介在ニューロン
名前でわかるとは思いますが橘さんはちゃんとした女の子です
「『嘘つきボーイ』ね。俺が何の嘘をついたっていうか、具体的に教えてもらいたいところな」
「あれ、そういう反応になっちゃうんだ、残念だなあ。青葉君はもうちょっとボクの話をわかってくれる人だと思っていたのに」
「生憎と微塵もわからないね」
「そっか残念。でもそうだね、ボクの言い方もちょっとわかりにくかったかな。それじゃあこう言い直そう、『勘違いさせ屋』の青葉君?」
言い逃れはできない。
そう直感が告げていた。
けどこいつがカマをかけるのが絶妙にうまいという可能性だってまだ捨て切れていない。
それに、今現在どれだけの情報を知っているのか確かめなければならない。
それだけの危険性を孕んでいる相手だ。
「具体的にって言ってるだろ。さっきからお前の話はふわふわ宙に浮いていてわけがわからん」
「おかしいな、ボクの予想だともうちょっと焦ったり動揺したりするはずだったのに。まあいいか、それじゃお望み通り具体的な話をしよう。四条院さんとキミの関係のことだ」
「それならさっき言っただろ。ただ最近仲良くなっただけだって」
「まあ結果だけ見ればそうだろうね。でも物事には結果だけじゃなくその過程だって大切さ。ボクはその過程について、ちょっと気になることがあるんだ」
「へえ、何が気になるんだ」
「それはね、どうしてキミが四条院さんと仲良くなれたのかなって、それが疑問なんだ」
「お前友達いないだろ」
「おっとそれは心外だ、と言いたいところだけど、悔しいことに事実だから否定出来ないな。でもどうしてそう思ったんだい?」
「誰かと仲良くなるのに理由がいるのか?」
相変わらず表情が読めない橘だったが、俺がこの言葉を言った時、わずかに顔をしかめたのは見逃さなかった。
どうせこういう奴のことだ、友達が少ないから仲良くなるってことをかたっ苦しく深刻に考えて、それが原因で更に友達が減っていく、そんな負のスパイラルにはまりこんでしまっていることぐらい容易に想像がつく。
だから敢えてそれを逆撫でするような言い方をしてみたが、どうやらお気に召していただけたようだ。
「理由は必要じゃないけど、あったほうがいい。ボクはそう思うな」
「それについては同感だな。その理由が無くなると同時に疎遠にならない程度の理由は必要だ」
「そうなるとキミと四条院さんの友情、いやここは恋愛症候群であるキミのことを考慮すると恋慕、と表現したほうがより正確でなおかつ文学的だ。過去の文学作品を見てこの恋慕という表現を実際に使ってみたかったんだけど、ようやく正しく使える状況ができて嬉しいよ」
「そうかい、そいつは何よりだな」
「さっきもそうだけど、恋愛症候群ってところは否定しないんだ」
「否定する必要もねえしな」
「それは話が早くて何より。でもそれならキミがついた嘘についてもさっさと認めて欲しいんだけどなあ」
「だから具体的に言えって言ってんだろ」
「さっきまでと話は何も変わっていないさ。何故キミが四条院さんと、ネイティブの彼女とあんなに仲良くなれたのか。気になるのはそこさ」
「んなこと言っても一真だってそこそこ仲良くなったぞ。ネイティブだからとか気にしすぎじゃねえのか」
「でもそれはキミが間に入ったからだ」
間髪入れずに否定してくる。
でも俺はここですぐ認めるわけにもいかない。
何故ならこいつが俺の嘘を見抜いているというのなら、それを周りに言いふらしたりしないという保証はどこにもないのだ。
俺がついた嘘は適切な処理をしなければ、華はすぐにまたデザイナーズチルドレン不信に陥りかねない。
そんな危うい状況をこいつが引っ掻き回していいはずがない。
だからこそ、こいつには主導権を与えてはいけないのだ。
「まあそうかもな。でも華と俺が仲良くなったのは特に誰のおかげってわけでもねえぞ。デザイナーズチルドレンとネイティブだからってそんなに関係あるか?」
「あるさ。彼女は特にね。さすがにボクもこれ以上話を引き伸ばすのは心苦しい。というわけで結論を言おう。四条院さんはキミをネイティブだと思っている。違うかな?」
あくまで質問の形式はとっていても、実質的に最後通告だった。
今までも隠せていたとは到底言えないものの、俺に対する圧力はまだ表面上大きいものではなかった。
わざと持って回った言い回しを多用していたこともあるだろう。
それがここにきて、しびれを切らしたかのようにはっきりと具体的な言葉を使ってきている。
焦っている証拠だろう。
しかしそれが俺にとって有利な状況かというと当然そんなことはない。
致命的な事実を知られてしまったことが明らかになっただけだ。
どう転んでも有利な状況に傾けるための足がかりにはならない。
「……降参だ。お前が思っている通りの状況だよ」
「具体的にどういう状況か、教えて欲しいな。だってほら、そんなふわふわした言葉じゃ話を前に進められないじゃないか」
底意地の悪い、という形容詞がこれほど的確に当てはまる例を俺は知らない。
そりゃこんな性格で友達ができるはずがないのは当たり前だ。
「俺が自分をネイティブだって偽って華と仲良くなったってことだろ。何を言わせたいんだよお前は」
「こいつは驚きだ。まさかキミがそんな嘘つきだったなんて。クラスメイトとしてボクは悲しいよ」
よよよと泣き崩れる真似までしだす。
もうここまで来ると意地が悪いというよりも自分の世界に酔っているというほうが適切だろう。
このしゃべり方だってそれが元になっているに違いない。
しかしそんな茶番のお芝居に付き合っているほど暇でもなければ慈善的な性格をしているわけでもない。
「いい加減茶番はやめろ」
「寂しいねえ。可愛い女の子がこんなにも涙を流しているというのに、アフターケアもしないなんて」
「ほんとに泣いてたらな。で、何が目的だ」
こうやって秘密をネタに話しかけて来る以上、それを使って何かをしようとしているはずである。
何もしないのならば、秘密は胸に秘めておくのが何よりも安全だ。
「理解が早くて助かるよ。そうだね、ボクの目的は一つ。交換条件といこうじゃないか」
「何と何を」
「ボクから出す条件は一つ。頼み事を頼まれて欲しい」
「頼み事?」
「そうさ。申し訳ないがキミがやってくれると言うまでは内容は教えられないんだ。ああ、勿論危険なことじゃないしそう時間のかかることじゃないよ。キミの恋愛症候群や四条院さんとの関係にだって影響はないはずだ」
「で、代わりに秘密を守ってやる、と」
「その通り。どうかな? 悪い条件じゃないと思うけど」
悪い条件じゃない、というのは向こうにとっての話だろう。
こちらからしてみれば、何をすればいいかもわからない上に橘という爆弾のような存在と積極的に関わる理由を作ってしまうのはそれだけでも相当なデメリットだ。
でも。
ここで他の選択肢はあるのだろうか。
いや、ないな。
秘密を握られている以上どうやったって俺に選択の余地はない。
むしろたったひとつの条件で秘密を保証してくれるのだから安いものなのだろう。
ここは受けるしかない。
「わかったよ。その条件呑んでやる」
「ありがとう、これでボクとキミは一蓮托生、友達だ」
「そこまでは許可していない」
「残念だなあ。じゃあ早速頼みを聞いてくれるかな」
「なんだ」
「簡単さ」
怪しげな瞳とからかうような仕草で、橘はこう告げた。
「ちょっとしたレポート作成の依頼だよ」




