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第二章 1



      1




 ユウロが二十歳を過ぎてしばらくが経った。相変わらず三人で旅を続けている、シリア・ユウロ・カズンの三人。シリアはちっとも歳をとっていない様子だが、カズンは少しずつ三十路に近付いているといった感じを漂わせていた。

「姫さん、メシー」

「出来てるよ。職人はまだ?」

「え? 俺が起きたときゃぁもうおらんかったけど」

「おかしいなぁ。いないんだけど」

 ユウロは鍋の中身をかき混ぜながら、辺りを見回した。彼らは旅人、基本はカズンの持っている馬車で旅をしている。

 ユウロは呆れながら、餌を持って馬のところへ向かった。

「おはよう。ごはんだよ」

 餌を地面に置きながら、ユウロは言った。馬がユウロのほうを向き、地面に置かれた餌を見る。そうして餌へと口を伸ばし、食べ始める。

 ユウロはそれを見てから、再び鍋のある馬車の裏の方へ向かった。すでにシリアは戻ってきていて、カズンの横に座って二人で話している。

「職人、おはよ。どこ行ってたの?」

「おはよう。別にどこも」

「ふーん」

 シリアが誰にも言わずどこかへ行くことは稀ではないので大して突っ込まず、ユウロは朝食の準備を始める。カズンとシリアの会話内容は聞こえないが、何か話しているらしい。

 魔女に拉致されて数年、ユウロは目に見えて強くなった。だがそれは以前のユウロに比べればの話であって、三人の中では一番劣る。カズンやシリアの足元にも及ばないだろう。

 考え事をしていると、視界が真っ暗になる。

「な、なにっ」

 驚いて振り返ると、そこには呆れたような表情をしているカズンの姿があった。その大きな手で、カズンはユウロの頭を撫でる。

「なんか考え事か? 姫さん、悩み癖でもできたん?」

「ううん、なんでもないよ。さ、ごはんにしよう」

 簡易食器にスープを注ぎ、二人に渡す。そうしてパンを切り、それも二人の食器の上に置いた。ユウロの食器が見当たらないが。

「ユウロ、メシは?」

「え? 私、もう食べたよ?」

「嘘付け。食ってないだろ、見てたんだからな」

 朝食を進めながら、シリアが言う。ユウロは息をのんで、諦めたように息をついた。自分の食器にスープを入れて、それを口にする。

「だいたいな、自分が食わないもんを他人に作ってんじゃねーよ」

「……ごめんなさい」

 手早く食事を終えて、ユウロは食器を洗いに川へ向かった。鍋のスープをおかわりしながら、カズンはシリアを睨みつける。だが何かを言うわけでもなく、スープを山盛りについで自分の席に座った。

 しばらくして、ユウロが帰ってくる。そして空になっている二人分の食事と鍋を持って、再び川の方へ向かった。

 川の水に食器を浸して洗う。炊事選択はユウロの仕事となっていた。戦力としては役不足なユウロはコレくらいしか二人の役に立てない。

「……いまさら、だよね」

 皿を水につけたまま、ユウロは手を止める。いまさらだが、ついてこなければよかったと思うのだ。魔女に拉致されてから数年、あの頃に比べて戦闘能力は上がったとはいえ、同時にカズンやシリアの戦闘能力も上がっている。結局足元にも及ばない。それどころか、一緒に旅をすれば足手まといにすらなりかねない。

 魔女に狙われることは、この数年はなかった。獣や盗賊におそわれたくらいだ。だがそれでさえ、無傷の勝利は得られない。

「……」

「お前、何か考え事してるだろう」

 シリアの声に驚いて皿から手を離す。流れそうになった皿を、シリアが受け止めて地面に上げた。

 自分の考えていたことがばれたような気がして、ユウロは水面を見つめうつむく。

「隠し事しててもわかるんだよ、お前は。昔から」

「昔の私を知ってる人は、もういないもの。両親も、国のみんなも、みんな死んでしまった」

「俺はお前の過去一点を知ってる。カズンだっているんだ。いまさら『同行しなきゃよかった』なんてくだらないことは考えない方がいいぞ」

「なんで、そのこと……」

「言ってんだろ。お前が隠し事してても、俺にはすぐわかるんだよ」

 くしゃくしゃっと頭を撫でられて、ユウロはほっと息をついた。シリアはユウロを見ているし、カズンもユウロを見ている。自分が一人であったなどと思うのは失礼にあたる。

「ごめんなさい、職人」

「わかったんならいいよ。ちゃんとメシ食えよ、次こそは。襲われたときに体力がありませんじゃぁ話にならないからな」

「うん、わかった」

 ユウロは深く頷いて、皿洗いを再開した。



「姫さん、大丈夫そうじゃった?」

「また阿呆なことでも考えてたんだろ。もう大丈夫だよ、多分」

「多分かい。まぁエエか。どの道、姫さんには行く場所も無いし、ここだけが家じゃろ」

「ユウロが一人になったら、何されるかわからないからな。あれから数年……そろそろ、警戒が必要だろ」

 シリアはそう言って、ユウロのいる川の方を見た。ユウロの背中だけは見える位置だ。まだ皿洗いが終わらないらしく、せっせと手を動かして皿を洗っている。

 よいしょ、と声を出しながらカズンが立ち上がり、伸びをした。

「ちょいと、姫さん手伝って来ようかね」

「警戒しろよ。あと、アイツが落ち込んでるみたいだったら、多分原因は自分が足手まといになるんじゃないかってあたりだろうから。ったく、何年も前にクロルが言ったことまだ気にしてんだよ、アイツ」

「シリア、姫さんと会ってから喉の調子良さそうよな」

「……そうか?」

 不思議そうに首をかしげるシリアに笑って返し、カズンはユウロのほうへ駆けて行った。

 カズンの言葉を反芻しながら、シリアはここ数年の事を考えていた。たしかにユウロの国が崩壊して一緒に旅をするようになってから、その道すがらよく話すようになっていたかもしれない。やはりユウロは偉大である。

「あーあ……詩でも詠まなきゃ、いけないのかね」

「シリア、終わったでー」

「お、遅くなってごめんなさいっ」

「いいよ、別に。さ、食器片付けて次の国行こうぜ。砂漠国家は偉大だよな、次も?」

「次は……ま、しがない国じゃろ」

「……へぇ」

 地図を閉じながらカズンは答えて、馬車の手綱を掴んだ。声のトーンを下げてシリアはそれに返し、馬車の荷台へ乗り込む。そうしてユウロを引き上げ、三人を乗せた馬車は動き始めた。

二人の不思議な会話についていけず、ユウロはきょとんと首をかしげる。

「職人、どうかしたの?」

「別になんでもない。そうだ、お前これから周り警戒するようにしろよ。俺かカズンのどっちかと絶対一緒に行動しろ。わかったな?」

「……ねぇ職人、やっぱり私足手まと」

「んな下らないこと考える暇あったら魔術の練習でもしてろ。お前からは魔力の波動感じるんだ、隠してもバレバレだぞ」

「え?」

 再び、首を傾げるユウロ。魔法とは何のことだろう。今まで使ったこともなければ、見たこともない。もちろん神話や御伽噺などで活躍しているので知らないわけではないが。この世にそんなファンタジーなものが存在するとは思っているわけも無いのである。

 首を傾げるユウロに驚いて、シリアはユウロの額に手の平を当てた。魔力のコアは脳に組み込まれているため、これが手っ取り早い魔力の軽量方法なのである。魔法師としての資格を持っているシリアはそれができるのだ。

「……お前の魔力値、高いんだけどな。魔法使えないのか?」

「それ使えたら、足手まといじゃなくなるかな」

「別に今のままでも全然足手まといじゃないんだが……まぁ魔法なんて全人類共通の能力じゃないから、使える奴の方がすごいのは確かだ。そこにいる赤毛の馬鹿も使えない」

「馬鹿とはなんじゃぁっ」

 手綱を引きながら反論してくるカズンに、ユウロがクスクスと笑い出す。それに安心してか、シリアはユウロの頭をゆっくりと撫でてやる。

「俺もカズンもお前のこと足手まといなんて思ってないから、もう自分が足手まといだなんて思うなよ。クロルが何言ったか知らないが、アイツは孤高の女盗賊だ、強くて当たり前なんだよ。お前は確かに旅には向かないけど、でも頑張ってる。強くなろうともしてる。そういう奴を足手まといだとは思わない」

「……ありがとう、職人」

「それに俺は姫さんのメシ、好きじゃしね。もう姫さんの手料理なしじゃぁ生きていけんわぁ」

 笑いながらカズンは言う。じゃあお前いつか死ぬな、というシリアの反論にも負けじと返すカズンに、ユウロは再び笑い出す。自分の居場所を見つけた安心感から、大きく大きく笑った。

 次の国までは二日だと聞いていたが、一行が国に到着したのは出発から四日後だった。

「珍しいね、狂っちゃうの」

「まぁこんなこともある。さっさと宿とるぞ」

「あーシリア、俺はちょっと、行ってくる」

「……わかった。じゃぁな」

馬車を預けて駆けて行くカズンの背を見送って、シリアはスタスタと歩き出した。

「わ、職人っ、速いよッ」

「悪い、考えてなかった。一人になるなって言っときながら、勝手だったな」

「大丈夫? 職人、顔色悪いよ。早く宿に行こう」

「……ああ」

 ユウロに手を引かれ、シリアは手近な宿へ入った。宿の従業員は二人を訝しげに眺めながら、四人部屋の鍵を二人に手渡した。

 部屋に入ってすぐ、シリアはベッドへと横になる。この二人と旅を始めて、ユウロは部屋を分けて欲しいと頼んだことは一度もなかった。国に入れば三人一部屋の宿、旅に出れば三人で外で寝るか馬車の中で寝るか。どちらにしろ一緒である。

「職人、寝ちゃったの?」

 話しかけるが、返事はない。どうやら相当疲れていた様子。外に出ようと思っていたユウロはがっくりと肩を落とし、バルコニーに出て街を見下ろした。賑やかな街の向こうに、城が見える。ユウロの国とは違う正真正銘の城である。

「……いいなぁ、国があって。そうだ、ちょっと出掛けて来よう。職人まだ起きないし」

 こそこそっと扉を開けて、ユウロは外へ出て行く。

 何か祭りでもあるのか、街はとても賑わっていた。いたるところに旗が掲げられているが、異国語のため読むことが出来ない。ユウロは聞いたり話したりという能力には長けているのだが、読み書きがとても苦手なのである。未だに自国の文字以外の読み書きが出来ない。ただし世界百余国、半数以上の言語を理解し、話すことは出来るのだ。

 ユウロは人通りの多い商店街を歩きながら、道行く人々を眺めていた。

「国民だぁ……いいなぁ、本当」

 泣きそうになり、路地裏に逃げ込む。まさかあんな大勢の前でいきなり泣くことなど出来なかった。かといって路地裏とはいえこんな街中で泣けるほどユウロは強くもない。

「……」

「もしかして、ユウロ姫でありますか?」

「え……?」

 顔を上げると、そこには茶色の髪をした青年が腰をかがめてユウロを見ていた。いくら髪を切り風貌が変わったとはいえ、ユウロのことが分かる人は分かるらしい。ユウロは瞳に溜まった涙を拭い、立ち上がった。それに合わせて青年も立ち上がり……グッと、ユウロの唇に布を当てた。

「!」

「失礼します」

 青年は口元に笑みを浮かべて、倒れ込むユウロの体を抱き支える。ユウロはふらつく足を必死で立たせながら、途切れそうになる意識をつなぎとめていた。

(職人、職人……っ)

「こちら、商店街路地裏。ユウロ姫の捕獲に成功しました。今から運びます」

 どこにだろう。その思考を最後に、ユウロは意識を飛ばした。



 花火の音に、シリアは目を覚ました。部屋の中が真っ暗なことに気付き、のんびりと身を起こす。うつ伏せで寝ていたせいか、躰が痛い。

「ユウロ、カズンは戻ってきたか……?」

 窓の外をみながら、そう問いかける。だが返事は返って来ない。寝ているのかと思い残り二つのベッドを見るが、誰一人としていない。カズンも、ユウロも。

「……!」

 ようやく事の重大さに気付き、シリアは刀片手にバルコニーから部屋を飛び出した。屋根伝いに城へ向かう。その道すがら、城の使用人を発見した。

「おいお前ッ」

 即座に抜刀、首筋に刃を当てながら、青年に問いかける。

「お前、銀髪の女を知らないか?」

「銀髪の……? はて。ご存知ないですな」

「知っているだろう、お前なら。ユウロ姫だ」

「存じ上げております。ですがあの国は崩壊したと聞いていますし、姫君も亡くなられたのでは」

「……もういい」

 シリアは刀を納めて、再び屋根へ上がり、城へ向かった。


 表向きの十階、一番左。そこはカズンの部屋である。彼はこの国の王の子供なのでこの城に自室がある。その場所を知っているシリアは、カズンの部屋のベランダに着地して、その扉をノックした。

 カーテンが開き、カズンが姿を現す。商人とは違い、正装をしているカズン。

「……大丈夫か?」

「俺は平気じゃ。……けど、俺、もう旅が出来んかも知れん。親父とお袋が、なんや勝手にまた結婚相手決めたんじゃ。くそっ、なんで俺が結婚せんじゃいけんのじゃッ」

「結婚相手は?」

「相手は知らん。この後、会いに行く予定じゃけど……シリア、姫さんはどしたん? 一緒におらんのん?」

「ユウロもいないんだ。アイツ、俺が寝てる間にどっか行っちまったらしい。……多分、ここに連れ込まれたんだ」

「じゃあもしかして、俺の結婚相手って」

「可能性はある。だけどユウロの国はすでに滅びてるから、結婚したところでなんのメリットも……」

 そこまで言ったとき、部屋の扉がノックされた。カズンが気だるそうに返事をすると、凛とした声が返って来る。

「そろそろお時間です」

「わかった」

 そう言って、再びシリアのほうを向く。

「これから会いに行ってくる。お前、小さくなれるか?」

「……仕方ないな」

「決まりじゃな」

 シリアは二言三言の呪文を呟き、自分に魔法をかける。するとシリアの躰が見る見るうちに縮まり、姿を消した。どうやら小さくなっただけらしく、カズンが小さくなったシリアを摘み上げた。

「ええか、大人しく見とけ」

「わかってる」

 カズンはシリアを胸ポケットに入れて、部屋を出た。



 地下の、冷たい場所へ通される。親に“真っ直ぐ進め”と言われて下りた階段は、ずいぶん下までつながっていた。ようやく到着したかと思うと、今度は長い廊下を進まなければならなかった。老化が終了したかと思うと、今度はエレベーターに乗らなければならなかった。しかも数階ではなく、明らかに数十階は地上へ上がった。

 ここまでの道のり、カズンは親との受け答え以外一つも口を開かなかった。

エレベーターが停止し、その正面にいたのは結婚相手とはかけ離れた姿の人物である。旅人の装束を身に纏ったまま、鎖で両手両足を拘束されているユウロの姿だった。いくつかの傷も見受けられるし、捨てられるようにして石詰めの床に転がされ、その目は閉じている。

 慌てて駆け寄ろうとして、何かにぶつかって跳ね飛ばされた。

「ってぇ……」

「クリアシールド……」

「姫さんっ」

 負けじと、見えない壁を叩いてユウロを呼ぶカズン。すると壁の向こう側に、すなわちユウロの傍に、王と王妃が現れた。カズンの父君と母君である。

「ウィズ。そろそろ遊びも終わって、城へ戻って来い。お前は兄と違い、この城を継ぐんだ」

「……親父とお袋は、まだキャズを馬鹿にするのか」

「あんなモノ、息子でもなんでもないからな。穢れた血の持ち主など要らぬ」

「……」

 胸ポケットから出て、地面へ着地するシリア。そうして小さく呪文を唱えて、元の姿に戻った。

「このシールドを十五秒だけ無効化する。アイツらも俺が止めるから、お前はユウロ連れて逃げろ」

「お前、自分の命賭ける気か?」

「馬鹿。俺がそう簡単に捕まるかよ。いいか、十五秒だ。それ以上は無理だと思え」

「わかった」

「……」

 小さく呪文を唱えて、ユウロは行けと呟いた。今度はすんなりユウロに駆け寄るが……鎖が、取れない。

「シリア、鎖が!」

「っ……」

 冷や汗を垂らしながら、人差し指を王夫妻に向けて呪文を呟き続けるシリア。カズンも負けじとナイフで鎖を切ろうとするが、ナイフ如きで鎖は切れない。

「シリアッ」

「っぁあああっ」

 シリアの叫びと同時にその部屋が爆破し、爆風でユウロとカズンは吹き飛ぶ。しかしその後を、シリアが落ちてくることはなかった。




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