第一章 2
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照り付ける太陽。潤されることのないのどの渇き。少女は砂漠の上、一人旅をしていた。
「ちょっとぉ……どこにいるの、あの人ーっ」
ユウロと職人は、なおも砂漠の上を歩いていた。もともと砂漠の砂国で育ったユウロである、これくらいの暑さは大して堪えてないようだ。
一方職人は、長年の日陰生活が祟ってか、すでに意識が朦朧としてきた様子。
「職人、大丈夫?」
「暑いのは平気だ」
そう言って、額に浮かぶ汗をぬぐう。遠くにオアシスが見えたことを伝えると、職人はユウロに対してそうかと頷き、黙々と歩き続けた。平気と言ってはいるが、あまり顔色はよくなかった。
歩き続けること、もう何時間になろうか。そろそろ日が暮れようかという太陽の傾きの頃、職人はピタリと足を止めた。
「職人?」
「来る」
「へ?」
ユウロが間抜けな声を出した瞬間、職人がバッタンと前のめりに倒れた。何事かとユウロは目を見張る。職人の上に、濃紺色のショートヘアをした少女が乗っかっている。
「シリア、探したよーっ」
「クロルか……お前は俺の邪魔しかしないんだな、本当に」
「今日は兄貴も一緒だから許してよ」
そう言って少女は後ろを振り返る。しかしそこには人はおらず。おかしいなぁと言って少女が正面に顔を戻すと、ユウロに後ろから抱き着いている長身の男。次の瞬間、その男の米神に職人が銃口を押し付けていた。
ユウロはきょとんとして職人を見た。しかし職人はユウロの方を見ずに、男を睨みつけた。
「いい御身分だなぁ、カズン」
「おーシリア。俺かて好きでやっとるんじゃないんで? なんじゃっけ、ほら。女を見たらまず口説け」
「その行動理念どうにかしやがれ」
なにやらわけがわかっていないユウロをはさんで、二人の男が口論を始める。長身で赤茶髪の男と、職人の言い争い。
すると職人とユウロの間に、少女がにゅっとやってくる。少女はユウロの顔を両手で包んで、にっこりと笑った。
「ねぇシリア、この人、シリアのハニー?」
「馬鹿かお前は」
「お?」
職人は少女の首根っこをつかみ、投げ飛ばしてしまう。いとも簡単に吹っ飛ばされた少女は、頭から砂に突っ込んだ。
ユウロが解放されて、職人は男の米神から銃を退けた。
「シリアがそがぁな風に女の子守るん、初めて見たなぁ」
「うるさい。それよりカズン、お前馬車はどうしたんだよ。兄妹水入らずで旅してんのかよ」
「いや。クロルたぁさっき会ぉたばっかりで。ところで、このかわいい子は結局誰なん?」
男はユウロの頭を撫でながら言う。少なくとも、彼とユウロの身長は二十以上はあいているように見える。職人とはあまり違わないように見えた。
職人はユウロをちらっと見てから横目で少女を見やり、はぁを息をついた。そうして男を見て、口を開く。
「コイツの名前は、ユウロ。つい先日まで姫君をしていた、女だ。国が崩壊したから、俺と旅をしてる」
「へぇ、姫君。そりゃかわいいわけじゃ」
「ユウロ。コイツはカズン。旅人相手の商人だ。俺の作ったガララス工芸品を高値で売り捌いて来てくれてた」
「そうなんですか……あのっ、シリアって誰ですか?」
「なんじゃシリア、お前自己紹介しとらんかったんか。姫君、シリアっつぅのはここにおる男じゃ」
「シリア、なんだ」
ユウロが納得したように頷いて、職人・シリアのほうを見ると、シリアは黙ったまましゃがみこんでいた。どうやら暑さが堪えている様子。今日、口数が多かったのは彼ら(否、彼のみか)が友好的な知人であったからなのかと納得し、ちらりと少女のほうを見る。
するとそれに気付いたのか、男・カズンがユウロの肩を抱いて、少女のほうを指差した。
「そんで、あっこの砂に埋もれとンのが俺の妹で、えーっと、クロル。基本的にゃぁ孤高の女盗賊じゃのぉ。俺と、シリアとクロルの三人は度々一緒に旅しとんじゃ。利害が一致した仲間っつー感じじゃのぉ」
「え……しょ、じゃないや。シリア、私、邪魔?」
「……別に。いまさらだろ。っていうか、名前も今さらだから、職人でいい」
シリアがぶっきらぼうにそう返すと、カズンはふむとあごに手をやる。そしてシリアの全身を上から下まで眺めて、ポンと両手を打ち鳴らした。
「シリア、そろそろ熱に疲れたじゃろ。俺の馬車で次の国まで連れてっちゃるよ」
「助かる。姫君、行こう」
「姫君?」
「……ユウロ。行こう」
言い直してから職人はカズンについて歩き出した。その後ろを、少女・クロルが追ってきた。クロルはユウロの横について、にこっと笑った。
クロルはユウロの顔をじーっと見てその頬を撫でた、突然のことに、冷や汗が右頬を撫でた。
「かわいいね、あなた。シリアにしては珍しいかも」
「……え?」
「シリアは守ってあげたいタイプ、選ばないから」
クスッと笑って、クロルはシリアのほうへ走った。ピタリと足を止めて、動けなくなるユウロ。自分のことについて改めて、愕然となる。ユウロは、武器はおろか護身術すらできないのだ。昔から稽古は必ずといっていいほど抜け出していたし、護身術も真面目に習ったためしがない。
自分は役立たずなのだ。そう自覚し、一歩後退りした、瞬間。振り向いたシリアの顔が見る見るうちに青ざめた。
「ユウロ、逃げろっ」
「え……」
『無駄だ』
黒い影がユウロを包む。目を見開いたユウロが助けるように手を伸ばすが……ユウロの姿は、影に飲み込まれた。シリアは影へと斬りかかるが、影はふわりと拡散して人型を模った影となる。
『久しぶりだな、シリア。姫君は頂戴した』
「お前にその姫さんは関係ないじゃろぉ?」
剣を構えたカズンが、影に対峙する。影はクックッと笑いながら、言葉と紡いだ。
『お前たち兄妹がなにをしようとも、小生の主が野望は消せぬ。主はこの『魔柔』と、シリアの『魔力』を手の内に入れ、世界を統べる存在となるのだからな。今はこの娘も返そう。二つを同時に手に入れぬことには、なににしても意味のないことだ。この度は牽制のつもりで参ったのだよ』
嫌な笑いを残して、影は消える。代わりのように、ユウロの姿が現れた。目を閉じてぐったりしているユウロにシリアがすぐさま駆け寄る。ユウロの上半身を起こしながらその頬を何度も叩き、意識を戻そうと試みる。
「おい、おいっ」
「とりあえず俺の馬車に乗せぇ。すぐ近くの国まで送るけぇ、シリアも乗れ」
「……ああ」
シリアはユウロを抱いて立ち上がり、カズンの馬車までおぼつかない足でゆっくりと歩き始める。その光景を見て……クロルはチッと舌打ちをした。
「なによシリアったら。あんな女がいいの?」
「諦めぇ、クロル。シリアはずっとあの子が好きだったんじゃけん」
「なんでよ。兄貴知ってるの? あの子、姫様なのよ? 一刻の姫君が、シリアみたいな一介の旅人と結婚したり恋愛したり、許されるわけ無いじゃないっ」
「……あの子に、帰る郷はない。或る国の姫君じゃったらしいが、先日、崩壊したと聞く」
「崩壊って……じゃぁあの子、国が無いわけ?」
「許す・許さんの問題じゃないんじゃけぇ、お前がそんなん口出ししたかてどうにもならん。ましてやシリアは、他人の意見聞くような奴でもないし、気に入らん奴を終始傍に追いとけるほどお人好しでもない」
「それは、私だってわかってるよ」
カズンに向かって大きく舌を出し、駆け出すクロル。どうやら旅を再開するらしい。
「絶対、あんな女の子にシリアは渡さないんだからっ」
一度だけ振り向いてそのセリフを叫び、前を向いてまた走りだす。カズンはやれやれと肩をすくめてから、駆け足で馬車の方へ向かった。
馬車の荷台には、商品の陰に寝かされたユウロと、その傍でユウロを見守るシリアの姿がある。
「……クロルじゃなぁけど、珍しいな。シリアがそういうタイプの子とおるの」
「まぁな」
「馬車、出すで?」
「苦労かける」
「お互い様じゃろ」
そう言って手綱を握り、馬を動かす。陸であれば砂漠であろうが進めるこの馬は、通常の馬のスピードで砂漠を通過する。ラクダなら三日。馬なら丸一日あれば最寄の国へ着けるだろう。
翌日の昼過ぎ、馬車はようやく国へ到着した。入国審査を済ませて、馬車は街の中へ入っていく。
「じゃあシリア、街出るときは一緒じゃけぇ、宿で待っとるわ」
「ほんと、苦労かけるな」
「気にするな。姫君、早ぅ病院連れてったり」
「ありがとう」
礼を言い、シリアはユウロを抱いて病院へ向かった。
ユウロが病院で診察を受け、宿で眠り始めてからすでに二日が経過した。医師の診断結果としては、至って良好とのことだった。眠りについているようにしか見えないという。だが現に二日間ユウロは眠り続け、まだ目を覚まさずにいる。
シリアはカズンと交代でユウロを看ていて、今はシリアが看ている。ユウロは死んだように静かに眠ってるため、カズンは何度か本当に死んでいるのではないかと心配になったほどだ。
そのとき、コツコツとノック音がして扉が開く。
「おはよ、シリア。姫さんの目は覚めたか?」
「まだだ」
「そろそろ目が覚めないと、栄養が足りないんとちゃうか……?」
呆然とカズンが呟いた時、ピクリとユウロのまつげが動く。そしてゆっくりと、その瞳が開かれた。
「職人……カズンさん……」
「ユウロ、大丈夫か?」
「あの私っ、どうしてここに?」
「倒れてしもぉたんよ。丸々三日間くらい眠っとったんじゃぁや」
「そんなに……」
「元気になったなら良かった。俺は、病院に行って医師を呼んで……ユウロ?」
立ち上がろうとしたシリアの服の裾を掴んだ。泣きそうな瞳でシリアを見て、なんでもないというように首を振って手を離す。そうして自分にかけられていたシーツをぎゅっと握って、外を見ていた。
「……どうかしたのか?」
「なんでもないの。お医者さん、早く呼んで来て」
「カズン、頼んだ」
「了解」
苦笑して、カズンは外へ出て行った。看病用の椅子にどっかりと座り込んで、ユウロの方を向くシリア。ユウロは驚いて目を見張り、けれどすぐ逸らしてシーツの一点に焦点を定めていた。
シリアはユウロの頭を撫でながら、息をついた。
「なにか、不安にになることでもあったか?」
ふるふると首を横に振るユウロ。根気強く、シリアはユウロの頭を撫で続けた。
「もしもクロルがなにか言ったなら、気にしなくていい。俺は別にお前を情けのつもりで引き取ったわけでも、裕福になりたくて引き取ったわけでもない」
「……っぁたしみたいな、役立たずが一緒に旅しててもっ、しょくにっの、足手まといに、なちゃう、から……っ」
「役立たずって……あの馬鹿、そんなこと言ったのか?」
「言ってないけどっ……私本当に武道とか、護身術すらできないし、絶対職人の迷惑に、なっちゃう……っ」
「……」
「シリア、医者」
「ああ」
カズンの声に、シリアは了解の合図をして許可をする。すると扉が開いて医者が一人、カズンに連れられて入ってきた。医師は手早く診察を済ませると、以上なしの結果を出して去って行った。
医師の帰った診察室で、シリアはユウロの方を向く。
「もしお前が、俺と旅するのが嫌ならそれでも別に俺はかまわない。一週間くれてやる。俺はこの街を留守にするから、お前は一人で子の街にいろ。一週間後に迎えに来てやるから、それまでに返事を出せ。もし俺と旅するのが不安で嫌になった場合、カズンが俺らの故郷に送り届けてくれる。俺の国に住め」
有無を言わさぬシリアの言葉に、ユウロは恐々と頷いた。
そうしてシリアはカズンと共に一週間街を離れ、ユウロは一人取り残されることとなった。
* * *
一週間後、街付近。
「あ〜、一週間以上シリアと行動一緒にするなんて、何年ぶりじゃろうな」
「俺は基本的に単独行動派だからな」
城門に到着して、入国審査を済ませる。そうして中へ入った直後、中心部の方から複数の悲鳴が聞こえた。慌てたようにシリアが馬車を飛び降りる。
「カズンは後で来い」
「ここで、馬車猛スピードで走らせたら怒られそうじゃしな」
ククッと笑って言うカズンを見ずに、シリアは広場へ駆ける。
広場には人だかりが出来ており、ざわざわと騒がしかった。嫌な気配を感じ取り、手近にいた人になにがあったのか訊ねる。
「お兄さん、他の人?」
「ああ、先日入国して、所用で出かけていた。今日帰ってきたところだ」
「もしかして『シリア』さんかねぇ?」
「俺を知ってるのか?」
「さっき、宿に泊まってた女の子がねぇ、黒い獣に食われっちまったんだよ。それでその女の子を食った黒い獣がさ、『シリアに伝えろ』って、伝言を残したのさ」
「伝言?」
「『お前の姫君は預かった。返して欲しければ小生の城まで来るがいい』って。お兄さん、あの黒い獣と知り合いなのかい?」
「知り合いではない。ただ、心当たりはある。性悪の魔法師だ」
ギリッと奥歯を噛み締めて、宿へ向かう。一週間前、一週間の契約で借りがユウロの宿は、案の定空っぽだった。シリアは荒く呼吸しながら宿の契約を切って、カズンの方へと急いだ。
「カズン、ユウロが攫われた……っ」
「はぁ?」
「アイツにユウロが攫われた。返して欲しければ城まで来いって、メッセージがあったんだ」
「じゃ、行くしかんじゃろ。どうする、クロル呼ぶ?」
「あいつはいい。ユウロのこと良く思ってなかったみたいだし」
「けどもういたりするのよね〜」
声にシリアが振り向くと、そこには満面の笑みを浮かべたクロルの姿。しっかりと旅支度をしたクロルの姿を見て、ユウロは深い深いため息をつく。
カズンはクロルのほうを見て、ふむと顎に手を当てた。
「クロル。今回なぁ遊びじゃないんだぞ?」
「だから言ったのよ。あんな『守られなきゃいけないタイプ』は、シリアには絶対合わないって」
「それをわれ、アイツに言うたんか?」
「言ってないわよ」
勝ち誇ったように言うクロルに、シリアはげんなりとしてカズンの方を向く。そうして三人は馬車へ乗り込み、入国一時間で出国する。ユウロの無事を祈るシリアやカズンとは裏腹に、いっそユウロが消えていればいいのにと願うクロル。三人を乗せ、カズンは馬を急がせた。
馬車の中、シリアはユウロを攫った敵について二人に説明を求められた。
「だって敵がわかんないんじゃ闘いようがないし」
「ねーっ」
二人の熱意ある視線に負けてか、シリアは肩を落として、馬車を絶対に止めないことを条件に説明を始める。
「ユウロを攫ったのは、魔女の使いである、使魔だ。魔女本体は城にいて、直接手は下さない。その魔女ってのは、俺が昔習ってた師のライバルで、世界を自分のものにしようとたくらんでる奴だ。俺はそいつの呪いを受けてる。そしてアイツは俺を手に入れて、世界を統べる計画に拍車をかけようとしてやがる。俺が、そんなことは許さねぇ。俺の師を殺した仇も討つ」
「つまり相手は凄腕の魔女ってことね。了解。こんなところでシリアの役に立てる日が来るとは思わなかったわ」
くすくすっと笑いながら、クロルは言う。いかにも戦闘の術を持たないユウロを馬鹿にしたような笑い方だ。戦闘能力を持たない彼女はシリアの役に立てない、と言わんばかりの口調。
魔女の城までは馬車で三日、砂漠を過ぎたところにあるという。