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恋愛症候群  作者: 真殿悠
第三章
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登坂性起立



正直言って城を回っているときは気が気じゃなかった。


この巽城は歴史ある建造物であり、また巽市の象徴とも言えるモニュメントだ。

そして俺達は巽市の歴史を中心にレポートをまとめる必要がある。

だったら巽城を見ずに過ごす手はないだろう。

実際ここを見るだけで巽市の歴史がわかるとまで言われているのだ。

そしてそう考えたのは当然俺達だけではなかった。


「みんな来てるねー。あんまり旅行してるって感じしないかも」

「ここは修学旅行生には人気の場所だからね。四条院さんはこういうの苦手かい?」

「うーん、得意とはちょっと違うけど、苦手っていうほどじゃないかな」

「そうですねぇ。茜お姉ちゃんがいっつもうちに来てくれるんで私はこっちにはあまり来ないんですけど、それでもやっぱりこうやってみんながいる景色って、なんていうか残念ですよねぇ」



華がほへーと人気に当てられながら、先頭を行く和泉屋と話している。

しかし和泉屋ってなんか語感がよくないな。あの気のいいパティシエのお父さんとかぶるし。黒磯姉でいいか。


「しかし双子ってのは本当にそっくりなものだね。ボクも本物を見るのは初めてだけど、あれだけ似ていたら家族でも間違えてしまいそうだ」

「それはないんじゃね? あのお父さんだってちゃんと区別できてたし。慣れればなんとなくわかると思うぞ」

「へえ、じゃあ青葉君は彼女たちの区別ができたのかい?」

「それは……無理だな」

「まあそうだろうね」


くっくっと笑う橘。

やっぱりこういう態度はバカにされているようでなんか悔しいんだよな。

いや実際バカにされているのかもしれない。


「んなこといってねえでさっさと周るぞ。資料のデータをダウンロードできる場所はどこにあるんだ」

「そうだそうだ。おーい、和泉屋さーん!ちょっと聞きたいことあるんだけどいいかな」


既に数メートルは離れてしまった前の3人を呼び戻す。

橘の代わりに黒磯姉が入っただけなのに、3人の賑やかな話し声はこちらまで聞こえてくる。

そうそうこれこれ、これこそが女三人寄れば姦しいってやつですよ。

やっぱ橘って別枠だわ。


「どうかした?」

「それがさ、ここって軽く資料館にもなってるじゃん。それで資料のデータを落としたいんだけど、どこで落とせばいいかわかんなくて」

「ああ、それならあそこだよ」

「あそこ?」


そう言って黒磯姉が指さしたのは、城のてっぺん、天守閣の最上階だった。

なんでそんなアクセサビリティゼロなところにデータを置いておくんだ……。



えっちらおっちら階段を登り、辿り着いた先は最上階。

望楼としての役割も果たすこの建物は、当時の基準で言えば大層な高層建築だったのだろう。

実際外を眺めてみればなかなかいい景色を見ることができる。


「青葉くんすごいね! 私達の泊まってたホテルあそこだよ!」

「おう、すごいな」

「見てみて青葉くん! あれもしかして茜ちゃんのケーキ屋さんかな? 絶対そうだよね!」

「おう、そうだな」

「あ、こっちにはファナティックランドも見えるよ……って青葉くんどうしたの?」

「おう、そうだな」


華の言葉は微塵も頭に入ってこなかった。


ここ、高すぎ。

そんな柵から身を乗り出したら落ちるってやめろって死んじゃうだろ怖いからやめなさいやめてくださいお願いしますほんとごめんなさいやめてください死んじゃいます助けてください神様どうかお願いします。


「さ、帰るか」

「青葉くん? まだデータダウンロードしてないよ?」

「……帰っちゃダメ?」

「そういうちょっと可愛い風にしてもダメだよ。何のためにここに来たのさ」


俺は新手の拷問を受けに来たとしか思えないんだが違ったかな。


「おや、もしかして青葉君は高いところが苦手なのかな?」

「な、なにを根拠にそんな」

「あー、青葉は昔2階の窓から落ちたことがあってな。怪我はなかったんだがその時以来高いところがダメらしいんだよ」

「ちょっと一真!? 今その補足情報絶対いらないよな!?」

「でも言わないと誤解されたままだろ?」


いや誤解でいいっすよ。

特にこの眼の前で蛇よりも邪悪な笑みを浮かべている女子に知られるくらいなら誤解されたままのほうが何倍もマシだ。


「そうかー、いやこれはいいことを聞いたね。やはり人の弱みは出来る限りたくさん握っておくに限る」

「お前ぜってー友達いないだろ」

「おや心外だな。ボクはキミのことを友達だと思っているよ」

「そんな邪悪な顔をした友達願い下げだ」


結局、巽城では収穫どころか深い爪あとを心に残し、資料集めが終わった。

せっかく人間は猿から進化したってのに、どうしたって高いところに舞い戻らなきゃいけないんだ。そのまま地べたで慎ましく暮らすべきだろうよ。


作者は高いところが結構好きです

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