俺の誕生日ケーキが不要な件
おまけが長くなりそうなので、番外編を立ちあげました。
「鷹、今日は腕によりをかけて御馳走を作りますからね!寄り道しないで帰ってくださいよ。」
玄関でヒナが見送りにきてそう言った。
「この年になってそんなに祝わなくてもいいって。」
「いいんです。楽しみにしてて下さいませ。」
ヒナが背伸びをしてチュッと行ってらっしゃいのキスをしてくる。
いつもチビたちがいるから、なかなか玄関でいってらっしゃいのキスもままならない。
今日はいつもより早いせいか全員まだ夢の中だ。
もう一度俺からキスをして「じゃあ、行ってくる。」と家を後にした。
*
今、俺は営業部に所属している。
ずっと閑職に甘んじていたが、将人の橘家改革と龍夜の横やりによって一般的なサラリーマンへと軌道修正を果たした。
上司も"昼行燈"から本社へと復帰を果たしているし、かつて自分が所属していた部署は定年間近な人物が就くことが慣例になりつつある。
別に働かなくても十分暮らしていけるが、やはり働く父親の背中をチビたちに見せたいし家にいても時間をもてあましそうな気がするので、まだSAKURAに在籍中だ。
今日は俺の誕生日か・・・"あの日"からもうそんなに経つんだな。
この数年で"家族"という夢を持っていた頃に思い描いていた通りのものを手に入れた。
一男二女に恵まれ、毎日幸せに過ごしている。
*
営業先から会社に戻ると、受付の子が「橘さん!早く!」と青くなって何かを言っていた。
「連絡がとれなくて、受付で橘さんを見かけたらって・・・」と言っている。
電話?そういえば音を切ったままだった。
電話を見てみるとものすごい着信履歴が残っていた。
「奥様が事故で・・・!」
受付の子が何を言っているのか理解できない。
「早く病院に・・・」
病院・・・?!
「どこの病院だ!」
脳がやっと言葉を理解した。
俺は会社を飛び出して、ヒナが搬送されたという病院へと向かった。
*
「まるで眠っているようですね・・・。」
弔問客がヒナの顔を見てそう言ったのが聞こえた。
まだ歩けない長男は喪服を着た暁さんに抱っこされている。
二人の娘は母親の死を理解できないでいるらしく「ママ、いつおっきするの?」と無邪気に悟さんに話かけている。
あの日、ヒナは子供と4人で街中のケーキ屋に予約していたケーキを取りに行って、居眠り運転のトラックに突っ込まれたらしい。
人も大勢いる歩道だったのにもかかわらず、死傷者はヒナ一人だけだったそうだ。
娘二人と手をつなぎ、長男はヒナが抱っこしていた。
店の近くで、娘の遊び友達の母親と出会い「今からケーキを取りに行くところ」と挨拶をしていた時にトラックが突っ込んできたらしい。
その母親が気がつくと、娘達はいつの間にか道路を挟んだ向こうの歩道に立っており、電柱をなぎ倒し半分店に突っ込んだトラックが見えたと言う。
ヒナは時間が経ってから、その車体の下から無傷の長男を抱いて発見された。
ヒナ自身にも目立った外傷はなかった。
ただトラックだけが説明のつかない壊れ方をしていたそうだ。
悟さんは「ヒナは自分と子供たちだけなら助かっていたと思う。多分、無意識に何らかの力を使って・・・他の人を守ろうと・・・命を落としたのだと思う・・・。」と静かに涙を流した。
*
子供を預けて家に戻ると『パパ たんじょうびおめでとう』とヒナの字で書かれた飾りがあった。
テーブルにも花が飾られてパーティの準備がされてあった。
『鷹、今日は腕によりをかけて御馳走を作りますからね!寄り道しないで帰ってくださいよ。』とヒナの声がまだ残っている。
『しわしわになってもずっと一緒です。寂しがりの鷹よりも一分でも一秒でも長生きしますからね。』と俺に言って微笑むヒナ。
『鷹、愛してる。ずっと一緒ですよ・・・。』
嘘つき・・・!
もう俺を置いていかないと言ったクセに・・・!
その夜、俺は夢を見た。
「これからパパの誕生日ケーキを買いに行きますよ。バスでは静かにおりこうにしましょうね。」
娘たちの支度をして、長男を抱っこしてバスに乗り込む4人。
やめろ・・・行かないでくれ!
事故現場の歩道が見える。
「あっ、**ちゃんのママ。こんにちは。」
子供と手をつないで挨拶するヒナ。
ダメだ・・・逃げろ!
「今日はパパの誕生日ケーキを買いに行くんですよ。」
そう言った瞬間、ヒナが異変に気づく。
トラックを確認して、後ろを見て・・・そして逃げるのを躊躇した。
娘たちを抱きしめ、道路の向こうに飛ばす。
その瞬間、ヒナに突っ込むトラックがヒナの間近でありえないひしゃげ方しながら迫ってくる。
ヒナは長男を抱きしめた。
『・・・鷹・・ごめん』
夢の中のヒナは確かに最後にそう言った。
そして場面は暗転する。
暗闇の中、ヒナの声が聞こえたような気がする。
『・・・ゆめゆめ忘れるで・・・ないぞ』
*
ハッ!
心臓がバクバクしている。
目の前には静かに眠るヒナ。
「ヒナ!」
俺は泣きながらヒナを抱きしめた。
「う・・・ん。鷹?どうしたんですか・・・こんな夜中に・・。」
ヒナは俺の腕の中で目をこすっている。
「あれっ?チビたちは?」
俺の可愛い子供たちはどこだ?
「鷹・・・何言ってるんですか。」
ヒナは眠そうにそう言った。
「・・・夢か?」
まだ震える手でヒナが本当にここにいるか確認する。
「悪い夢をみたんですね・・・。ヒナはここにいますから大丈夫ですよ。」
そしてヒナは俺の涙をぬぐって額にキスをする。
「おまじないです。これでもう大丈夫。」
ヒナが指で涙をぬぐっても、俺の涙は止まることがなかった。
俺はいつまでもヒナを抱きしめてずっと離さなかった。
*
『・・・ゆめゆめ忘れるで・・・ないぞ』
あれは水無瀬の巫女の警告ではないかと俺は思っている。
それから、俺は自分の誕生日ケーキを禁止にした。
どうしてもというなら自宅に宅配の取り寄せか手作りなら許そう。
誕生日自体を禁止にすると、ヒナのことだ、サプライズという名のパーティをするのに決まっている。
ケーキ購入を防止するため、パーティは許すことにした。
そして誕生日にはこっそり護衛を手配しよう。
もし子供ができたら、子供とあの道を通るのも禁止したいと考えている。
その後、SAKURA(というか龍夜)から営業部への配属の打診があったが、真面目に理由を話して営業部は断った。
馬鹿げていると一笑に付されてもいい。
ひとつでも悪夢の可能性は消しておきたいのだ。