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恋愛症候群  作者: 真殿悠
第三章
32/67

補充現象



先程橘が見せた二つの見慣れない表情。

一つ目の恥ずかしそうな顔は、俺達と打ち解けてきたが故にその鉄面皮の心がぽろりと綻び始めた証と解釈できるし、俺はそう思いたい。

だが二つ目の不安げな顔はそれとは全く関係がないことは明らかだ。

だってその視線の先にいる人は、橘に負けず劣らずの問題児だから。

いや橘についてはしっかりと勉強という形で目に見える成果を出している分、向こうのほうがたちが悪いとも言える。


黒磯葵。

身長は145cmはくらいだろうか。だいぶ小さい。

背の高い橘と並ぶとその小ささがより一層際立って見える。

顔は控え目に言って世間一般で言う整っているほうに入る程度。

ちょっと大げさに言えばそこら辺でモデルをやっててもおかしくはない程度。

この年で整形なんてしていないだろうし、いくらデザイナーズチルドレンだからとはいえ結構な逸材だと思う。

だが彼女が人気者かというとそうでもない。

というか女子は元より一部の男子にすら疎まれる存在ですらある。

おかげで教室ではかなり孤立している。

橘が栄光ある孤立だとすれば、黒磯は封じ込め政策といったところだろうか。

同じ孤立でもその意味合いはだいぶ異なってくる。

とはいえあのニヤニヤした横顔を見る限り、あれはあれで孤立もある程度受け入れているんじゃないか、とすら思えてくる。

ま、本人がどう思っているかなんて知りようがないんだけどな。



俺の個人的な感想としては、一部の人間に強烈に嫌われるが同時に一部の人間には劇烈に好かれる人間、という印象を受けた。

限定的な八方美人とでも言えばいいだろうか。

中学に入ってからの2年間は同じクラスだったためある程度のことは聞いているし、授業を通してなら何度か話したことはある。

そんな多いか少ないかわからないふれあいの中で感じたことは「徹底的に相手を思い通りに動かしたがる人」だった。

その方法がまた特殊で、高圧的な態度で命令するのではなく、徹頭徹尾相手を褒めて持ち上げなだめすかして自分の思い通りに持っていくといった具合だ。

それをやられた最初は悪い気がしなかったから言う通り従ったこともあったが、さすがに段々と増長してくるのが目に見えたので断るようにした。

すると現金なもので「じゃあお前は用済みだ」とでも言わんばかりにさっさとフェードアウトしていくのだった。


だがそんなことを毎回やっていれば当然のようにコミュニティに味方はいなくなる。

本人がそこそこ満足そうにしている辺りまだどこかクラスの外に彼女の思い通りに動く人間は残っているのかもしれないが、少なくとも俺たち4人の中にはそんな人間はいない。

なんだかんだ優しい一真や言い出しっぺの橘はまだしも、華にあいつと一緒に居ろと言うのは何かの罰ゲームでもない限り厳しいものがある。

というか行動を共にすることが罰ゲームと称される辺り、お察しだ。


「橘、それ本気か?」

「でも他に誰かいるかい? このタイミングで他のグループに属していなさそうな人間といったら、正直ボクは彼女以外思い当たらない」

「そりゃそうなんだけどなあ……」


余っている人間は誰かと聞かれれば第一に名前が出てくるが、班に呼び込みたい人間と聞かれれば最後にようやく出てくるかどうか。そういう人間だ。

逆説的に言えばだからこそ最後まで余っている、ということなのだが。


「なあ、他に誰か……」

「いないものはいない。そうだろう?」


そこまで正論を言われてしまうと何も返す言葉がない。


「ねえ、ほんとにダメなの?」


転校してきたばかりで黒磯のことをよく知らない華がそんなことを言う。

いやまあ、知らない人間にとったら明らかに俺達の方が酷いことを言っているようにしか聞こえないしな。


「そっか、華は知らないもんな」

「えー何その蚊帳の外ー。あんまり言ったら黒磯さん可哀想だよ」

「話せばわかる」

「じゃあ誘ってきちゃうね!」

「俺は止めたからな」


誰でもいいとのたまう一真と、自分から提案してきた橘。

俺さえ折れればあとは華の思うがままである。


「黒磯さんおはよー!」

「……フフッ」


どうやら華の声が聞こえていないようだ。


「黒磯さーん?」

「え、えっえっ、え? 誰?」


素っ頓狂な声を上げる黒磯。


「私のことわかる? この間転校してきた四条院華っていいます」

「ああ、あの。それでどうしました?」

「黒磯さんって修学旅行の班決まってる?」

「そんなものありましたねぇ。特に決まってないですよ」

「じゃあさじゃあさ、私達と一緒にどうかな?」


華がクイクイとこちらへ手招きしてくる。

お前らも紹介するから来いということだろう。


「うちの班はこうやって4人なんだけど、5人目誰を誘おうと思ってたら結衣ちゃんが『黒磯さんがいいんじゃない?』って。どうかな」

「そんな風に誘っていただけるなんて嬉しいです! 是非ご一緒させてください!」

「ありがとう! じゃあ葵ちゃんって呼んでいいかな?」

「もちろんです! 私も華ちゃんって呼びますね!」


何が「じゃあ」なのかよくわからないが、女子同士のコミュニケーションとはそういうものなのかもしれない。

ここにいる中ではこの2人以外そういうコミュニケーションをとれる人間もおらず、確認のしようがないのだが。


「それじゃあ一真くんと結衣ちゃんと、えーっと……青葉くん、だよね? よろしくね!」

「よろしく」

「どうぞよろしく」

「……よろしく」


俺の名前のところで一瞬詰まったのは忘れていたわけではなく俺のことを苗字で覚えていただけだろう。

そう考えればまあ納得だ。というかそう考えないと一人だけ忘れられていたなんてあんまりにも悲しいじゃないか。


「でもほんと良かったねー。葵ちゃんに断られたらどうしようかと思ってた」

「そんなことしないから大丈夫だよぉ。でもちょっと一つ、代わりといったらなんだけど

お願いしていいかな?」

「いいよいいよー。なんでも言って?」

「それじゃあ……私自由行動の時に行きたいところがあるんだけど」


まあそのぐらいは。

班に入ってくれるよう頼んだのはこっちだし、それぐらいのわがままは聞いても問題はなさそうだ。

しかしわざわざ行きたい場所なんてどこだろう。

正直修学旅行そのものは楽しみだが、普通の旅行のように観光をしたい場所なんて特に思い浮かばなかった。


「大丈夫、予定なんて全然決めてなかったし。みんなもいいよね?」

「異議なし」

「いいんじゃないかな」

「それで、どこに行きたいんだ?」

「ありがとう! えっとねえっとね……」


実際何処へ行ってもそれなりに楽しめる自信はある。

実際こういう旅行っていうのは何処へ行くかよりも、誰と行くかのほうが重要だ。

その点一真と華さえいれば楽しめないということはない。

橘は……まあさっきの様子を見る限り全くの邪魔者ということにはならないはずだ。

いつまでも怯えたままじゃ困るし、これを機会に少しはまともな友人関係になれれば儲けものである。


だが、その後に出てきた言葉はそういう目論見もろともぶっ潰すものであった。


「私、巽ファナティックランドに行きたい!」


どこだよそれ。

ファナティック:fanatic

【形】


狂信的な、熱狂的な

(英辞郎 on the web より)

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