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恋愛症候群  作者: 真殿悠
第三章
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傍糸球体装置

今日のトリを飾るのは船舶資料館。

正直言って時間が余ったからねじ込んだほどで、誰が興味を持っているんだという疑問がついぞ消えることはなかった。

それでも予定表に書いてしまった以上そこを周ったという証明をしなければならない。

こんなことならもうちょっと陽炎で時間を潰す予定を立てるべきだった。

だからって今更嘆いたところで後の祭り。

日本で最大級の無料博物館という触れ込みのそこに、足を運ぶ俺達だった。

ちなみにこの無料というところがここを選んだ理由の一つでもあったりする。



バスでの移動中、なんとも言えないデジャヴを感じていた。

当然この街に来るのはこの修学旅行が初めてだ。

事前にHPなどで現地の写真を見ていたのは確かなのだが、どうもこのデジャヴはそれだけでは説明がつかない。

どうもおかしい。

果たしてその感覚が正しかったことが、資料館に着いてはっきりとわかった。


「ねえ、ここって……」

「わかってる。みなまで言うな」

「昨日のとこじゃん!」


船舶資料館は船について扱うのだから、当然海沿いにあってしかるべきだ。

実物の船がなくとも海の空気はそれだけで臨場感を盛り上げるし、実物の船が資料としてあればその価値は言うまでもない。

少し考えればすぐにわかることだ。

だからこそ、気付かなければいけなかった。

俺達が昨日何をしたか、どこにいたかということを。


「まさか隣がファナティックランドとは思いませんでしたねえ」

「来る途中なんかおかしいと思ったんだ」


昨日遊んだ巽ファナティックランドのアトラクションの一つ、「サルガッソーの番人」。

これは実際の船を使ってアトラクションにしたものである。

つまり、ファナティックランドは海沿いにあるのだ。

いくら海運で栄えた街とは言っても四方を海に囲まれているわけでもないので、海沿いの土地はある程度限られてしまう。

比較的並の穏やかな湾は停泊所として需要が高いため、土地代も安くはない。

テーマパークや資料館のようなある程度不便な土地でも融通が効く施設は端の方に追いやられてしまうのが道理というものだ。

この2つの施設が隣り合うのも偶然といえた。


「これもしかして、どうせなら昨日のうちにぱぱっと資料だけもらっておけば、今日こなくても済んだじゃ」

「やめよう、悲しくなるだけだ」


華の言うことが何も間違っていないだけに、より一層徒労感を引き立てる。

なんでこんな辺鄙な街外れに2日続けて来なければならないんだろう。

どっと疲れが出てきた。


「ねえ、君たちもしかして昨日ファナティックランドに来たの?」


事情を知らない黒磯姉でも俺達の間の抜けた表情を見て察したようだ。


「しっかしよくあんな潰れかけの遊園地に行くね。あそこなんてホラーハウス以外何も見どころが……ああ、もしかして葵がワガママ言って連れてってくれーって頼んだんじゃない?」

「違うよ! ワガママじゃなくて、お願いしただけ!」

「どう違うのさ。いやーごめんね。うちの妹、いっつもこういうこと言ってるでしょ? 本人悪気はないから許してやって」

「それ私がまるで子供みたいじゃん!」

「まあ私のほうがお姉ちゃんだし?」

「1時間も違わないでしょ!」


姉妹揃って仲の良いことで。


「あー、別に俺達も全く興味なかったわけじゃないし、そこそこ楽しめたしな。この資料館と並んでたってのはちょっと時間的にもったいないことしたなーって思うけど、それ以外特に損してないし大丈夫大丈夫」


もうさっさと終わらせて帰ろうぜ、と俺が投げやりな言葉で場を締めようとした時、橘がさらりととんでもないことを言い出した。


「まあボクは知ってたけどね」

「は?」

「この資料館とファナティックランドが隣り合わせだってことさ。元々計画を立てる時に地図で確認済みだし、昨日ボクが一真と一緒に暇してたとき、この建物と船は既に見ているんだ」

「え、それマジ?」

「ボクは冗談は隙だけど嘘は得意じゃなくてね」

「もっと早く言わんかい!」


嘘は得意じゃないとかそれこそ嘘も休み休み言えって話だ。

昨日の時点で気付いていたなら言ってくれればあんなホラーハウス5つなんて無茶なスケジュールを取りやめて資料館に時間を回したというのに。


「聞かれなかったから、というのはさすがに理由としては不親切だから、キミ達3人がお化け屋敷で遊ぶのに忙しそうで言う暇がなかった、ってことでどうかな」

「で、実際は」

「面倒だったからね」

「だろうな」


まあ橘はそういう奴だ。

そういう奴が握った情報なぞ情報であって情報ではない。

本人に使う意志がなければ存在しないのと同然だ。

しかし今の話を聞いて一つ気にかかることがある。


「一真、お前も知ってたのか?」

「知ってたというか、昨日橘に言われて気付いたというか」


一真はその横で露ほども悪びれない橘と違い、少しだけバツが悪そうに目線を下げている。

こいつなら教えてくれてもよさそうな気がしたのだが。


「いや、せわしなくしてたから、っていう理由もあるが、結局周る時間なんてなかったからな。喋るだけがっかりさせるだろう思って。どうせ今日になったらわかることだからっていう逃げの心理は……すまん、否定できん」


なんとなく俺が一真を責めている構図になってしまっている。

まるで俺が悪者みたいじゃないか。

真の悪者はそこでほくそ笑んでいる橘っていう悪魔だぞ。


「まあ、一真が気付かなかったんなら仕方ないよ。現に俺達も気付かなかったわけだし。もうさっさと中を見てホテルに帰ろうぜ」

「悪いな」

「気にすんな」

「悪いね」

「お前は気にしろ」


俺達班員が満場一致で消化試合ムードになっている中、一箇所だけ全く違う空気が流れていることに、俺達は気付かなかった。


「あのさあ、それでいいの?」


黒磯姉が軽く苛ついた様子で俺達を見ている。

最初は妹がまた何かしたのかと思ったが、どうも俺達全員に対しての質問を投げかけたようだ。


「それでいいって?」

「ここ! この船舶資料館をそんな適当に見て適当に資料だけもらって帰るって、そんなんでいいのって聞いてるの!」

「うーん、そうは言っても俺達そんな興味ないしなあ」

「興味のあるなしじゃない!」

「ひっ」


いきなりどうしたっていうのだ。

さっきまでとはまるで別人が話しているみたいだ。


「いい? この船舶資料館は国内でも最大の無料博物館。それはわかってる?」

「は、はい」

「じゃあここにある船はどういう働きをしたのか言ってみなさい」

「えーと、江戸時代から海運を支えて巽市の発展を……」

「0点」

「ひぃ」

「いい? 巽市が海運の要所だったのは鎌倉時代から既に! そしてここにある船は江戸時代のものじゃなくて明治のものが中心なの! 江戸時代に蒸気船なんてないでしょ!」

「そうなんでしょうか?」

「そうなんです! あんた達船のこと何にもわかってないみたいね。よしわかった。ここは妹のためにも私が一肌脱ぐことにした!」

「わ、私は別にいいかなーって」

「何? いっつもワガママばっかりなのにこういうときだけ遠慮しなくてもいいのに。ほら、行くよ」

「あのー俺達別に……」

「あん? なんかいった?」

「いえ、なんでもありません」


長いものには巻かれろ。寄らば大樹の陰。泣く子と地頭には勝てぬ。

先人は良い言葉を残してくれるものだ。


結局、帰りのバスの時間ギリギリまで和泉屋茜先生の船舶の歴史講義を聞く羽目になったとさ。

人間どこにスイッチがあるかわからんものだ。

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