寛解期
しかし、修学旅行の班決めか。
もうこの4人で行くものと勝手に思い込んでいたから根回しなどはしていない。
ぱっと思い浮かぶだけでも朝霧や鎌谷など、呼べば相手に関わらず応えてくれるような気さくな人間は何人かいる。
だがこの班決め直前のタイミングではいくらなんでもそれに期待しちゃいけない。
俺ですら気軽に誘えるということは、既に他の誰かに誘われているということと同義である。
幸か不幸かこのクラスの人数は40人、ぴったり5の倍数だ。
人数が余るということはない。逆に言えば4人の班というものは許されない。
「お前心当たりあるか」
「ない」
「誰かに声かけたりとかは」
「してない。別に誰でもいいだろう」
ああ、こいつはそういう奴だった。
俺以外で誰かと特別に仲良くなるということもなかったが、その反対で誰かと特別仲が悪くなるということもなかった。
他人に興味が無いというのともまた違うのだが、例えて言えば水や空気のように相手を選ばず相手に依らない。
誰が相手であってもうまくやっていける力があるのだ。
その上での、ポジティブな意味での「誰でもいい」である。
だがそんなコミュニケーションの天上人とは違って俺は下の下の一般人である。
天は人の上に人を作らず人の下に人を作らず。
それはそれは大層立派な言葉だが、天が作らなかったら代わりに人間が作るのだ。
必要だから作るのだ。
特にデザイナーズチルドレンという技術が当たり前になったこの現代ではそれが当然だった。
かといって俺が特別一真にコンプレックスを感じているかというとそうでもない。
一真はそこら辺の話には結構敏感なほうで、俺がコンプレックスを覚えていたらきっと静かに離れていくだろう。あいつはそういう奴だ。
別にコミュニケーションやあいつの得意分野である武道で勝ち目がないだけで、ゆっくりのんびりと、細く長く生きることに関しては負けない自信がある。
だってそう作られたデザイナーズチルドレンだから。
何もいくつかの分野で勝てないからって腐ることもない。
最低どこか一つだけでも勝っていれば、人と付き合う上では十分なのである。
「じゃあまず俺と一真と華、あとは橘までは決まりでいいか」
「元からそのつもりだ」
「あと一人、だよなあ」
仲の良いグループというのは新学期初日、長めに見積もっても3日が勝負だ。
そして現在新学期が始まってから一月以上が経った。
修学旅行という大きな機会は、そのグループ分けを明文化するという意味合いも含まれる。
橘のような例外を除けば、そんな状態に新たにグループ再編成を行うのは相当骨が折れるだろう。
「なんだい二人とも深刻な顔をして」
「どったのー?」
俺と一真が諦めかけていたとき、華と橘が声をかけてきた。
まあこれはこいつらにも関係ある話だし、隠すことでもないか。
「なあ、お前ら修学旅行の班考えてるか?」
「それなら4人で行くつもりだったよ」
今更何言っているんだこいつ、とでも続けそうな軽い調子で華が即答する。
あ、こいつも俺と同じ勘違いしてる。
「華、残念ながらそれは無理なんだ。ボクらは4人だけど班は5人でって決まっている」
「え、ほんと?」
「ほんとさ。ボクとしてもキミたち3人と組むのに異論はないけど、あと1人どうしようかっていう問題がある。もしかしてだけど、青葉と一真が難しそうな顔をしていたのってそういうことかな?」
こういう時こいつの頭の回転の早さには助けられる。
班決めの話題を出しただけで現状の問題点を炙り出してくれた。
それにいつの間にか一人称がよそ行きのものでなく砕けた「ボク」になっている。
少しは俺たちのグループに馴染んできてくれている、ということでいいのだろうか。
「確かにそれはちょっと困った問題だね。キミたち3人だけならまだ特別仲の良い2人組と一緒になれば人数の問題は解決だ」
「それってつまり」
「ああ、ボクが1人でどこか同じように班員が足りないグループに入ればいい」
「結衣ちゃん! 私は結衣ちゃんと一緒に組もうと思ってたのに!」
明らかに憤慨した顔で橘を責め立てる華。
随分と仲良くなったものだ。
しかしあの橘が自分からそんな殊勝なことを言い出すなんて、どうしたのだろう。というかあいつが俺ら以外と仲良く喋っている姿が微塵も想像できない。
弱みを握られた俺。
誰に対しても同じ接し方ができる一真。
邪悪さに汚染されない華。
現実このぐらいの事情がなければ、こんな偏屈な橘と関わろうなんて言い出す奴はそう居ないだろう。
一体どうするつもりなんだ、と思って聞いていると、より信じられない言葉が聞こえてきた。
「けど正直ボクは他のグループに行ってもそうそう受け入れられるタイプじゃない自覚はあるし、何よりボク自身キミたちと一緒にいるほうが楽なんだ。だからボクはキミたちと組みたい。ダメかな」
その場にいた全員がぽかんと口を開けていた。
いくら人を疑うことを知らない華でも、橘がこんなことを言うキャラじゃないなんてことは知っている。
あの橘が?
何かの間違いだろうとは思いつつも、言った本人が気恥ずかしそうに頬を掻く姿を見せられるとそれを疑う言葉なんて出てきやしない。
さすがにこれが演技だとしたらもうそれでいい。
あと何十回同じことを繰り返したとしても俺は喜んで騙されるさ。
「ま、まあとにかく、1人足りないのが問題ってことだね」
気まずい雰囲気を隠すように橘がそう続ける。
さっきまで呆気にとられていた俺達もその言葉にようやく我に返った。
「ああ、そうだな。でもどうするんだ? 俺も一真も正直誘う当てがない」
「私もー」
さすがに転校してきたばかりの華に誰か誘ってこいというのは酷だ。
いや華ならやってやれないことはないかもしれないが、結局それは一真でも意味は変わらない。
今はそういう実行段階の話ではなく計画段階の話なのだ。
すると橘が今度は少し不安げな顔で話を切り出してきた。
さっきといい今といい、今日はこいつのレアな表情が見られる記念日だったりするのだろうか。
「ボクも一応当てがないわけじゃないんだ」
「ほんと!?」
「当てがある、って言い方はできないんだけどね」
いつも通りの勿体ぶった言い方だったが、その言葉の端には先程の不安げな顔とリンクするように、いつもの自信が見えなかった。
「ひとまずその当てってのを言ってみようぜ。話はそれからだ」
「そうだね。もうボク1人の問題じゃないわけだし」
「それで、それは誰なんだ?」
「ほら、いつも教室にいるじゃないか。ずっと何かを読んでいるあの子が」
「それってまさか……」
「そう、黒磯葵だよ。彼女ならきっと班に入ってくれるんじゃないかな」
その言葉と同時に、俺達は窓際で端末の画面をニヤニヤと笑いながら見ている少女へと振り返った。




