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恋愛症候群  作者: 真殿悠
第二章
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不安定狭心症



「青葉くんと結衣ちゃんって仲良かったんだねー。全然知らなかった」


相も変わらず脳天気に華がそう呟く。

残念なことにその事実、俺も初耳だ。


「そうなんだよ、彼とは古い付き合いでね。最近四条院さんと仲がいいみたいだから、僕も四条院さんとお話してみたかったんだ」

「わ、それはほんとに光栄だ。でもそんな四条院さんとか他人行儀じゃなくて華でいいよ! 私ももう結衣ちゃんって呼んじゃってるし」

「それじゃお言葉に甘えて。華」

「うんうん、これで私と結衣ちゃんは友達だね」

「よろしく」


誰だこいつ。

俺こんな奴見たことないぞ。また転校生かな?

いやまあしかしよくもこれだけ猫を被れるものだ。

同い年の中学生とは思えないしたたかさである。

というか俺と橘は中学で初めて会ったし、同じクラスになったのだって3年が初めてだ。

勝手に過去を捏造されてもらっては困る。

そんな俺の困惑を尻目にガールズトークを始める2人。


「そういえば結衣ちゃんて普段学校じゃ静かだけど、家で何してるの?」

「主に読書かな。ノンフィクションの小説なんだけど、結構楽しいよ」

「へー。ジャンルは?」

「恋愛さ」

「恋愛! 結衣ちゃんってデザイナーズチルドレンだったよね。恋愛に興味あるんだ! ……って、これ聞いたらまずかったかな」

「いやいや全然そんなことはないよ。そうだね、興味が無いといえば嘘になるけど、私自身が恋愛したいわけじゃないんだ。誰かの恋愛を観るのが好きなんだ」

「へー。そうだよねえ、デザイナーズチルドレンだもんねえ」


一人称まで変わってしまっている。ほんと誰だこいつ。


「ねえねえ、よかったら今度オススメの本紹介してよ!」

「オススメねえ……」

「今読んでるのが終わったらでも全然いいよ!」

「ごめん、今読んでるのは連載ものだからいつ終わるかわからないんだ」

「そうなの?」

「それに他の人に見せたくてもちょっとね。約束があるし」


おい、それはまさか。

その言葉と同時に意味ありげな視線を投げかけてきているのは気のせいだよな、そうだよな。


「なあ橘」

「なんだい青葉君。もしかしてキミも興味が出てきたのかい?」

「その連載ものって、日記形式だったりしないか」

「よくわかったね! そうそう、日記形式で、恋愛症候群になった男がその体験を綴っているんだ」

「おい」

「青葉君なら一度は見たことあるはずだよ」

「何々ー? 青葉くんもそれ知ってるの? 教えてよー」

「いや、それはだな……」

「ごめんね華。実はこれを書いた人との約束で、特別に限られた人にだけ見せてくれているんだ。だから華に紹介することはできないのさ。申し訳ない」


そう言って深々と頭を下げる橘。


「え、え、全然だいじょうぶだよ! 私の方こそ無理に聞き出そうとしてごめんね。ほら頭上げてよ」

「ありがとう。華は優しいね」

「そんなことないよ~」


茶番だ。

しかしそれと指摘できない茶番だ。

情報アドバンテージという意味では俺と橘は互角の位置についているはずなのだが、この場を支配しているのは橘である。

一番情報で後れを取っている華が一番幸せそうだ。

無知こそが最上の幸福であり最低の不幸である、とは誰が言ったものか。

今この場においては最上の幸福を甘受しているのは華であり最低の不幸を突き立てられているのはこの俺だ。

なんだろう、この理不尽さ。


「そういうわけだから、青葉君も是非とも内密に頼むよ」

「……ああ」


なーにが「是非とも内密に頼むよ」じゃ。

こっちはお前がバラしそうになったせいでさっきから寿命が加速度的に縮まってるわ。

そんなにチキンレースがしたいなら俺を巻き込まんでくれ。


「しかし懐かしいね。こうやってお昼を食べるのなんて何年ぶりかな」

「結衣ちゃんてば大袈裟なんだから」

「はは、ごめんごめん。少し話を盛っちゃったかな。でもすごく懐かしい気分に浸れたのは本当だよ」


そう言って窓の外を見上げぼんやりと目を細める橘。

初めて見る表情だった。

俺達と話すときのにやけ顔とは違い、遠くを見るようなその目は、とても自然な笑顔を作り出していた。

それはどこか寂しそうで、でもどこか嬉しそうな、そんな笑顔だ。

こいつ、こんな顔もできるんだな。

少しだけ橘に対する見方が変わった、かもしれない。


「……結衣ちゃん?」

「ああ、ごめんね。ついぼんやりしちゃってた」

「早く食わねえと昼休み終わるぞ」

「おっといけない。ありがとう青葉君」

「どういたしまして」


さっきまでの自然な表情はどこへやら、すぐに張り付いた作り物の笑顔に戻っていく。

ほんと、こいつの裏表の顔の切り替えは酷いもんだ。



そんな3人の昼休み。

人数は一緒なのにいつもとはかなり違った雰囲気で、けれどそれはそれで楽しかったのが少し悔しい。

そんな中で俺は、どこか言い知れぬ違和感を感じていた。

その違和感は心の何処かに棘のように引っ掛かっていて、まるで針の筵のようにチクチクと記憶の引き出しを苛む。

今になって振り返ってみればなるほどと思う引っ掛かりだったのだが、違和感の正体に気付くのはそれからしばらく経ってからである。

橘の猫の被り方があんまりにもあんまりだったから、その違和感が先の小さな違和感を押し潰した形になったのかもしれない。

この時気付いていればまた話は違ったのだろうか。

いや、それこそ詮無い話か。

気付かなかったからこそ現状があるのだから。



一真が仲間外れですが、後でちゃんと合流するはず

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