【番外編】もしもヒナがSAKURAの社員だったら 1
本編とは関係ない架空の話『もしも編』です。
登場人物として龍夜が専務として登場します。
昼に誰も来ない階段で休憩していると下の方からダンダンとものすごいスピードで何かが上がってくる音がした。
踊り場の上り側の階段に座っていた俺は、何かヤバイものを感じて立ち上がって壁にはりつく。
その時、二段に積まれたダンボールが視界に入ったと思うと、尋常ではないスピードで駆け上がっていく栗毛の女の後ろ姿があった。
それは自分には気付かなかったようで、そのまま階段をダンダンいわせて去って行った。
「・・・何なんだ・・・?」
しばらく呆気にとられたまま、誰もいなくなった階段を見つめていた。
ちょっといい脚をしてたな・・・。
*
次にその女に会ったのは数日経った終業後のことだ。
休憩していると女に絡まれるので、階段で缶コーヒーを飲んでいると、今度は上の方からターン、ターンと音が近づいてきた。
何だ?と思っていると、上から女が降ってきて着地する。
一瞬、俺と目があったような気がしたが、そのまま踊り場を曲がり上から飛び降りる。
ターン、と音がして、静かになった。
今度はパタパタと上ってくる音がして、栗毛の女がぴょこっと顔を出す。
「見ちゃいましたね・・・?」
栗毛の女は少しタレ目ぎみで色が白く、思ったより小柄な女だった。
「言い訳をさせて下さい。急いでるのにエレベーターを使わせて貰えないのです。だからご内密に。」
頭を下げたかと思うと、女はひとつに縛った髪をなびかせ、また飛び降りてターンと音を響かせる。
「お、おい・・・。」
声をかけた時にはもうその女ははるか下の方に行ったようだった。
うちの会社には忍者でもいるのか?
*
その次に会ったのは出勤の途中だった。
駐車場に車を停めて降りると「ありがとうございました。」と佐倉専務(龍夜)に頭を下げているあの女の姿があった。
龍夜の車に乗せてもらったのか・・・と通りすぎる。
その時「ヒナ。夜は食事はいらないから今日は来なくてもいい。」と耳が音を拾った。
・・・あのカタブツの龍夜の恋人か何かか?
あれ?龍夜には婚約者がいなかっただろうか。
この会社の者なら皆知っていることだから、あの女も知っていての上のことだろう。
まぁ、いいか。
同じ部署の同僚に「うちの会社で、栗毛で色の白くてスタイルのいいヒナって子を知ってるか?」と聞いてみる。
「もしかして、水無瀬さんのこと?髪の毛が長くて、小悪魔っぽい可愛い子だろ?」と言われる。
小悪魔?・・・忍者か山猿のイメージしか自分にはない。
「小悪魔?」と首をかしげると「あれ、違うかな。専務秘書なんだけど。」と言われた。
専務・・・龍夜の秘書か。
「専務といたから、そうかも。」
「あ、でも、あの子専務の恋人て噂があるからやめた方がいいかもね。」
「やめるって?」
「橘、会社の子とつきあわない主義なのに、方針変えたの?」
「そういう気はないけど、誰だろ・・・と思っただけだ。」
ニヤニヤする同僚を放ってまた仕事に戻る。
「水無瀬さん、橘の休憩時間あたりにいつも資材庫に来てるぞ。」
そう、今の俺の仕事は資材管理の仕事だ。
閑職だが、仕事は仕事だ。
以前は静馬の差し金か社史編纂室という名の一人部屋にいたこともある。(遠い目)
あの時はけっこうキツイものがあったな。
*
その日、たまたま奥の方で作業に手間取っていると「誰か!」という女の声が資材庫の中でした。
何かあったのだろうかと奥から出てくると、あの女が「あ、資材課の方ですね!」とパッと嬉しそうな顔をする。
「ここ以外に出入り口ってありますか?」と変な質問をする女。
「いや、そこしかないが・・・。」と答えると、途端に肩を落とした。
「窓は?」
「ない。」
「内線電話は?」
「ドアの向こう。」
だんだん女の顔が泣きそうになってくる。
「携帯電話は?」
「仕事中だから部署に置いたままだ。」
女はクルリとドアを向いて足でガンガンとドアを蹴り始める。
「出せー!!」
「おい、よせ!」
女をはがいじめにしてドアから遠ざける。
「閉じ込められたんですよ!」
は?
「何をバカな・・・」とドアを押すがビクともしない。
外開きのドアの向こうに何か重量物を置かれたらしい。
「退社しなければ誰か気づくって。」
俺の言葉に女は「私、一人暮らしですけど、あなたは?」と質問してきた。
「・・・俺も。」
「今日は金曜日ですよ?それに資材庫に用事がないと誰も気づかないんじゃないですか?」
ジト目でこちらを見る女。
「龍、いや専務が気づくんじゃないか?」
「専務は夕方から明後日まで出張で不在です。」
・・・嫌な予感がひしひしとする。
「ここを無事に出たら、ドアは内開きにするように専務に言ってくれ。」
「・・・そうですね。」
「じゃあ、俺は仕事の続きをしてくる。」と奥へと戻った。
騒ぐだけ体力の無駄だ。
同じ待つなら仕事を終わらせてしまいたい。
「ここでじっとしてるのも何なので手伝いますよ。」と女もついてきた。
*
「今何時でしょうね。」
「もう退社時間じゃないか。」
二人でドアの近くにダンボールを敷いて少し離れて座った。
「ここで夜を明かすのは苦じゃないですけど・・・ひとつだけ問題があります。」
「そうだな。」
実は俺も思ったことがある。
トイレの問題だ。
いっそのこと、一人なら良かったのに。
たぶん、女も同じことを考えているのだろう。
「・・・仕方ないですね。あるものでなんとかしましょう。」
女は空きダンボールとカッターとナイロン袋やここにあった資材で即席のトイレを2つ作った。
器用だな。
「・・・これを使う前に誰か気づいてくれることを祈ります・・・。」と言う女はかなり我慢しているように見えるが・・・。
「耳をふさいでるから、奥の死角でしてきたら?」
俺だってそのうち使わざるを得ないだろう。
「う。」
女は迷っているようだ。
「体に悪いぞ。それにいつ出られるかわからないからしておいた方がいい。」
幸い販促用のティッシュもウエットティッシュにも事欠かない。
「ほら。」
女は赤い顔になって、奥の方へと消えて行った。
*
「とうとう空調も切られましたね。」
夜も遅い時間になったと思われる。
空調が切られたのか、少し暑くなってきた。
窓がないから熱帯というほどではないが、下の階から熱が上がってくるのか、はたまたここが西側にあるせいなのか、暑いと思う程度には暑い。
「電気が使えて良かった。」
「冬じゃなくて良かったです。」
ダンボールの上に靴を脱いで座っている女。
いつの間にかパンストも脱いでいる。
こちらも暑いのでTシャツ、下は作業着のままになっている。
「そういえば、お名前を伺ってませんでしたね。私は秘書課の水無瀬 雛です。」
汗をかきながら女は自ら名乗る。
「俺は橘だ。」
そう言うと「あれっ、"オウジ"さんじゃなかったんですか?」と目を丸くする。
あー、それは多分あだ名だな。よく"王子"と言われているのを耳にしている。
「いや、橘だが?」
この女、俺の名前も知らなかったのか。
「そうでしたか、失礼しました。」
それ以降は二人とも話すこともなく黙ってしまった。
「・・・起きていてもなんですので、もう寝ませんか?」と水無瀬と名乗った女が提案した。
この状況で寝るつもりなのがすごい。
閉じ込められて泣きもしないし、ちょっと変わってるな。
黙ってみていると、奥から大き目のダンボールを二つ持ってきてカッターで開いた。
確かに寝転ぶくらいの広さはある。
「おひとつどうぞ。」
女にダンボールを勧められる俺。
こんな経験は人生で初めてだ。
「そういえば、ここって何か飲むものとか無いのでしょうか。長く閉じ込められたら脱水しちゃいそうですよ。」
何かなかったか考える。
「忘年会の景品とか、何か残ってるかもしれない。明日起きたら探すか。」
そう言って俺もダンボールに寝転んだ。
「電気は点けたままでいいか?」と聞くと「そうですね。暗くなったらスイッチも見失いそうですし。」と返事があった。
「今、大地震が来たら終わりだな。」と言うと「嫌なこと言わないで下さいよ。」と眠そうな声がした。
目を閉じるがなかなか寝つけない。
体力を消耗しないように体を休めるのがいいと思っても寝られない。
そりゃそうだろ。こんな状況で眠れる方がどうかしてる。
少し離れたダンボールの上で体を丸くして眠る女の姿が目に入った。
図太い神経だな。
すうすう寝息を立てる女を見ているうちに自分もいつの間にか眠っていたのだった。
これで一本話が書けてしまいそうな気がするのは気のせいでしょうか・・・。
やっちまった感がアリアリの番外編です。