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恋愛症候群  作者: 真殿悠
第四章
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了解不能

妄想というものにはいくつか種類がある。

大きくは一次妄想と二次妄想とに分けられ、さらにその内容により妄想気分や妄想知覚、誇大妄想や罪業妄想などに細分化される。

簡単に一次妄想は「脈絡のない意味不明な妄想」、二次妄想は「理屈はわかるがありえない妄想」である。

妄想を分類することでうつ病や統合失調症の診断の役に立つそうなのだが、分類をパッと見た限りじゃ違いがよくわからないし、その上同じ病気でも妄想が出たり出なかったりとどうにも曖昧だ。

精神科の先生はそんな曖昧な分類を元に診断や治療をしているというのだから、すごいものだ。

正直わけがわからなすぎて尊敬とかそういう感情まではいかないが。


さて、その前提を踏まえると先程の華の発言はどうなるだろう。

話の流れそのものに致命的な部分は見当たらない。

恋人として付き合っている相手に自分の家族を紹介するということ自体は、何らおかしな行為ではないのだ。

じゃあ妄想でないのかと言われれば当然そんなことはないわけで。

紹介そのものは正しくてもその前段階が明らかにおかしいのだ。

いつ俺が華と付き合っていることになったのだろうか。

完全に了解不能だ。



「お前、将来の家族ってなんでそういう話になってんの?」

「え、違う? 私はそのつもりだったけど」


さらっとそういうこと言う。

そう言われることが全く嬉しくないかと言われれば、まあ嬉しい気持ちもなくはない。

人から向けられる好意は、よっぽど嫌いな相手でもなければそう悪いものではないし、それ以前に俺は華のことが好きだ。

好きな相手から向けられる好意が不快なものになるはずもない。

……はずなんだけどなあ。

正直なところ、現在の俺の感情の大部分を占めているのは理解不能な対象への畏怖と困惑である。

修学旅行以来表面的な日常会話しかしておらず、華が何を考えてあんなことを言ったのかまるでさっぱりわからない。

いや、わかるのが怖いと言い直したほうがいいだろうか。

俺の中ではああじゃないかこうじゃないかと勝手な理由の憶測はしているのだが、そのことに意味はない。

どうせなら本人に直接聞けばいいのだ。

「どうして俺と恋人になろうと思ったのですか」って。

きっと華なら天気の話でもするかのように答えてくれるだろう。

だが聞くことは出来ていない。

そりゃそうだな。

既に恋愛症候群という底なし沼に片足を突っ込んでいるっていうのに、その上でそれを聞くってことはもう片方の足も踏み込むこととほぼ同義だ。

そこまでの覚悟はまだ出来ていない。

だから今は、昔話によくいる鈍感な主人公を演じ続ける必要があるのだ。

まったく、我ながらどこまでも矛盾しているよ。


「違うも何も、そもそも家族と妹って関係ないだろ」

「あるよー。でもさ、そう言うってことは私とのことはもうオッケーってことかな?」

「そういう話はしてねえから」

「ケチー」


あくまで冗談として流す。

3人の注目が向こうに向いている今だからまだいいけど、よく人前でこんな話ができるものだ。


「とにかく、そういう話はなしな。今日は芽衣が主役なんだから」

「はーい」


なんとかこの場は従ってくれたみたいだ。

まあ主役が芽衣であることは事実なわけだし、今この場で強く出るつもりもないのだろう。

俺としてはこのまま平穏無事に終わってくれることだけを望むばかりだ。


「ちょっと、華さんもこっちに来なよ。今みんなで新しいゲームしようってなってるの。あ、兄ちゃんは適当に腹筋でもやってて」

「おい」

「どれどれー」


内弁慶ここに極まれり。

芽衣はわざわざ5人対戦のゲームを選んで遊ぼうと提案したらしく、俺を排除する気マンマンだ。

お兄ちゃんは悲しいよ。


仕方ないから言われたとおり腹筋でもするかあ。


「いーち、にー、さーん、しー、ごー、ろーく、ななー、はーち、きゅー、じゅー」


普段ちゃんと運動してないと意外と堪えるな。


「じゅーいち、じゅーに、じゅーさん…………」

「兄ちゃん、ちょっと静かにして」

「あ、はい」


怒られてしまった。

次は心の中で数えることにしよう。


「(さんじゅういち、さんじゅうに、さんじゅうさん)フッ、フッ」

「兄ちゃんうるさい」

「あ、はいすいません」


また怒られてしまった。

てかそもそも俺なんでこんなことしてるんだろうか。

謎だ。





気が付けば日が傾き、西の空はうっすら茜色に染まっている。

今は最も日が長い季節なのだが、それでも夜はやってくる。


「それじゃあもう今日は終わりにしようか」

「えー、まだ遊びたい!」

「ダメだ。もういい時間だろ?」


ここらへんで駄々をこねる辺りはまだ歳相応といった感じだ。

まだまだ遊び足りないといった芽衣に対して、ゲームに付き合っていた4人には少しだけ疲労の色が見える。

そろそろもういい頃合いだろう。

何より俺はもう筋トレに疲れたよ。

結局あの後腹筋が終わったらプッシュアップ、プッシュアップが終わったらもも上げ、それが終わったらまた次といった具合に一通りのトレーニングはさせられてしまった。

その間彼女たちは楽しくゲーム。

一真が気の毒そうな目でこちらを何度も気にかけていたことは気付いていたが、我が家の女王に逆らう気力もなかったので、ただ無心に筋トレを続けていた次第である。

どうしてこんなことに……。


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