脱分化
待ちに待った修学旅行。
ついつい夜更かしをしてしまう浮かれたイベント。
中学最大のイベントと謳われるだけはある。
そして空は見事な青空。雲ひとつない快晴だ。
空は真っ青お先は真っ暗!
……ほんと、どうしよっかなあ。
話はおおよそ1週間前に遡る。
「なあ青葉」
「何も言わないでくれ」
「もう修学旅行で言うとかそういうのこだわらなくてよくないか?」
頭を抱えた俺に対して一真が投げかける言葉は、無慈悲な正論だった。
言われるまでもなくそんなことは先刻承知だ。
でもなあ! 意地があんだよ、男の子にはなあ!
……意地張ってる場合じゃないだろっていう言葉も理解しているのであんまり責めないでくれると嬉しいです、はい。
確かに一真の言葉は正論もド正論なのだが、それはあくまで最終的な着地点の一つに過ぎない。
もしかしたら修学旅行中、ファナティックランド以外でも華と2人きりになれるチャンスはあるかもしれないし、ランド内でだって何もはじめから最後までホラーハウスを3人で周るわけでもない。
黒磯の動向次第なところはあるものの、完全に詰みというわけでもないだろう。
しかし、それが逆に現状を難しくしていた。
なまじ目の前に人参をぶらさげられたら馬だって走るのをやめようとはしない。
現状取りうるどの選択肢にもある程度の希望が残されているからこそ、どれを選んでも後悔しそうだ。
確率や期待値による最適解も存在はするのだろうが、俺にそんなものを計算する力量もなければ手段もない。
第一今俺が考えている選択肢で全ての選択肢が網羅出来ているわけもないだろうし、それを探していくにはあまりにも時間がない。
率直に言って八方塞がりだった。
とはいえこんなことを独力で解決しようとしても何の得にもならない。
素直に誰かの手を借りるに越したことはないはずだ。
こんなタイミングでアドバイスを求めるに調度良い相手……1人しか思い浮かばなかった。
「やだ」
「そこをそう言わずに」
「やだよめんどくさい」
「そこは兄の顔を立てると思って」
「バカじゃないの」
当然の帰結というか頼みの綱というか、妹に相談することにした。
困ったときの沖芽衣さん。頼りになります。
「そんなの一真さんの言う通りじゃん。別に修学旅行にこだわってないでさっさと言っちゃえば解決でしょ」
「ほら、そこはシチュエーションっていうかだな」
「愛の告白でもすんの?」
「ある意味愛の告白だな」
「ふざけてると蹴るよ」
「すいません」
こいつの蹴り結構痛いんだよな。
「まあいきなり言われるより、そういう空気を作ってから言われたほうが遥かに気持ちが楽なのはわかるけどさあ」
「だろ? だろ? だから俺もそう思って」
「やり方が雑」
「はい」
詰めが甘かったのは事実その通りなので否定のしようがない。
あそこで安易に黒磯の提案に頷いたりしなければ……いや関係ないか。
そしたら今度は班員をどうするかという問題が残ったままで、最悪4人がバラバラの班になっていた可能性だってある。
最悪の事態はなんとか防げたということで納得しておくしかない。
多分それよりもずっと以前に、端を発すれば華が転校してくる以前に、もっと友達を作っておくべきだったのだ。
今更そんなことを言っても仕方がないのだが。
「結局兄ちゃんはどうしたいわけ?」
「出来る限り被害なしで済ませたい」
「今更だなあ」
「そうなんだけど、いい方法ないか?」
「知らないよ。わたしとしてはさっさと片付けて華さんとか橘さん紹介してもらいたいんだけど」
「終わったらいくらでも紹介してやるから、いいアイデア頼む」
「あれ、この間みたいに『橘はダメだー』とか言わないんだ」
「そういえば……。やっぱり橘はダメ」
「じゃ何も考えてあげない」
「…………ご紹介させてください」
「良きにはからえ」
我ながら妹に甘い兄だこと。
そう、これは甘いだけだ。断じて弱みを握られているからとか絶対的に立場が低いからとかそういう話ではない。そう、断じて否! ……だといいなあ。
「それでそれで、なんか思いついた?」
「そもそもさ、なんでそのファナティックランドでなきゃダメなわけ?」
「そりゃそこが一番都合いいからだろ。テーマパークなんて2人きりになりやすい場所の代表じゃんか」
「でも今回は難しいわけでしょ?」
「まあ、そうだな」
「じゃあさ、他のとこでよくない?」
「例えば?」
「バスの中……はちょっと厳しいか。ホテルでもどうせ自由時間とかあるっしょ。そこでいいじゃん」
「なるほど」
他の場所、か。
考えていなかったわけじゃないが、それよりもファナティックランドでどうにかできるんじゃないかという思いがあったのも事実だ。
しかし芽衣の言う通り、これ以上そこにこだわる理由はもうない。
正確にはこだわる理由はあってもデメリットがそれを上回るという話だが。
ランド以外の線で考えてみるか。
「あれ、じゃあランドで何すればいいんだ?」
「は? テーマパークで遊ばないで何すんの?」
「おお」
「やっぱりバカじゃないの」
ここは妹の助言通り、素直に遊べるだけ遊ぶことにしよう。
ここで決める予定だったのにもう何をできるわけでもないから、結局遊ぶしかないわけだし。
ああ、ついでにと言ってはなんだが、そのタイミングでそれとなく華に俺がネイティブでないかもしれないと疑念を抱かせることができたら御の字だ。
俺と出会った時から今まであいつの様子に変化はないし、おそらくまだ気付いていないと思う。
でも俺そんなにデザイナーズチルドレンらしいことできないしなあ。
やるだけやってみるが。
「なあ芽衣、俺のデザイナーズチルドレンらしいところってなんだと思う?」
「急に何よ。……風邪引かないし病気にならないところ?」
「それしかないよなあ」
「むしろ先祖返りじゃないかって思うぐらいに兄ちゃんって特徴ないよね」
「気にしてることを」
「でも事実」
確かに俺のデザイナーズチルドレンたる所以はその体が丈夫なところに尽きる。
強化された免疫力で風邪も引かないし、それでいて免疫が過剰にならないようにとか適切に働くようにとか色々と高度な技術や知見が使われているらしいのだが、全く実感が無い。
実際「病気にならない」ということは病気を自覚しないことでもあるので、実感があったら困るわけなのだが、同時に人に説明もしづらい。
芽衣の言う通り先祖返りじゃないかと疑いたくなるのも道理だ。
ちなみに先祖返りとは、適切に行われた出生時の遺伝子操作にも関わらずほぼほぼネイティブのような状態で生まれ出た子供の事で、容姿に限って言えば俺も先祖返りみたいなもんだ。
だいたい1万人に1人程度の割合で起こるらしいが、幸か不幸かまだ見たことはない。
てか1万人に1人って結構多いよね?
「いっそのこと『俺先祖返りなんだよねー』みたいなノリで軽く言っちゃえば?」
いやいやそりゃないだろう、と言いかけてふと考える。
確かにそれをそのまま言うのは馬鹿げた話だが、先祖返り、か。
一考の余地はあるな。
「名案だ」
「え、何言ってんの」
「ありがとう芽衣、おかげでいいアイデアがまとまりそうだ」
「本気?」
「ああ。持つべきものは優秀な妹だな」
「本気だってんなら止めないけどさあ……」
呆れ顔の芽衣を背に部屋を後にする。
我ながらいい作戦ができそうだ。
先祖返りはちょっとだけ差別的な言葉だったりそうじゃなかったり。
言葉は使う人次第です。




