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恋愛症候群  作者: 真殿悠
第三章
45/67

LTD

昼食のトルコ料理は実にうまかった。

ケバブにサンド、豆料理やヨーグルトなど見慣れぬ料理の数々は、それだけで食欲を刺激する。

気持ち的な問題で言えば朝食のほうがおいしく感じたのは事実だが、純粋に味だけみたらきっと何よりもおいしいのだろうという確信を持たせるだけの潜在能力をそこに感じた。

難点は学生には決して安くない値段と、何故この街でトルコ料理を食べるのかという意義がわからなかったことぐらいか。

ほんと、なんでトルコなんだろう。

おいしいからいいけど。




さて、いよいよお待ちかねのスパコン『陽炎』の出番だ。

誰が待っていたかって? 俺と一真と橘だよ。

感情を持ったAIなんて今でもおとぎ話の中にしか存在せず、人類が癌の特効薬を見つけるのとどちらが早いか、なんて話も聞こえてくる。

誰しも皆、幼いころに心を持ったロボットの話を聞かされたことがあるはずだ。

そんな夢の世界への第一歩たるスパコンがここにある。

今日一日ここで時間を潰しても良かったぐらいには楽しみにしていたのだ。

それをこいつらときたら……


「ねーねー、この機械って失敗作なんでしょ? なんでこんなにすごいものみたいに言われてるのかな」

「不思議ですよねぇ。失敗したのにまだ動いてるって、電気代の無駄にしか思えません」

「このスパコンを置いてる建物が無くなったら、道路とかもできて便利になるんだけどなあ」


全くこの3人にはロマンの欠片もないのか?

女子はそういうものに興味が無いという言い訳も、橘がこっち側にいる時点で説得力を持たなくなる。

まあ橘を一般的な女子の範疇に含めて良いのかは議論の余地がありそうなので強くは言えないが。


「青葉君、キミは今失礼なことを考えなかったかな」

「いえいえ滅相もない! 誠心誠意謙虚誠実がモットーですから」

「ま、別にいいけどね」


何故か考えをズバリ言い当てられてつい敬語になってしまった。

あったく油断も隙もあったもんじゃないな。

モノローグですらうっかり愚痴も言えないんじゃないだろうな。


「ねーねー青葉くん、これって何がすごいの?」

「何がって全部だよ全部」

「うわ、頭悪そうな答えだ」


今日初対面のはずの黒磯姉にこんなことを言われてしまうとは。

姉妹揃って役に立たない相手には辛辣なことで。


「んなこと言ったって俺じゃ陽炎のすごさなんて全部はわからねえよ。だから俺の知る限り全部は全部」

「じゃあその知ってる部分でいいから話してみてよ」

「そうだな、じゃあまず陽炎が『人間の思考を理解するために作られたスパコン』ってのは知ってるよな」

「うんうん」

「で、人間の思考ってのは脳の神経細胞のシナプスの連鎖で構成される、ってのもわかるな」

「最近理科でやりましたね」

「じゃあそのシナプスの構成が組み変わる、って話は知ってるか?」

「はいはーい! 初めて聞きました!」

「人間の神経細胞ってのは常にその回路が組み変わっているんだ。頻繁に使う回路はより使いやすく、あまり使わない回路は勝手に暴走しないように抑えておく。そんな組み換えが毎日のように起こっているんだ」

「案外人間の細胞って考えてるのね」

「そう、だからコンピュータで再現するのは難しい。だがそれを初めて可能にしたのがこの陽炎なんだよ!」


どやっ! という文字が自分の頬に浮かんでいるのがよくわかる。

どうだ、この話を聞いてなおスパコンは無駄だったなどと抜かすか?


「それでそれで、どうやって再現したの?」

「どうやってってそりゃ……頑張って」

「……要するに青葉くんはわかってないと」

「だって難しかったから仕方ないだろ! だから最初に全部はわかってないって言ったじゃん」

「開き直りましたね」

「開き直ったね」


若干14歳の中学生にそんな高度な知識を求めるほうが間違っている気がする。

だが、そんな常識を覆すやつがこの場にいることを俺は忘れていた。


「それじゃあボクが説明を引き継ごうかな」

「結衣ちゃん!」

「結衣さんなら安心ですね」

「私もその話にはちょっと興味があるんだ。是非聞かせてよ」

「お安いご用さ。まず回路の組み換えって言っても簡単な話じゃない。それをスパコンが行うためにはいくつかクリアしあきゃいけない条件があって…………」


颯爽と現れた橘が俺の出来なかった説明を流暢にこなしていく。

悔しいくらいにわかりやすいその説明は、出会ったばかりの黒磯姉を含め俺達の歓心を呼び込むのに十分すぎるほどだった。


「なあ一真」

「なんだ」

「俺、今最高にかっこわるいよな」

「…………そんなことないぞ」

「ありがとう」


沈黙は雄弁に本音を語る。

人の株が落ちる音って、沈黙で表現できるのな。

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