海馬
あんまり話が進みません
おさらいついでに、結局ファナティックランドをどう回ったか書き記すことにする。
橘に見せるためでもないのにこういう記録をつけるのは、どこか新鮮だ。
まず最初に向かったホラーハウスは「死立髑髏病院」。
うたい文句通り病院をそのまま舞台にしてある。
確かに暗闇の中薄ぼんやりと光る非常灯やどこかから聞こえてくるうめき声など臨場感はあったのだが、ほとんどの場所を覗いただけで終わったので正直あまり記憶に残っていない。白衣を着たゾンビっぽい何かがいたようないなかったような……。
次は「ブラドの呪い」。
洋風の城を探検するという趣旨のアトラクションだったのだが、コウモリや鉄の処女といった定番の仕掛けが視界の端を過ぎ去ったような記憶はある。ようするに急ぎすぎていて大したことは覚えていない。
3つ目は「墓荒らしの報い」。
共同の地下墓地が舞台になっており、ゾンビやミイラの宝庫である。
こればかりはそのあまりのひしめき合いに急ぐ足も止まり、少しはゆっくり見ることができたんじゃないだろうか。
といっても彼らが居なくなった途端あっという間にゴールへと進んでしまったので、これまた同様に記憶が薄い。
そして4つ目、「江戸百物語」。
日本のホラーは海外と比べて湿気に定評があり、このアトラクションに関しても恐怖の表現も滴る水音を活かすなど独特の雰囲気が出ていた。
ヒトダマや幽霊などが静かにゆっくりと現れる仕掛けだったらしいのだが、俺達のあまりの進むペースの早さに演出が全く追いついてこなかった。
おかげで「なんかジメジメしたところ」というイメージ以上の記憶はない。
最後は「サルガッソーの番人」。
実際に海の上に浮かんだ船がアトラクションになっており、これもまた凝っている。
骸骨の海賊達が中心となっておどろおどろしい雰囲気を醸し出していたのかもしれないが、やはりこれもあまり覚えていない。
要約すると、「怖かった気がするけどよく覚えていない」となる。
そりゃ仕方ないだろうさ。
だって元々3つが目安と言われる時間で4箇所を回ろうと計画していたのに、更に当日5箇所に変更だ。
どう頑張ったって無理が出てくるに決まっている。
しかしことの中心にいる当の黒磯本人は、全ての施設を周り終わった後満足そうに思い出を語っていた。
正直あんな短時間で思い出もクソもないと思うのだが……。
本人が満足しているのならそれいいのかもしれない。
しかしまずい。
それにしてもまずい。
非常にまずい。
ランドから出た後、俺はホテルに向かうバスの仲間で1人頭を抱えていた。
何がまずいって華と2人ゆっくりと話をするという計画が全くこなせていないのだ。
なーにが「こうやって書き出し見ると案外簡単だな」だ。
もうすぐ1日目が終わるっていうのに何一つ最初の段階に足すらかけられていないじゃないか。
まだまだ丸1日以上残っているじゃないかという希望的事実よりも先に、今日1日何もできなかったという絶望的事実が焦燥感に姿を変え身を焦がす。
今日で何も進展がなかったのに、この先進展があるのだろうか?
そんな内なる反語的問いかけを全力で塗りつぶしながら、次の予定を思い描く。
そう、次だ。
ここで立ち止まっている暇もなければ呑気に嘆く余裕もない。
終わったことは一つの反省材料として、次の手を進めていかなければならないのだ。
「どうした? お前今日はなんまこわそうだが」
「ちょっと予想外のことが多くてさ。一真は楽しめた?」
「それなりじゃな。そっちはどうよ」
「楽しめなかったわけじゃないけど、無茶しすぎたなーって思って」
バスの座席は来た時と変わらず隣に一真。
別に前の座席と同じにしなければならない決まりなどないのだが、こういうのは最初に決めたことから変えるのには勇気と力がいる。
最初にナプキンを取ったものに皆が従うのだ。
そしてこんなところでそういう勇気と力を使うのはどう考えても無駄遣いな上に誰も得をしないのでやらないが。
俺だって一真の隣の席に不満があるわけじゃないしな。
しかしそれは同時に、もう移動時には華と話すチャンスはないということを意味していた。
思った以上に時間はない。
「しかしいいのか?」
「何が?」
「お前班決めの時『橘ともう1人を引きつけておいてくれ』てしゃべってたべ。だから華に大した話もできていないこの状況、大丈夫なんかと思ってよ」
「正直大丈夫ではない」
「おま……どうすんの?」
「とりあえず、ホテルの自由時間でなんとかする。できれば夕食の時に話をしたいが、昼飯の時のこと考えたら無理だろうな」
「すまん、正直俺は黒磯を引き止める力はない」
「いや一真のせいじゃないさ。黒磯が強すぎただけだ」
「そうか……」
「とにかくそういうことだから、一真は橘にだけ気をつけてくれればいい。黒磯は、まあなんとかするさ」
「健闘を祈る」
貴殿のこれからのご活躍と健闘をお祈り申し上げます。
一真の一言をこう書き換えれば、一真が戦力にならないことがわかりやすいだろうか。
まあ橘の相手をしてくれるというだけでありがたいのだ。これ以上無茶を言ってはいけない。
「もうホテルについたぞ」
バスの中で計画を練っていたら、一真の声で現実に引き戻された。
「あ、ああ」
「して、考え込んでたが、なんかいいアイデア出てきたか?」
「……一応一つ」
「ほう」
「うまくいくかわからないが、やるだけはやってみようと思う」
「そうか。俺が手伝うことねえか?」
「橘の相手をしてくれれば多分、大丈夫」
「わかった」
最低限の脳内リハーサルは済んだ。
拙い作戦だが、今はこれに掛けてみるより他にない。
さて、ホテルに入るとしよう。
なんま:
方言の「なまら」が音便化したもの。意味は「なまら」に同じ。英語でいうvery
こわい:
方言。つらい、しんどい、疲れる等の意




