共感覚
景色がグルグルと揺れ動く。
問い詰めシチュエーションってあるじゃん。
ひたすら女の子に問い詰められて責められるやつ。
あれそこそこ需要があるらしいし、正直な話俺もそんなに嫌いじゃなかったりする。
誰が言ったか人は誰しも心のなかにサド侯爵とマゾッホ伯爵を飼っているという。
そんな彼らに餌を与えて肥え太らせようなんてつもりもないが、彼らが喜ぶ様を無碍に無視できるほど無感動に痩せた感性を持ってはいない。
適切な情動反応は適度な興奮としてある種の快感を与えうる。
それが適切な興奮ならば。
この場合適切な情動とは、適切な強度の刺激と言い換えてもよい。
強度はその入力の強さも当然ながら被入力側の耐容量と緩衝力にも大きく左右される。
例え同じ「問い詰め」という入力があったとしても、「現実ではない」「信頼関係が構築済である」という強力な緩衝材があるのとないのとでは、刺激の強度がまるで違う。
適度な刺激は快感を生むが、過度の刺激は破壊すらもたらす。
それはまるで、高分圧の酸素は人体にとって猛毒であるかのように。
さて、俺は現在進退窮まった状況へと追い込まれている。
どうせ追い詰められているのなら窮鼠猫を噛んでやるぐらいの気概は見せたいところなのだが、それすらできないからこその窮地である。
あの時はカッコいいこといった気になってたんだけどなあ。
「えーとだな、まあ落ち着いて話をしよう」
「私はそんな焦ってないよ。むしろ青葉くんが落ち着こう?」
「そう、だな。うん、落ち着こう。ああ」
「大丈夫? ほら深呼吸深呼吸。吐いてー吸ってー」
「はーすー」
冷静に考えれば深呼吸って吸うのと吐くのと逆じゃね?
あれでも呼気と吸気で呼吸だから吐いて吸っての順番でいいのかな。
わけがわからなくなってきた。
いやこんなどうでもいいくだらないことを考えてるほどに冷静さが足りてないのか。
うーん???
考えれば考える程ドツボにはまっていきそうだ。
「落ち着いた?」
「う、うん。ありがとう」
「よし、じゃあもう一回聞くね。青葉くんはネイティブとして私と友達になったの?」
「はっはっはっはっはっはっ」
頻呼吸が発生してしまった。
そうやって安心したところにぶちかましてくるのほんと心臓に悪いんでやめてください。
今回は呼吸にも悪いっす。
「なんかごめんね? そんな青葉くんを責め立てようってつもりじゃなくて、本当にどういう意味か聞きたかっただけなの」
いやーさすがにそれは信じられないなー、とは口に出して言いにくい。
だって明らかに怒られるフラグでしかないでしょ。
あのよくある「怒らないから言ってごらん」ってやつ。
子供が大人のズルさ理不尽さに最初に向き合うことになるエピソードとして有名なやつだ。
しかしそれがわかっているからといってだんまりというわけにもいかないし、この理不尽を乗り越えなきゃ大人にはなれないんだよなあ。
「青葉くん?」
「わかった。ちゃんと言う。言うから少し離れてくれ」
「あっごめん」
いつの間にか互いの瞳に顔が映るぐらいに顔が近付いていた。
黒い右目と茶色い左目。
オッドアイに映る二つの像は、同じ形なのにまるで違って見えて。
カトブレパスとメデューサの瞳には、過去から未来まで見えているのか。
もう誤魔化しは効かない。
この問題を解決しようとするならば、根幹を掘り返さないと先には進めない。
俺がついた嘘という始まりを。
ほんと、決めたことが二転三転してばっかりだな、
不幸中の幸いと言えるのは、そうやって決めたことが誰かに悟られる前に折れの中で立ち消えて外に出ていないってことか。
「まず最初に謝らないといけないことが2つある」
「2つ? 1つじゃなくて? ていうか別に謝って欲しいとかじゃないんだけどなあ」
「俺の中ではっきりさせたいっていうのもあるからさ。あと2つってのはなんか便乗したみたいで申し訳ないけど、一緒に言わないと余計にこんがらかるから」
「ほーほー。つまり私に隠してたことがあるんだ。それは気になるなあ」
「ああ。まず最初に、ネイティブだからどうこうってのは、正直何も考えてなかったって言うしかない。多分ネイティブじゃなくても華と友達になろうとは思っただろうけど、それを切欠にしたってのは否定できないし。だから、実際は切欠なんてどうだっていいのかもしれない。下手にカッコつけようとして適当なこと言った。ごめん」
「ううん、そんなの誰だってあることだよ。私だって毎回自分の発言を全部覚えて矛盾のないように、ってそんなの絶対無理だし」
「すまん」
相変わらず表情や声音はいつもの華のままだ。
だがそこにはさっきまであった緊張感はなくて、ゆるやかな空気が流れている。
許してくれた、ってことでいいのかな。
「でもさ、そうするとせっかく勇気を出して青葉くんに話しかけた最初の私の勇気はなんだったんだーってことになるよね。ほんとその勇気を返して欲しいくらい!」
「それはごめんな」
怒られることで成立する信頼もある。
「見捨てられなかった」という緩衝材が、華からの怒りを心地よいものに変えていく。
「お前の為を思って怒っている」だなんて大抵は嘘っぱちだと思っているが、信頼感を失わない怒りというものは想像以上に心地が良いものなのだなと、改めて思う。
これからその信頼を壊しかねないことを言うのか。
逃げ出したくなる自分をその場に叩きつけて、声を出さなければいけない。
「それで、もう一つの謝ることってのは?」
「それは、俺がなんでそんな明らかに矛盾したことを言ったかって話に繋がるんだ」
「ほー……?」
ここで心を決めなければ。
決めたことを突き進まなければ。
不思議そうに見つめる華の眼差しがもつ純粋さに、恐怖と申し訳無さとが心の奥底から沸き上がってくるが、それを抑えてでもやらなきゃいけないことがある。
「俺、実はネイティブじゃない。デザイナーズチルドレンなんだ」
しゃべりだしたら止まらなかった。
「最初に華が俺に対してネイティブの仲間だって言った時、正直どう反応していいかわからなかった。俺はデザイナーズチルドレンだしネイティブじゃないし。でも教室で華が寂しそうにしてるの見て、ここで俺が素気無く断ったら華はひとりぼっちなんじゃないかって。そう思ったら言い出せなくて……いや、言い訳か。それで華に俺以外の友達ができるまでは黙っていようって。俺が間に入って、華にもデザイナーズチルドレンの友達ができたら、俺を嫌いになってもきっと寂しくなくなるだろうからって、そう思って。でもやっぱりそういうことしてたらどんどん言い出すのが怖くなっちゃってさ。今日だって何度言うのをやめようと思ったかわかんないもの。でも結局いつかは言わなきゃいけないものだって知ってたから、だから……」
そこで言葉が勝手に途切れた。
口がうまく動かない。顎から喉にかけてがガクガクと震えている。
あ、俺これ泣いてるんだ。
だからうまく声が出ないんだ。
「ごべん……ごべんな」
はっきり言えなかった。
なんで俺こんな泣いてるんだろう。
よくわかんねえや。
悲しいことが起こったわけでもないのに、辛いことが起こったわけでもないのに。
むしろ華にとって辛い話だろうによくもまあ言った側が泣いているもんだ。
案の定華のほうは勝手に泣きだした俺のほうを見てきょとんとした顔をしている。
そりゃそうだ。
俺だって目の前で話してた相手が勝手に泣きだしたらそんな顔をするさ。
「えーと、青葉くん?」
「ご、ごめ……」
相変わらず言葉がうまく出てこない。
だがそんな俺に対して華が言った言葉が、全ての前提をひっくり返すことになるとは。
「ごめん、それ私知ってた」
………………は?




