【番外編】もしもヒナがSAKURAの社員だったら 9
龍夜にお説教されました。
年は数歳上ですが、ヒナの中では第二の父ですよ。
家にいる時はチャラ男系にしか見えませんが、仕事をしてる時は見た目老けてます。
『ヒナは大事な預かり物なのに、酒で過ちを犯すとは悟さん(あ、ヒナの父です)に顔向けができない』だそうです。
いえ、もう立派な成人女性ですから、そこは他人に指摘されるまでもなく本人が深く反省すればいいと思いますけどねぇ・・・。
妙齢の男女がする会話ではないでしょう。
どうあがいたって元には戻りませんし、たぶんいつかは通る道ですし。
ひとつ後悔があるとすれば、いつか好きになった人と・・・って、ヒナだって夢はあったのですよ。
朝からドタバタしていたせいか、体に痛みはあるものの覚えていなかったせいか、実感が少ないからショックも少ないのかもしれません。
覚えていればいたらで、龍夜に指摘されたらそれはもう壮絶に恥ずかしくていたたまれなかったでしょう。
ふう。
客間の布団に潜って、見慣れた天井を眺めます。
あんなに疲れて眠たかったのに拭き掃除をして風呂に入って説教のコースをこなしたせいか、目が冴えてしまいました。
ブブー、ブブー。
バイブ音が短かったのでメールの着信ですね。
携帯を自分の方に寄せて、着信をチェックします。
ピッ。
橘さんでした。
メールには"記念すべきラブ(ハートマークつき)メール一件目"と書かれていました。
まさか本当にメールしてくるなんて・・・。
恐る恐る内容をチェックすると、ゲロ甘な内容に眩暈がしてきました。
くっ、口から砂を吐きそうですっ。
メロンに砂糖とはちみつをかけてあんこと生クリームとチョコレートをトッピングしてもとても間に合いませんよ。
よく恥ずかしげもなくこんなメールを送れますね!
・・・本当にやってくれました。
今からここに来いと言えば本当に来そうで怖いです。
"ごめんなさい、勘弁して下さい(泣)"と返信すると"冗談だ"と短いメールが来ました。
本気じゃなくて良かったです。
一歩間違えば着信拒否しても許されそうな濃厚さに思わず心臓がバクバクしましたよ。
するとまた"おやすみ"とメールが来たので文字だけで"おやすみなさい"と返信しました。
橘さん、いっつもこんなメールしてるんでしょうかね。
さすが有名な女たらしというか何というか・・・。
メールのもたらした動揺と冗談とわかった安堵のせいか、ヒナはいつのまにか眠りについたのでした。
*
「おはようございます。」
すっかり寝過してしまった朝です。
龍夜は何も言わずテレビを眺めつつ珍しくコーヒーを飲んでいました。
「すぐに食事の用意をいたしますか?」
朝ごはんは契約外ですが、同居の時には用意していたので作ります。
「ん、軽くで・・・。急がない。」
「了解しました。」
キッチンに行って簡単な朝食を用意します。
トーストにベーコンエッグ、サラダ、ヨーグルトの定番のやつです。
龍夜は朝は軽いので楽ですよ。
昨日の夕食に続き、今朝もまだ微妙な空気の中食事です。
原因はヒナですから、何も言えません。
「そういえば、本家からヒナの調査依頼が入ったと連絡があった。」
「私の?」
ヒナが首をかしげると「おおかた鷹臣だろう。」と言われました。
「橘って、橘さん本家の方だったんですか?!」
龍夜は無表情で「気がつかなかったのか?」とトマトを口にしました。
「だってSAKURAのあの支社だって、橘姓の方は3人はいますよ?もしかして皆さん本家の関係者なのですか?」
「いや、彼らはただの偶然だ。」
相変わらずの無表情ですが、面白がっているような雰囲気を感じました。
ヒナは対龍夜の表情読みスキルがレベル3くらいになっています。
「将人と顔が似てるのに気づかなかったのか?」
あまりまじまじと観察したことがないのでよくわかりませんが、そう言われると似ているかもしれません。
「・・・イケメンはみなイケメンだからそういうものかと思ってました。それに将人さまと橘さんとじゃ何か大きく違うような気がしますよ。」
そしてヒナは恐ろしいことを思い出しました。
「ヒナ、橘さんに蹴り入れちゃいました。」
「青くなるのはそこか。」
よくわからない龍夜のツッコミは横においておいて。
「本家でお見かけしたこともありません。」
「そうだな。鷹臣は本家と関わるのを避けてるから滅多に顔を見せない。」
それはなんともうらやましい御身分で。
「余計関わらない方がいかもしれませんね。」
どうして食事に行く前・・・というか本家の方がこの会社に在籍しているならそうと教えてくれなかったのでしょう。
「そんな目で見ても、自業自得だ。私の忠告をその鳥頭でよく考えなかったからじゃないのか。」
まさかそういうことになるとは思わなかったのです・・・って遅いですね、もう。
「何の調査でしょう。素行調査ですかね?」
「・・・ずいぶんご執心のようだから交際前調査なのかもな。」
橘さんが橘本家の関係者と知ったらヒナの中では余計にハードルが高くなりましたよ。
会社で顔をあわさないように気をつけましょう。
「そろそろ契約更新時期ですよね。ヒナ、戻ろうかしら・・・。」
ぽつりと漏らした言葉に龍夜は「では誰が食事を用意する。」と言っています。
「生ゴミを出したくないからレトルトでいいとおっしゃっていた方のセリフとは思えませんが、ヒナも一生ここにいる訳にも参りませんよ。」
龍夜にはずいぶんお世話になりましたが、そろそろ潮時でしょうか。
「だったら、"仕事"を辞めて、名目だけの妻にでもなるか?・・・我が婚約者殿。」
「ごはんのためだけに佐倉のお家を断絶させられませんよ。それに婚約者なんて生まれた時に決められたカビの生えた約束で、お互い恋愛感情なんてこれっぽっちもないじゃないですか。」
恋愛感情がなくても家族にはなれますけど、龍夜にはちゃんと幸せになってもらいたいと思う程度の情はあります。
まぁ、お互いに近すぎたというヤツですね。
「後継ぎ問題なら分家から養子でももらえば問題ないし、恋愛感情がなくても子供くらいは作れるが?ご希望なら今夜にも証明してみせるぞ。」
「大真面目な顔して何ぬかしやがるんですか。乙女の純情を踏みにじらないで下さいよ。」
「・・・何が乙女だ。うっかりで失くしてきた癖に。不貞で婚約破棄して鷹臣に差し出すぞ。」
ごはんの問題が大きくなりましたね。
「そうなったら結局龍夜のご飯をヒナは作れませんからね。残念でした!」
ヒナは自分のお皿だけ下げてキッチンに逃げました。
・・・そう、"仕事"を辞めたら龍夜の婚約者としての役割を本家に求められるでしょう。
護衛の仕事(本家がヒナと龍夜を近づけたいという思惑もあった)が終わった後に、龍夜の所に"仕事(食事や家事の世話)という名目"で入り浸って文句がでないのは"婚約者"という肩書きがあるからなのです。
大人になって、もし本人達が合わないようなら白紙に戻すという約束はあるものの、ヒナはこの肩書きを利用して羽を伸ばしていたのです。
龍夜は婚約は名ばかりだから恋愛は自由にしていいと言ってくれてましたが、この年になるとそろそろ現実をみつめてきちんと破棄しておかないと龍夜の婚期を逃しそうです。
はぁ、すべてヒナが鳥頭だから悪いんですよね・・・。
鷹臣個人に使用人として水無瀬親子がつけられなかったため、"順番通り"に佐倉家の婚約者なっていたヒナなのでありました。
キャラクターや設定は同じでも過去のせいで現在の少し流れが変わっています。
ヒナはこちらの話では携帯を買い替えていないのでまだスマホになっていません。