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恋愛症候群  作者: 真殿悠
第二章
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失外套


早いもので、華が転校してきてから一週間が経った。

この一週間は今までで一番密度が濃い一週間だったかもしれない。

全てが怒涛の勢いだった。



まず、妹との関係が少しだけ変わった。

元々仲は悪くなかったが、今までよりも家での会話が増えた。

内容は主に俺の恋愛症候群についてや、華についてだ。

やはりネイティブ自体珍しいのか、華に関しての話題はそれなりに食いつきがいい。

残りの話題はやはり家族の話や他愛ない世間話、であって欲しかったが、非常に残念ながらそれらが占める割合は極わずか。

話題のほとんどが芽衣によるBLのレクチャーだ。

正直真面目に聞くつもりなどさらさらなかったのだが、気を逸らすとすぐに先生の厳しい叱責が飛んでくる。

おかげで余計な知識がどんどん増えてしまった。

やれBLの歴史は古くは平安まで遡るだのやれ21世紀には年数兆円を動かす巨大なマーケットとして成立しただの、本当に使い道のない知識ばかりだ。

とはいえそのBLに関する会話に付随して何気ない日常会話も以前より増えたため、全く無駄な会話とも言えないのがまた悔しい。

BLがつなぐ兄妹の絆。

いい話なんだかくだらない話なんだか、少なくとも真面目な話ではなさそうだ。



恋愛症候群については一歩ずつ前進、といったところだ。

結局専門の病院に行っても恋愛症候群という診断に変化はなく、改めて自分の病気と向き合うことを余儀なくされた形になった。

治療としてはカウンセリングを中心に、もし症状が進行してきたらスタビライザーやトランキライザーなどの薬を使うらしい。

スタンガンだかトランザムだかよくわからないけれど、できることなら薬は使いたくないものだ。

主に懐事情的な意味で。

ここだけの話、おそらく同年代の子供よりも多くのお小遣いをもらっているという自覚はある。

しかし通院代を気軽に賄えるほど余裕があるわけでもないので、できることならお金はかけたくない。

また病院の先生には親の同伴を求められたが、必死で無理を言ってこちらのわがままを聞いてもらった。

いずれ手続きの際に親の同意が必要になるとも教えられたが、それまではなんとか伸ばしてもらう。

今はまだ、覚悟ができていない。



そして肝心の学校生活のほう、具体的に言えば華にネイティブ以外の友達をつくろうという計画、名付けて「四条院華の友達作り大作戦(仮)」の話だ。

この無駄に長ったらしい上に何の捻りもない名前の命名者は一真だ。

計画には名前があったほうがアイデアも出しやすい、というもっともらしい理由でつけられたはいいが、二人ともこんな長ったらしい名前を呼ぶわけもなく。有名無実とはこういうことを言うのだろう。


しかしそんな名前に反して計画自体は恐ろしいくらいに順調だった。

あの初対面の様子を見て半ば諦めかけていた俺とは違い、一真には何か思うところがあったらしい。

二度目には会話が続くようになり、三度目には目線が合い、四度目にはもう笑いながら話ができるところまでいっていた。

一体どんな魔法を使ったのだろう。

もしかして一真もネイティブだったとか、いやさすがにないか。

そして今俺は、楽しそうに会話をする二人を眺めているところである。


「いやー、一真くんてほんとすごいね! 私デザイナーズチルドレンの人達ってもっとインテリかスポーツマンかアーティストしかいないと思ってた」

「デザイナーズチルドレンもネイティブもそんな変わらんよ。ただちょっと個性が強いだけだ」

「ほんとだねー。色々誤解してたなー。デザイナーズチルドレンにも一真くんみたいな人いるんだ」

「ま、俺は個性を伸ばせねかった半端ものだしな」

「うそうそうそ! そんなつもりじゃないよ! 冷たい人達だと思ったら実はいい人だったーとか、ね? そういういい意味での驚きっていうか、ね?」

「冗談だ」

「もー、脅かさないでよ」


この気持ちはなんだろう。

大地から足の裏へ目に見えない仄暗い感情が沸き上がってくる。

心のダムにせきとめられてはいるが、こんな新芽がふくらむ春の日に相応しくない感情だということはわかる。

二人が仲良くしている様子を見ると、決まって湧いてくるこの気持ち。

この気持ちはなんだろう。


「二人ともずいぶん仲良くなったなー」

「そう? でもそうかも。これも青葉くんのおかげだね! ありがと」

「お、おう。どういたしまして」


つい口をついて出てしまった未練がましい皮肉も、華の邪気のない笑顔に飲み込まれる。

すっかり毒気を抜かれてしまった感じだ。


「最初は全然ネイティブがいないと思ってほんと落ち込んでたけどさ、青葉くんが居てくれたし。一真くんのおかげでデザインドも普通の人達だってわかったし! 私ってほんと運がいいね!」

「ああ、それなんだが四条院、実はな」

「あーそうだ思い出した! 今日やる宿題まだ完成してなかったんだ! 悪いけど一真、見せてくれない?」

「おい青葉」

「頼むよ~。な、な?」

「…………はあ。『今回限り』な」

「恩に着る」


だいぶ強引だったが、話は通じたようだ。

だからこその「今回限り」なのだろう。


「見せてやるからちょっと来い」

「わかった」


二人で教室の隅に行き、会話が周りに聞こえないように距離を取る。

一応形だけは電子端末を持って宿題を写すふりをしながら。


「さっきのタイミング、お前のことをカミングアウトする絶好のチャンスだと思ったが」

「俺もそう思う」

「殴るぞ」

「ほんとすまん。全く覚悟していない状態だったからつい」

「まあ、それについては俺も急すぎたとは思う」

「じゃあお互い様ってことで」


華と一真が仲良くなってからというもの、いつもこんな調子だった。

一真は隙を見て俺が話を切り出すタイミングをつくろうと画策してくれているのだが、俺からしてみれば余計なお世話と言っても過言ではない。

俺のことを気遣ってやってくれているのはわかるのだが。


「でもどうすんのよ。このままだとズルズル引っ張ってなおさら言い出しにくくなんべ」

「それなんだよなあ」


一真の言うとおり、このまま黙っていても何もいいことはない。

それどころか時間経過と共にどんどん事態は泥沼へと歩みを進めていく。

ほんと、どうしたものか。

今は自分の度胸のなさ、不甲斐なさを呪うより他ない。


「二人とも話終わったー? もう授業始まるよー?」


俺の心境を知ってか知らずか、いや知るわけもないのだが、華がのんきに声をかけてくる。

誰のせいでこんなに悩んでると思ってるんだ。

完全に俺のせいだな、うん。自業自得だ。知ってた。



壁に耳あり障子に目あり。

壁の中の盗聴器や木の節目に見せかけた監視カメラに気をつけろ、という意味のことわざだ。

世の中どこで誰がどの会話を聞いているかわかったものじゃない。

それはどこだって誰だって、例外はない。

このコソコソとやっていた内緒話がきっかけで、俺たちは更なる厄介事に巻き込まれていくことになるのだが、それはまた、次のお話。

次回か次々回にまたひとり増えます

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