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恋愛症候群  作者: 真殿悠
第三章
42/67

観兵配列


日本が世界でも有数の発展を遂げた江戸時代。

そしてそれより以前の戦国時代。

巽城はそんな戦国の世に生まれた城である。

現在では中も改装され観光客用に生まれ変わり、天守閣から一望できる巽市の風景は日本百景にも登録されるほどという。

俺たちはそんな巽城の前で寂しく佇んでいた。

それというのも


「営業9時からって、そりゃそうだよなあ」

「8時半から散策開始って言っても入れないとは思ってもみなかったよねえ」

「まあ仕方がないことさ。事前にわかっていたことではあるんだし」

「30分どうしましょ」

「朝飯でも食うか」

「「さっき食べたでしょうが!」」


一斉にツッコミを受ける一真。

一真も本気で言っているわけじゃないだろうけど、この時間に30分ほど時間を潰すことができる場所なんてものはそう多くはない。

それこそどこかの喫茶店にでも入ってコーヒーでも飲むぐらいだろうか。

誰もが自分の家で安眠を貪るか急ぎ足で仕事場へと向かう、むしろ既に仕事を始めているぐらいの時間である。

暇を持て余すとはまさにこのことか。


「どうするー?」


困った顔で華が聞いてくる。


「待つしかないっしょ」

「そうだよなあ。それっぽい心当たりなんかないし」

「仕方ないね」


いたずらに待たされることは好きではない、というか好きな人間などいないとは思うが、たかだか30分である。

それぐらいは広い心で待ってやるのが大人の対応というものであろう。

とそこで、黒磯がおずおずと切り出した。


「あのー、ちょっといいですか……?」




――――――――



今回の修学旅行、主役は間違いなく黒磯だろう。

他の4人は4人でやることがないわけじゃないのだが、主軸はにはことごとく黒磯の姿があった。

ゲストが主役になると書くと然程不思議ではないのだが、何故か負けた気分になるのはどういうことなのだろう。


「それで、そこにちょこっとだけ寄りたいんですけど、どうですか?」

「まあそれくらいなら……みんなは」

「さんせー!」

「いいよ」

「おう」


黒磯が口にしたのは、とあるケーキ屋の名だった。

なんでもそこなら8時から開店しており、場所もここから片道10分と遠くはない。

この女子2人が10分程度で果たしてケーキを選ぶことができるのかという疑問はあるが、時間的な問題はないだろう。

それに黒磯のセールストークも少し興味が湧く内容だった。


「1990年から続いてる老舗で、毎日ケーキが売り切れなかった日がないってくらいすごいお店なんですよ! しかも1日100個限定のミルフィーユなんか開店30分であっという間に売り切れちゃうそうです。もちろんミルフィーユは無理ですけど、他のケーキもすっごいおいしいと評判なので、ぜひぜひ行きましょう!」


実は俺もこう見えて甘いモノに目がない。

よく冷蔵庫のプリンを勝手に食べて芽衣に怒られているが、プリンを食べるのと怒られるのを天秤にかけたらそりゃプリンを食べる、と迷いなく選択できるほどにはプリンが好きだ。

まあその後ちゃんとコンビニで食べた分と翌日食べる分のプリンを買ってくるから許してもらえるんだけど。ちなみにその翌日分のプリンは芽衣に食べられることしばしば。我ながらどうして兄妹こんなところが似てしまったのだろう。

まあそんなわけで黒磯の提案には是非に乗らせていただきたい。

最初はどうかと思ったが、彼女を班に誘って正解だったようだ。


「でも今日あったかいからケーキ持ち歩けないよね。どうするの?」

「あ、それは大丈夫です。店内で食べる場所があって、結構広いし朝なので空いてますよ」

「ならオッケーだね」


しかし手際がいいな。

やけに知りすぎているというか、まるで地元の行きつけの店を話すかのようなノリだ。


「なあ黒磯、そのケーキ屋って何回か来たことあるのか?」

「えーっと、ちっちゃい頃に1度だけ。……のはずなんですが、ほんとにちっちゃい頃だったんで全然覚えてないんですよねえ」

「ならなんでそんなに詳しいんだ?」

「あっ……えっと、それはですね、こっちに友達がいまして。その友達がここおいしいよーってオススメしてくれたんです。その時に色々教わってって感じですかね」

「ふーん……」


嘘くせえとは思いながらも強く否定するだけの理由も動機もないので、一応信じておく。

一体なにをそんなに隠すことがあるっていうのだろう。

そうやって下手な嘘をつかれると余計気になるというに。




「ここがそのケーキ屋さんです!」


ババーン! という効果音がつきそうなほど自信満々のドヤ顔を披露しながら、黒磯が店を紹介する。

店の佇まいは西洋風といったところだろうか。

詳しい人に聞けばルネサンス期だとか近世だとかそういうことも応えてくれるのかもしれないが、あいにくとそんな詳しい知識の持ち合わせはない。

店名が筆記体のような何かで書かれている看板があるが、達筆な上にどうも英語ですらないようでよくわからない。

ま、ケーキの味に店の名前は関係ないしな。


「いらっしゃいませー」

「おじゃましまーす」

「お、おじゃまします」


黒磯につられて店内に入るときにそんな挨拶をしてしまったが、よく考えれば別に言う必要もなかった気がする。

謎。


「黒磯のオススメってどれだ?」

「私はミルフィーユの次に人気のモンブランにしようと思ってたけど、それも売り切れっぽいですねぇ。ショートケーキなんか外れないと思いますよ」

「じゃそれにするか」


まだ朝の9時前だというのに、店内にはそれなりに人がいる。

これでもだいぶ人がはけた方だというのは、ミルフィーユとモンブランが売り切れになっている事実からも容易に推測できる。

ほんとに人気店なんだなあ。

そんな感想を抱きながらケーキを品定めしていると、店員が何かに気付いたように俺達に声をかけてきた。

正確には俺達の中のとある1人に、だが。


「葵ちゃん……? 葵ちゃんよね?」


声の方を見ると、俺達と同い年ぐらいの女子が目をまん丸くして黒磯のほうを見ている。

まるで幽霊か死人にでも出会ったかのような驚き方だ。

その視線の先にいる黒磯はと言えばバツが悪そうにえへへとはにかむばかりである。

やはり何かあったか。

知り合いがいるなら隠すほどのことでもないだろうとは思いつつも、恥ずかしいとかそういう感情を優先させたのかもしれないと勝手に想像する。


「久しぶり! 元気だった?」

「うん、うん。元気だよ! そっちは?」

「相変わらず忙しいよー。今日は学校がたまたま休みになってたから手伝ってるけど。それにしてもよく来れたね。修学旅行で来るのは知ってたけど、こっちに来る暇なんてないと思ってたのに」

「朝はどこもやってなくて、朝早いお店っていったらここぐらいしか思いつかなかった」


本当に嬉しそうに話す2人。

俺達はどうにも蚊帳の外だ。

しかしこの2人、まるで双子のようにそっくりだ。

もしかして近い親戚だったりするのだろうか。


「えーっと紹介しますね。うちの双子のお姉ちゃんの、和泉屋茜ちゃんです!」


えーっと…………


「マジで双子だったの?」


呆気にとられた4人だったが、最初に俺の口から出た感想はそんなしょうもない言葉だった。


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