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恋愛症候群  作者: 真殿悠
第二章
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IC

結論から言ってしまおう。

両親は理解を示してくれた。



気付いてやれずすまなかったと言い、自分の専門分野でないにも関わらず恋愛症候群について最新の論文をさらってみると言う。

話し合いの間、今まで黙っていた俺を責めることもせず、打ち明けられなかったこともそのまま受け入れてくれた。

あくまでしっかりと、俺の言葉と俺の病気を受け止めていた。

お陰で俺が罪の意識に苛まれることもなければ打ち明けたことを馬鹿らしく思うこともなく、それでいて適度に俺の心に教訓的な経験として残る程度の言葉をくれた。

妹はここぞとばかりに自分の功績を強調していたし、父も母もそれについて異論はないようだった。

実際芽衣がいなければ俺はもっと空回ってあらぬ方向に暴走してしまっていた可能性だってある。

声に出して「ありがとう」と、そう自然と口をついて出たのだって、無意識下で本当にそう思っていたから出た言葉だ。

それを聞いた芽衣は顔を真赤にしてバカじゃないのと連呼していたが、いくら鈍い俺でもそれが照れ隠しであることぐらいはすぐにわかった。

お前が妹で良かったよ。



そうやって、俺は一つの重荷から開放された。

実際はまだまだ恋愛症候群の治療が残っているし、これはリハーサルみたいなものであって本番はこれからだ。

でもようやく一歩、大きな一歩を前に踏み出せた気がする。

俺の楽しみや勝手な都合に関係ない、現状を変えるための一歩。

劇的には変わらないまでも、そうやって一歩ずつ踏みしめていけば、きっといつかは景色が変わっていくはず。

そんな予感すら見えた。


その日は父と母の真剣な表情を思い浮かべながら眠りについた。

表情、言葉、視線。

そのどれもから俺を愛しみ慈しむ情というものが伝わってきた、と俺は勝手に思っているしあながち間違いでもないだろう。

翌朝、枕は少しだけ濡れていた。





はいここでいい話でしたおしまいです、と強引に話をまとめることも出来なくはないが、それで本当にまとまってくれるわけもなく、やるべきことも問題も山積している。

情のない言い方をすればその中のたった一つが片付いただけで、数や厄介度で言えばまだまだ序の口である。



まずはじめに恋愛症候群の治療スタートだ。

一口にカウンセリングと言っても様々な療法がある。

認知行動療法、森田療法、遊戯療法、精神分析療法などなど……。

俺も先生が言ったことを聞きかじった程度なのであまり具体的に知っているわけじゃないが、随分色々な方法があるのだなあと感心したことは覚えている。


そんな俺が受けるのは「想像療法」と呼ばれるものだ。

恋愛とは自己と他者の意識が過剰に混ざり合ってしまった状態であり、自我と無意識の存在も同時に不確かになってしまっている。

人は元来無意識から発生し独立した自我により個を保っているが、肝心の無意識は個が明確に分かたれておらず、無意識と自我を明確にイメージし概念として分離することで自分という個を確立する、というものらしい。

その過程で自我と超自我を分かつこともあれば逆に積極的に融合させようという方法もあるらしい。



…………とここまで書いてはみたものの、正直まるで意味がわかっていない。

らしいらしいと語尾に付け加えることでそのまま受け売りを喋っているだけなのだが、自分で書き写してみたところで全く実感として理解できていない。

だいたいなんだよ自我と無意識って。

それぞれの言葉の意味はわからなくもないけど、それに加えて個の独立とかいう新しい単語が入ってくるともうお手上げだ。

しかもなんだよ個と個の分離って。

別に俺と華は二人で同じ考えを持っているとかそういうことは特にないはずだし、それで分離するとか言われても「あ、はい」としか返せない。


本当にこんなことで恋愛症候群は治るのだろうか。

プロの医師である先生に向かっては失礼な質問なのかもしれないが、正直どうしようもなく疑問に思うことをぶつけてみた。

すると返ってきた答えは


「治るかもしれませんし治らないかもしれません。ですがこの方法で良くなる方は少なくない数がいらっしゃいますし、少なくとも恋愛症候群に関しては症状を緩和するのに役立ちます。心の病気ですから薬を飲んではいすっきり治りました、とは言えないのが心苦しいところですが、我々としても全力を尽くさせていただきます」


とのことだった。

要約すると「多分効くけど治るかどうかは知らん」といったところだろう。

はじめから100%の治療なんて求めてはいなかったが、こうも「保証できない」旨の話をされると不安になってくる。

だからといってこれ以上出来ることもないのだし、俺がその治るほうの人間であることを信じて治療を続けるのが正しいのだろう。

なんとも地に足の着かないスタートとなってしまった。


例示した精神療法は21世紀現在実際にある治療法です(舞台である23世紀でも行われている可能性は高くないとは思いますが、どう変わっていくかさすがに検討もつかなかったので、現在の療法を例示しました)。

「想像療法」については創作ですが、ユングの心理学を少し歪んだ解釈で適用した話なので、元のユングを知っている方なら少しわかりやすいかもしれません。

正直なところ作者はまだ理解しきれていないところがあります。

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