二重らせん
いつもの帰り道を5人で歩く。
一緒に歩く人がいるというだけで、いつもの景色が何倍にも膨張して見える。
いつもと同じ光景の中から、非日常が隆起し形になって現れたようだ。
案外と日常なんてものは、非日常の上に貼り付けられたメッキのようなものなのかもしれない。
「ただいまー。連れてきたぞー」
玄関のドアを開け声をかけると、どたどたと2階から降りてくる慌ただしい足音が響いてくる。
「いらっしゃいませ! どうぞこちらへ!」
そう言って出迎えてくれた妹。
どこの店員だよ、と突っ込みを入れたくなったが、それ以上に突っ込むべき箇所が目白押しでもう何が何やら。
まずは
「その格好、誰に習った?」
芽衣が着ていた服は、和服……でいいのだろうか。
青地に白い模様が、まるで雲のように浮き出ている。
俺も歴史の教科書でしか見たことがないが、昔の日本では皆このような服を着ていたと聞く。
今でも民族衣装として祭の日などに着る習慣があるところもらしいが、少なくとも昔のように普段着として着ている人などどこにもいない。
ていうか和服を持っている人自体相当珍しいはずだ。
貴重なものになると国の博物館に保存されているらしいし。
それを何故芽衣が。
「これ? これねー、お母さんにお願いしたの」
むふふという声が吹き出しの外から聞こえてきそうなほどのにやけ面だ。
ちょっと気持ち悪いぞ。
「ていうか母さんそんなの持ってたのか?」
「そうなんだよー。着付けっていうのも教えてくれたの。あ、どうぞどうぞ上がってください」
俺と同じくらい呆気にとられていた面々だったが、芽衣の意識が再びそちらに向かったことで現実に戻ってきたようだ。
皆おずおずと靴を脱いで上がっていく。
しかし、不思議な光景だ。
さっきまでは日常の底に沈んでいたものが浮かび上がる非日常だったというのに、今は日常の上に和服という非日常の衣が被さっている。
玄関の窓からは、先程以上に青さを増した青空が広がっている。
「あ、兄ちゃんはお茶とケーキ持ってきてね。冷蔵庫に入ってるから」
「はいはい」
今日皆がここに来た主な目的はあくまで芽衣にあることは確かなので、俺もワトソンのような良き助手として、気難しい主役ホームズのサポートに徹することにしますか。
「……で、私が四条院華。よろしくね」
「おーい、お茶とケーキ持ってきたぞー」
ノックと共に片手でドアを開ける。
「おそーい。もう自己紹介終わっちゃったよ」
「まあそう言うなよ。紅茶を蒸らしてジャンピングまでちゃんとやってたんだから」
「青葉くんありがとー!」
お礼とともに華がぽんぽんと脇を叩く。
座れってことか。
芽衣があからさまに邪魔者を見る目でこちらを見てくるが、ここで引き下がるほうが変だろうが。
「しかし芽衣ちゃんすごいな。和服なんて本物は見たことなかったけど、がっつり着こなしてる」
「ですよねえ。まだ5年生でしたっけ? 私よりも大人っぽい……」
「やめてくださいよ~。私そういうの本気にしちゃうタイプなんですから」
皆口々に芽衣を褒めるが、芽衣のほうもまんざらでもない様子である。
いやほんとこの子調子に乗るタイプなんでやめてください。
「いや、着物の着付けなんて大変だろうにしっかりと着こなしている。しかも所作も堂に入っていてぎこちなさがない。今どきこんなの誰にでもできることじゃないよ」
「いえいえ滅相もないです! ていうか橘さんが和服についてそんな詳しいだなんて、そっちのほうがもう尊敬です!」
「ああ、ボクのほうも詳しいってほどじゃないけどね」
そういえば芽衣が橘に会いたい理由って気が合いそうだから、だったっけ。
あの様子だと、会いたいという希望につられて妄想の中の橘結衣という偶像が崇拝の対象にまで昇華しているようにすら見える。
あいつはそんな尊敬の対象になるようなタマじゃないはずなんだがなあ。
偶像崇拝ダメ・ゼッタイ。
「青葉くん、青葉くん」
芽衣を中心に盛り上がる残り3人をよそに、華がちょいちょいと肩を叩き小声で話しかけて来た。
声を抑えるから近寄るのはわかるんだけど、あんまり近づくと吐息がかかるんですが。
恋愛症候群の我が身には、そういうのすっごい堪えるんすよ。
「どうした」
「芽衣ちゃんって普段からあんな感じなの?」
「いや、あれは完全によそ行きモード。本物はもっと粗野で粗忽で粗暴だぞ」
「ふーん」
興味が有るのかないのかよくわからんな。
「なんか気になることでもあったか」
「うーん、特に。あ、でも強いて言えば」
「強いて言えば?」
「青葉くんは将来の家族を紹介したくて今日呼んでくれたんだよね! 将来芽衣ちゃんは私の妹になるわけだから、ちゃんと仲良くしておかないとって思って」
この子どこの電波を受信しちゃったんだろ。




