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恋愛症候群  作者: 真殿悠
第三章
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乖離

チガウコレジャナイ。


心のなかではそう声に出して叫んでいた。

もちろん教室のど真ん中でそんなことを叫びだしたらただの不審者にしかならないのであくまで心のなかで。

だが俺が思い描いていた理想と現実はあまりに乖離していて、そう叫びたくなるのも無理は無いとすら自分で思う。

しかもその乖離の仕方がまた嫌らしく、薄っすらと俺の理想に被る部分は多い癖に根本に差し込まれた巨大な楔がその形を大きく歪めてしまうのだからたちが悪い。

そう、これはある意味で俺が描いた理想そのものであり、そして同時に俺が案じた不安そのものでもあった。

まるでがん細胞が由来となった正常な細胞を駆逐し置き換わっていくように、理想という抜け殻は不安という現実で満たされていく。




事の起こりはいつだったのだろう。

いつだったかすら正確にはわからない。気が付いたら全てが侵食されていたというのが正しいか。

だがこの現状を確認することには意味がある。

もう一度、現状を確認しよう。


「どしたん青葉、そんな『世界の終わりだー!』みたいな顔して」

「世界は俺に優しくない」

「どうしたの青葉くん。いきなりそんな哲学的なこと言われてもよくわかんないよ」

「華、それは違う。青葉君が言ったのは哲学的なこと(・・・・・)じゃないんだ。彼は今「自分に優しくない世界」をどうするべきか、それに対して自分はどうあるべきか、そしてそれは本当に優しくない世界なのか、実に複雑な悩みを一人で抱えているんだ。それはもう哲学的という範疇を飛び越えて哲学そのもの(・・・・・・)だよ」

「???」

「おっとごめん、できれば抽象的な話はわかりにくいから避けた方がいいとは常々思っているのだけれど、ついそういう話になってしまう」

「結衣が頭いいのはわがっけど、もうちょい俺らにわかる話をしてくれ」

「はは、申し訳ない」



一体世界が優しくないのは誰のせいだろう。

そんな哲学的な問の答えは決まっていた。

橘結衣、お前のせいだよ。哲学的思考も何にもいらんわ。

確かに大本の本の元は俺がついた嘘にあるかもしれないが、事態を引っ掻き回したのは明らかに橘のせいですね。

ほんとどうしてこうなったのか……。



橘と華が友達になってから2週間が過ぎた。

たった2週間、されど2週間。

俺の胃はもう荒れ狂うばかりに深刻なダメージを受け、永遠に終わることのない2週間を過ごしている。


まず橘は一真と話をした。

そりゃ俺達と関わろうとするなら避けて通るほうが不自然だしな。

二人はそれなりに相性が良かったらしく、思った以上にすんなりと仲良くなった。

とはいえ初めは少しぎこちなかったが。

だが一真が俺のついた嘘のことを知っていると橘が気付いてからは早かった。

やはり共通の秘密を抱えるということは、古今東西仲を取り持つに最高の触媒なのだろう。

気が付けば俺にまつわる昔話を懐かしそうに語る一真と、それを聞いて限りなく邪悪な笑みを浮かべる橘という構図ができていた。

秘密は最高の触媒とは言うけれど、せめて自分自身の秘密で盛り上がってくれないだろうか。

一真からは後で一言すまんという言葉があったが、橘からは特になし。

許しちゃいけねえ。


こうして橘は晴れて俺たちの友達グループへと入ること相成ったのだ。

そうなると今度は集団が4人になる。

3人ならばそれは集団というよりも個の集合であるが、4人にもなるとさすがに集団の色を帯びてくる。

具体的には集団の中での立ち位置が決められていくのだ。


まず起点となったのは華だった。

本人にはこれっぽっちも自覚はないが、その鈍感さがブレない基準点として非常に優れていたのだ。

集団は彼女を軸として動いていく。

次に決まったのは橘と一真の関係だ。

二人は完全に対等で、その距離感の取り方に大きな違いはあるものの軸との距離も同等だ。

そして俺。

完全にこの三角形から外れている。

4人いれば四角形じゃん! というツッコミには甘いと言わせてもらおう。

あくまでこれは三角形であり、俺からはそれぞれの頂点に対して線が引かれているもののそれが図形を成すことはない。

橘への線にいたってはもうヒモとか糸みたいな優しいものではなく鞭とか縄とかそういうとてもサディスティックな物体で構成されている。


実際橘からはなかなかに陰湿な仕打ちを受けている。

恋愛症候群について俺の目の前でこれ見よがしに華に講釈をたれたり、昔嘘つきの友人に騙された経験を大袈裟に悲しみをたたえて語ったり。

しかも決まって最後には「私は今とても良い友だちに恵まれているから」と付け加えることを忘れない。

そりゃ胃が痛いわ。



しっかし華に友達を作ろうという目標、達成できたはできたのだがこんな形で達成することになるとはなあ。

あいつと友達になってもろくなことがない気がするのは気のせいじゃないだろう。

だがそこから先は華が決めることで、俺の手が及ぶ範囲でもないし手を伸ばしていい範囲でもない。

だから俺は見守ることしかできないのだ。


そして俺は俺の方で片付けなければならない問題を抱えていた。

細かく言えば元々あった問題がついにどうにかしなければならないほどに無視出来なくなってきた。



そう、華に俺がネイティブでないことを言わなければいけない。

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