診断
放課後、近くの病院に寄ることにした。
自分が感じた症状はまさに恋愛症候群のそれだ。
けれど、正しい診断を下せるのは俺じゃない。
実際の話、恋愛症候群なんて大した症状もない。
ちょっとした衝動を我慢することができれば、そこで終わり。それ以上何かが起こることはない。
かと言ってそのまま放置してよいかというと、それもまた別の問題だ。
正常な状態ではない、というのはその通りなので、少なくともこの状態をはっきりさせておかなければならない。
病名がわかればそれはそれで安心だしな。
「あー、典型的な恋愛症候群ですねー」
医者から返ってきた言葉は、無慈悲な宣告だった。
「治療には薬をあまり使わないです。基本的にはカウンセリングになりますね。私はそちらの専門ではないので、専門の先生にご紹介しますので、そちらで治療されると良いでしょう」
詳しい話はそこまで覚えていない。
おそらくは通り一遍であろう話をされたこと、また別の病院に行かなければならないこと。
あまりにあっさりとしすぎていて、逆に現実感がない。
本当に俺は恋愛症候群なのだろうか。
病院へ行く前より確信が持てなくなってしまった。
まあ医者がそう言うのだからそうなのだろうけど、なんだかなあ……。
大きな病院は待ち時間が長い。
待ち時間が長ければ退屈もする。
会計を待っていた時、驚くべき事態に遭遇してしまった。
「四条院!? なんでここにいるんだ!?」
四条院華。
病院に入ってくるその影は、朝から半日見続けた少女のそれだった。
辺りをキョロキョロと見回しているが、こちらには気付いていないようだ。
そりゃそうか。
このごった返した待合室から転校初日のクラスメイトを見つけろってのも酷な話だ。
お互いクラスメイトってこと以上の接点はないわけだし。
あ、やべ、ちょっと考え事をしてたらこっちに近付いて来る。
「受付どこだろー。ほんと、なんでこの病院こんな不親切かなあ」
おいおいこっちは受付じゃないぞ、受付はあっち、あっちですよー。
是非とも俺に気付かず通り過ぎて行ってくれよー。
…………っていうか、なんで俺はコソコソ隠れてるんだ?
やましいことなんて特にないはず。
なのについつい条件反射的に目につかないよう物陰に隠れてしまった。
あ、これも恋愛症候群の症状の一つだっけ。
相手に自分の弱い部分を見せたくないために、相手を避けることもあるとかなんとか。
相手に対する憧れにも似た幻想を維持するため、ってのはさっきの先生が話してたな。
正直理屈はあまりピンと来ないが、そういうものなのだろう。
でもこれで確信が持てた。
早鐘を打つ心臓はしっかりと俺に一つの事実を告げている。
さっきのお医者さんの先生なんかより、遥かにわかりやすく、遥かに明確に。
俺は恋愛症候群を患っている。
自分の病気に確信が持てたのはそれはそれで結構だ。
「病気と向き合うことは大切なことだ。今まで見えなかったものが見えてくる」
死んだ爺さんはこう言っていた。
まだ60半ばだったというのに、不治の病にかかってあっけなく死んでしまった爺さんだ。
大切なことを教えてくれた爺さんだ。
爺さん、俺、その言葉の意味が今少しだけわかりかけてきた気がするよ。
まあそれはそれとして、そういうセンチな感傷に浸ってばかりもいられない。
結局自分の病気を理解したからといって、現状の解決には何一つ至っていない。
詰まるところこの切羽詰まった状況をどうにかしなければいけない。
具体的には、ついなんとなく恥ずかしくなって隠れてしまったが別に隠れる必要はどこにもなかったし隠れてしまったことで何かやましいことでもあるんじゃないかといらぬ腹を探られてしまうんじゃないかとか逆に見つからなかったらそれはそれでなんか寂しいなとかそもそもこうやって隠れている事自体がかなりの不審者なんじゃないかとか、まあなんだ、色々だ。
四条院に見つからずこの場をやりすごせば万事解決ハッピーエンド、となるのかもしれないが、そうは問屋が卸さぬようで相手は段々とこちらに近づいて来ている。
ここは逆に考えるんだ。
焦って余計なことをするから目立つんだ。
さっき自分でも言っていたじゃないか。
転校初日のクラスメイトの顔なんて覚えてるわけがないだろうって。
しかも彼女はクラスメイトとの交流も断っている様子だった。
俺に気付いたところで華麗にスルーが関の山だろう。
そうだ、ここは平常心。
俺はただの通りすがりの一般人。
何も問題はない。
もうすぐ向こうはそこの曲がり角に差し掛かるはず。
俺はその外角を回ってすぐに姿を消す。
完璧な作戦だ。
よし、今だ!
「あれ、君うちのクラスにいたよね? だよね? ほんとびっくりしたー! えっと……ごめん、名前なんだっけ」
すれ違いざまにかけられた声は希望と絶望を内包しているもので、俺を観念させるには十分すぎた。
世の中に完璧な作戦など存在しない。
それは一つの真理である。
口癖「ほんと」




