろう。

本人のみぞ知るところだ。


「それじゃあ本題に入ろうか」

「ああ」

「青葉君、キミは恋愛症候群をどうするつもりなのかな」

「どうするって……治りゃいいとは思ってるけど」

「本当? ボクにはそうは見えないのは気のせいじゃないと思っているよ」


その言葉は煽りという風には聞こえない。

本当に訝しげに、本当に不思議そうに、そして本当に心配そうに聞いているようだ。


「じゃあどう見えるっていうんだ」

「こういうのもなんだけどさ」


橘はそう前置きをし、はっきりと俺の目を見据えてこう言った。


「治したくもないけど恋愛したくもない」


一発の銃弾が心臓を撃ちぬく音が聞こえた気がした。

とはいってもそれはまるでピンホールショットのように、既に開いていた風穴を通過するに過ぎない弾丸だ。

橘に言われるまでもなくそんなことはわかっていたさ。

そんな風穴俺だってとっくのとうに気付いているさ。

ああそうだよ。

恋愛は怖いさ。

病気だってこともそうだし、もし華の気持ちが変わったりしたら、俺はこの恋愛症候群を抱えて苦しんでいかなきゃいけないんだ。

それを知っていて恋愛に積極的になれるやつがどこにいるっていうんだ。

じゃあ綺麗さっぱり忘れて恋愛症候群を治せって?

それもまた土台無理な話だよ。

人間の意識と行動が変容するためにはいくつかの段階を踏まなきゃいけないってのに、その切欠を華の告白の衝撃が叩き潰していったんだから。


今の俺はゆあんゆよんと宙ぶらりんに揺れているブランコだ。

どっちつかずで安定しない。

行ったり来たりで動揺続き。

そんなこと、俺が一番わかっているさ。



「ちょっと意地悪しすぎたかな。別に今回はキミに意地悪しようってつもりはないんだ」

「へえ」


よく言うよ。

少なくとも「今回は」という言葉を使っているあたり、いつもはそういうことをしてたって認めたわけじゃないか。

その時思いついたように芽衣が会話に割り込んできた。


「ねえねえ橘さん、やっぱり兄ちゃんと橘さんだったら橘さんのほうが偉いの?」

「そんなことないさ。ボクらは対等な友達だよ。そうだろ?」


ほんとさっきから驚きの白々しさだな。

今橘が来ている黒のパーカーのほうが、より本人の性格を的確に表現しているんじゃないですかね。


「そうなんだー。てことはやっぱり兄ちゃんて受けなのかな……あ、でもM気質な人が一転攻勢して攻めに回るってのも悪くないシチュだよね…………難しいな」


ブツブツ呟く妹の口からは聞きなれない(と思いたい)単語がぽろぽろとこぼれ出てくる。

お兄ちゃん聞かなかったことにするの得意だから安心しような。

てか君は君の兄さんの話に全然興味なさそうなんだけど、それはそれで兄さん悲しいぞ。


「話を戻そうか。それで君にお願いがあるんだ」


出た! 出ましたよ「お願い」。

これ絶対ろくなこと言わないパターンでしょ。

もう身を持って体験したからいくらでもネガティブな予想ができちゃうんだけど。

さあどんなお願いが来ますかね。

鬼が出るか蛇が出るか、両方一遍に出てきても驚かないだけの覚悟はしておこう。


「聞くだけ聞こう」

「バカに素直だね。そのお願いってのはね――――」


ごくり、とつばを飲む音が聞こえる。

芽衣は呑気に鼻歌を歌っている。

橘は相も変わらずニコニコ笑っている。


「もう君たち恋人同士になってしまえばいいんじゃないかな」


……いやちょっと普通過ぎて逆にびっくりなんだけど。

行動変容は

無関心期→関心期→準備期→実行期→維持期

の段階に分けられます。

途中の段階を飛ばしたり矢印を逆に戻ったりすることもあり得ます

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