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恋愛症候群  作者: 真殿悠
第三章
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身体拘束


人間誰しも心に複数の仮面(ペルソナ)を持っている。

同じ顔をした仮面は一つとしてなく、どれもがどこかで仮面を無意識のうちに使い分けている。

それはトランスと呼ばれていたり、演技という形で表出することもある。

多くの人々は半ば意識的にかつ半ば無意識的に仮面を付け替え暮らしており、その付替えのスムーズさが人生の生きやすさに直結していると言っても過言ではない。

ただし仮面が多ければいいというものでもなく、あまりに抱えすぎればそれは八方美人として疎まれる存在へとなりかねない。

誰もが皆自分を特別扱いしてほしいに決まっているのだ。

本人の心持ちはどうあれ、仮面を付け替え続けるという行為は、例え特別扱いをしていたとしても途端に安っぽさを露呈させる。

だが仮面を付け替える回数が少なければ少ないで、今度は自分の精神が摩耗していく。

一つの仮面が耐え切れるストレスには限界があるのだ。

人は限界を超えたストレスを自分が作り出した仮面に仮託し、その場を乗り切ろうとする。

それが行き過ぎた例が解離性同一性障害による多重人格である。

仮面の使い方は十人十色、それこそ仮面の数だけ存在している。



最初に華の言葉を聞いた時、まず俺は自分の耳を疑った。

どうも耳に異常がないことがわかると、今度は自分の記憶を疑った。

だが華に確認してみれば自分の記憶に間違いがないことがわかり、次は自分の理解を疑った。

しかし俺の頭は特別普段と変わっておらず、理解力がおかしくなったと確信を持ったとき、ようやく目の前の事実から逃避している自分に気がついた。


しかし何故逃げる必要があるのだろう。

だって最終的な目標は華に自分の嘘を告白することだ。

今の状況はその最終的な目標が既に達成されていることを示している。

だったら拍子抜けこそすれ逃げるだなんて発想に至るわけもない。

だというのに俺は目の前の現実から逃げている。

一体何故。



「なあ華」

「なあに?」


華の笑顔に変化はない。

多分、さっきまでの笑顔と今の笑顔を写真に撮って見比べても、その違いを指摘することはできないだろう。

けれどその表情と声とは違う深層で、決定的に違っていた。

さっきまでとは違って表面上の空気すら読み取らせてもらえない。

深く深く被った仮面(ペルソナ)が、幾重にも重なって何も見せてはくれないのだ。


「知ってたって、いつから」

「んー、初めにおかしいなーって思ったのは転校した次の日かな」

「……意外と早いんな」

「だって先生に『お前はクラスで1人しかいないネイティブで面倒をかけるかもしれないが頑張ってくれ』って言われてさ、あれ? じゃあ青葉くんは? って思ったの」


そりゃそうか。

たった1人しかいないネイティブ、いくら昨今は責任を問われることの少ない教師といえど気にかけない理由もない。

まして初日にあれだけ排他的な様子を見せつけた華だ。

放置しておくわけにもいかないだろう。


「でもね、その時はまだおかしいなーぐらいにしか思ってなかったの。まあ男子と女子だったら色々違うし、私と青葉くんが友達になるかどうかはわからないしね」

「じゃあ、どこで」

「それから段々一真くんとか結衣ちゃんとお話してたら、やっぱり変だなって思ったの。だって2人ともネイティブとデザイナーズチルドレンに関する話題が不自然なくらいに出てこないんだもの。最初は私に気を遣ってるのかなって思ったけど、2人が青葉くんのこと知ってる、って考えたらほんと腑に落ちちゃって」

「勘がいいんだな、華は」

「そうかな? これでもよく鈍い子だねって転校してくる前の友達には言われてたんだよ」

「いや、ちゃんと正解に辿り着いてる。頭がいいんだよ」

「うーん、そうかなあ。まあありがと。でも昨日までは全然確信持てなくてほんとモヤモヤしてたんだよねー。だから昨日青葉くんが『友達』の話をしてくれたとき、これ絶対そうだ! ってはっきり信じられるようになったの」


よく悪くも、昨日の『友達』の話が決定打になったということか。

疑問を抱かせる程度のことができればと思っていたが、奇しくも劇薬として機能してしまっている。

世の中そう思い通りにはいかないものだ。

だが、ここで話ははいおしまい誰もが喜ぶハッピーエンド、とはならない。

確認しなければいけないことが多々ある。


「華」

「なに?」

「怒ってないのか?」

「んー、難しいんだよねえ、それ。そりゃー最初は嘘ついてたの!? ってびっくりしたしちょっとはムッとしたけど、よくよく考えてみれば私が勘違いしたのが先なんだから怒るのは筋違いなのかなって。でもやっぱり黙ってるのは腹立つわけだし昨日なんかほんと思わせぶりな話までしだすしさー。ずるいよ?」

「それはまあ……申し訳ない」


少なくとも絶交や断絶といったレベルで怒っているわけではなさそうだ。

コロコロ変わるあどけなさを残した表情は相変わらず考えが読めないけれど、さっきまであった緊張感は幾分和らいでいる。

案ずるより産むが易し、か。


「あとさ、もう1つ」

「また?」

「ごめん。俺とまだ友達で居てくれるか?」


一番聞かなきゃいけないことだった。

正直に話したらそれが最後の会話になることだって覚悟していた。

しかし華はどうもそんなことはしないらしい。

ならば。

図々しいお願いだとはわかっているのだが、少しでも望みがあるならば。


確かに俺は華に恋をしている。

恋愛症候群特有の、異性に対する執着だってコントロールできているわけじゃない。

でも、もし華が許してくれさえするのなら、友達でいることはできるはずだ。

華に友達を作ろうという作戦ではあったけど、俺だって元々友達が少なかったのは事実だ。

華を体の良い言い訳に使って自分の友達を増やそうとしていただけじゃないかと言われたら、否定することはできない。

結果できた友達は一癖も二癖もある連中だったが、憎たらしいと思っていた橘ですら、居なくなったらきっと寂しくなるだろう。

華については取り立てて語ることすら必要ない。

これは完全に俺の我侭だ。


「それはちょっと困るなあ」


だから、華が難色を示した時も、どこかでほっとする自分がいた。

ここであっさりと受け入れられてしまったら、それはきっと枷として俺にのしかかる。

許しとは呪いの一つなのだ。

許されないことも呪いの一つなのだが、その強力な呪いは関係が腐り落ちるまでの力を発揮する。

しかし許しによる呪いはじわじわと心に食い込み、個人を腐らせる。

関係が腐ったら関係を断ち切ればよいが、個人が腐るなら関係も含めて連鎖するように腐っていく。

簡単な許しは存在してはいけないのだ。


華はそれをわかっているのかいないのか。

もしかしたらわかっていないのかもしれないが、それでも結局俺のやることは変わらない。

俺と華の関係はここまでだ。

思えば1月半。短いようで長い日々。

最高の形ではないけれど、最悪の形でもない、そんな別れ。

橘や一真がいる以上全くの絶縁というわけにはいかないが、今までの関係を続けることはもうできないだろう。

お疲れ様。

誰に対してでもなく、そんな言葉が頭に浮かんできた。


だが、俺の予想は外れていた。

いや、かすりもしないというわけではないが、わからない問題を適当にマークしたら当たっていた、そんなことが起こったのだ。



「だって青葉くん恋愛症候群でしょ? 私も青葉くん好きだし、友達のままはちょっと困る」



再び、思考が停止した。

ようやく三章終わりです。四章で完結します

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