発症
恋愛症候群
その病気が発見されたのは、23世紀も半分が過ぎようとしていた頃だった。
存在自体は誰もが知っていた。
むしろ人々はその状態に特別な価値すら見出していた。
しかし、誰もがその異常性には気付かなかった。
異常でないならばそれは即ち正常である。
この病気は、その時までは「正常」の範疇にあった。
「えー、ようやく、というのも何だが、今日から恋愛症候群が感染症として5類感染症に指定されることとなります」
朝のHRはそんな教師の言葉で幕を開けた。
「ようやくかー」や「まあ俺には関係ねえか」などという言葉が教室をざわつかせる。
「ほら、真面目な話だから。この病気は感染力は非常に弱いですが、一度感染するととても治りにくい病気です。ですので、もし自分や周りの誰かがこの病気なんじゃないか、と思ったらすぐ病院に行くように。それと、この病気になったからといって変に差別することだけは絶対にないように。以上」
そう事務的に連絡事項を伝え、教師が教室を去っていく。
「恋愛症候群、か」
21世紀までは恋愛が人類の全てだった、と言っても過言ではない。
戦争の切欠や、小さな殺人。果てはそこら中に溢れる些細な口論でさえその多くが恋愛に端を発していた。
その一方で偉大な発明や歴史に名を残す業績も、やはりその多くが恋愛を元としていた。文学に至っては恋愛を理解できないものは文学を理解できない、とまで言わしめたものだ。
原始より形成された本能というものは非常に根強く、人々は恋愛というものの異常性には異を唱えることはなかった。
しかしながら人工授精も盛んになった22世紀、本当に恋愛が人類に必要なのだろうか、という論壇が巻き起こった。
その主な支持者は、人工授精でより優秀な遺伝子を元に作られたデザイナーズチルドレン達であった。
彼らは自分たちの発生過程に何ら恋愛という要素が絡んでいないことを根拠に、人類にとって恋愛とは不必要なものである、と喧伝した。
そもそも人類を人類たらしめる要素とは理性であり、太古の本能である情愛に意志決定を委ねるなど到底理知的ではない、と。
最初は白い目で見られていたその主張も、デザイナーズチルドレンが増えるに従い決して無視できるものではなくなった。
中には最初から男女の情愛だけをすっぽりと欠損させたデザイナーズチャイルドさえ誕生していた。
勿論反対運動はあった。
昔からあったものを今更なくしてどうするというのか。
必要ないからと言って無くしたところで誰に不都合が起こるのか。当人の自由にさせればよいではないか。
反対派はそう言って、恋愛を続けようとしたのだ。
だがその反対運動は、デザイナーズチルドレンの隆盛と共に息を潜めていった。
彼らはデザイナーズチルドレンであることに誇りを持っており、恋愛は汚らわしいもの、低俗なものという常識を完成させつつあったのだ。
そしてデザイナーズチルドレンの子供はほぼ全てがデザイナーズチルドレンである。
デザイナーズチルドレンの子供はデザイナーズチルドレンだが、そうでない親、この頃にはネイティブと呼称される人々の子供はデザイナーズチルドレンも少なくない。こうしてデザイナーズチルドレンはその数を増やす一方であった。
誰だって自分の子供には優秀であって欲しいものだから。
そうして「恋愛は病気である」という常識が成立していった。
ま、これ全部俺の生まれる前の話らしいけどね。
俺の名前は沖青葉。
この学校の3年だ。
さっき言ったデザイナーズチルドレンであり、14歳の健康な男子である。
と言っても今の時代デザイナーズチルドレンじゃない子供を探すほうが難しく、このクラスには一人もいない。
そういう子のことは「ネイティブ」と俺達は呼んでいる。
もっと差別的な言い方もあった気がするが、あんまり積極的に口に出したくはない言葉だ。
中にはネイティブを差別する動きもあるらしいが、同じ人間同士もっと仲良くやればいいのに、と思う。
でもネイティブと俺達とは、どこか違う。
決定的にどこ、とは言いにくいのだが、ぱっと見ですぐにネイティブかデザインドかはわかってしまう。
その時の違和感は、確かに気持ちのいいものじゃあない。
だからってそんなことで差別しても何もいいことないのに。ネイティブだって悪い奴らじゃないはず。人間相互理解が大切ですよ。
と俺は思うけどね。
急に教室のドアがガラっと開く。
「あー、すまん、重要な要件を忘れていた。今日転校生が来るんだ」
入ってきた担任の言葉に、先程とは比べ物にならないぐらい教室がざわつき始める。
男子だろうか女子だろうか。
親の仕事の都合だろうか。
いずれにせよ仲良くなれるといいな。
そんなことをぼんやりと考えていた。
「じゃあ紹介するから入ってきてくれ」
「はい」
「稲穂市から来ました、四条院華です! よろしくお願いします」
その時、不意に理解の波が襲って来た。
しばらく使っていなかった扉を開けたときのように、ギシギシと音を立てて心のどこかで新たな感情が猛っている。
ああ、これが恋愛症候群なのか。
道のその感覚に震えながらも、そう理解している自分がいた。
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