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小話シリーズ

まさかあなたまでなんてね

誤字脱字報告、矛盾点の指摘や感想等は不要です。

 巷で流行の異世界トリップもの。中でも乙女ゲームタグのついているものが増えている。

 数年前まで私も乙女ゲームが大好きで、イケメンキャラたちを攻略してスチルを全部集めることに全力を注いでいた。

 クイックセーブを駆使し、毎日何時間もかけてスチルを集めたけど、経つ時間なんて気にも留めない。一息ついてふと時計を見れば、いつの間にか日付は変わっていることなんて当たり前。

 そんな乙女ゲーム中毒な私だったけど、数年前までといっているとおり、今はその熱はすっかり冷めてゲーム自体ほとんどしていなかった。

 それもそのはず。だって私はもう三〇を数年前に過ぎた、その昔は女子だったおばさんなのだから。三次元の男性に興味を持てず、二次元のキャラに胸ときめかせて妄想していた私は今はいない。

 現状にかなりのまずさを感じていた私は、今更ながら婚活に力を入れだした。

「ああ、昔の自分に活を入れたい」

 そう、今更なんだよね。

 三〇半ばに差し掛かった私なんて、今更婚活しだしても遅いのだ。化粧の腕前も磨かず、服装も見苦しくない程度。職場は女性のみで、自宅との往復以外外に出ない私は、婚活の仕方もよく知らない。

 力を入れだした、といってもせいぜいネットで婚活サイトの情報を見たりするくらい。入会金の高さに絶望し、合コンも出たことない私は、共学の学生時代でも異性と会話などろくにしていなかったのを思い出す。

 頭をかかえて呻っても、リアルで何一つ頑張ってこなかった私。手持ちの資金もほとんどないし、人生オワッタとひしひしと感じていた。

 でもさ、諦めてばかりじゃそれこそ何にも始まらないわけで。

 今まで怖くて行けなかった美容院に流行の髪型をプリントアウトして持って行き、こんな風にしてくださいと小声でお願いした私は、数時間後、なんとなく勇気が湧いてきたのか晴れやかに美容院を出た。

 帰りに化粧道具を買い足して、家で化粧の練習をしようと思いながら歩道を歩いていると、右から衝撃を受けた。

「うわっ」

 それはかなりのもので、私の体は勢いよく道路へ飛び出した。そうなると当然、交通量の多い日中の道路だ。私の体は次なるもっと強烈な衝撃を受けてぽ~んと吹っ飛んだ。

 がつ、ばき、ぐちゃ、とかそんな音がした。何が起きたか自分でもよく分からなかったけど、周りが騒然としてたのは覚えてる。実はほとんど即死に近い状態だったためか、痛みが感じなくて。なんだか騒々しいな、と思いながら視界が暗くなった。

 明日への希望がほんの少し湧いてきたところだった私、花崎咲はその日、都内の人身事故ニュースで亡くなったと報じられた。

 私を轢いた車が何台もの玉突き事故を引き起こしたため、ニュースになったようである。でも、そんなことは当人の私は知る由もない。


「これってなんだろう、夢?」

 白昼夢か、ぼーっと学校の正門で立っていた私は、目の前の桜を見てはっと我に返る。でも、呟いた夢、という言葉にはっきりと違うと言えることを知った。

 今の私は、今日から目の前に建っている乙女音学園に入学する女子生徒、来栖咲。だけど、その前は婚活を頑張ろうと思い始めたばかりで事故で死んだ、花崎咲だった。

 これは転生後に急に前世を思い出したってラノベと同じだと、私はすんなり受け入れることが出来た。

 そもそも性格がほぼ変わっていない。だからだろう。昔の思い出のように普通に受け入れることが出来た。

 そして、学校の名前で気づいた私は、さらに納得したのだ。私の転生先は前世でプレイした乙女ゲームの舞台で、しかも前世で流行っていた主人公ではなく脇役、つまり主人公の友人Bと同じ名前だったのだから。

 これはもしかしたらチャンスなのかもしれない。現世で今から婚活に励めという啓示なのかもしれない。

「今度こそリア充になるんだ」

 私は固く拳を作り、桜舞い散る乙女音学園を見上げる。

 来栖咲はなかなかの美少女だ。たしか、主人公の友人AからEまでは、各イケメンキャラを攻略するにあたり、それぞれのライバルキャラとして出てきたはず。

 私がライバルになる時の対応キャラはたしか、日下田総。同学年で唯一生徒会役員の書記になる眼鏡男子。二面性のある性格で深緑の髪と瞳だったはず。

 でも今回は主人公が彼を落とすのなら、簡単にできるだろうな。だって私は日下田総は好みでいうなら真ん中くらいだったし。

 強敵な主人公とライバルになるなんて、面倒なことこのうえない。出来れば私はフツメンと末永く安定した生活をしたい。

 前世では恋愛のれの字もほとんどなかったし、現世ではほのぼの甘酸っぱい恋愛をしたいのだ。それには日下田総なんて選べるわけがないのだ。二面性のある性格なんて、お察しだろう。

「フツメンと幸せになろう!」

 優しそうであれば、顔なんていい。重要なのはお互い大事に思えて愛を育んで、安定した生活を送れるかなのだ。

「そうと決まればまずは作戦会議だ」

 そう思った私は、高校の入学式なんて二回も出たくないし、別館の裏庭へと足を向ける。そこでゆっくり作戦会議をするのだ。

 こっそり誰にも知られずに裏庭にやってきた私は、途中にあった校内の自販機でペットボトルのジュースを買ったので、芝生に座って飲む。


 まずはそうだな。良い大学に行くためにも成績は上位をキープしておきたいから、部活ははいらなくていいだろう。委員会は、図書委員がいいかな。将来、図書館司書になりたいし。前世ではなれなかったけど。

 それに、図書委員なら私の望むようなフツメンがいそうだし。あとは、美人は三日で飽きるっていうし、私も飽きられないように相手の趣味も勉強しとかないとね。

 性格は自分ではいいとは思わないけど、それほど悪くもないかし、なるべく笑顔でいれば多分大丈夫だよね。

 うーん、主人公に関わるとイベントに巻き込まれそうだし、関わらないようにしよう。幸いクラスは違うことは覚えてるから、日下田総にも関わらなければ平気そう。

 よし、私は主人公とは関わらず、平穏にフツメンとラブラブに高校生活を送る、ということで決定だね。

 入学式が終わればクラス分けの張り出しを見て、クラスでフツメンのチェックしないと。できれば同じクラスがいいよね。ふふ、楽しみだなあ。

「楽しそうだね、君。新入生でしょ、入学式サボるなんて、いけない娘だね」

「……っ、誰」

 心臓が止まるかと思った。

 作戦会議の終了にジュースを飲んで一息ついたところに、気配もなく横から声を掛けられた。声のした方を見ると、そこにはなんと日下田総がいたのだ。

「なんで……」

「実は君が人目を避けて歩いているのを見かけてね。気になって着いてきたんだ。そしたら堂々とジュース飲んでのんびり楽しそうにしてるもんだからさ。見惚れてたんだ」

「なっなに、言って」

 私は目を見開いて、くすくすと笑いながら隣に座った日下田総の言葉を聞いて、これは危険だと理解した。

 でも、おかしい。日下田総と来栖咲の関係は生徒会役員選挙からのはず。こんな序盤から関わるなんて。私がおかしな行動をしたから?

 とにかく、今は逃げるべき。そしてこれ以上関わらないようにしないと。

「えと、私はもう戻ります。サボってたことは先生に言っていただいて構いませんのでっ」

 だからこのことに関しての脅しは効かないぞ、と私はそういった意味で告げると一目散に駆け出した。相手に口を挟む隙を与えずに、急に立って去ったためか日下田総は追いかけてはこなかった。

 一階の女子トイレに駆け込むと、しゃがみ込んで息を整える。

「やばい。顔、覚えられたよね。クラスはたしか日下田総も違ったはずだから、目立たないようにしないと」

 鏡を見た私は、ツインテールだった髪をほどき、お嬢様結いに変えた。これで正面からでなきゃそうそう分からないだろう。

 ちょうど入学式も終わったのか、廊下ががやがやしだした。私は新入生の群れに紛れると、なるべく下を向いて移動した。

 クラス分けの張り出しで確認すると、主人公のデフォルト名である、篠原愛音は一のA。私はB。日下田総はDだった。それを見てほっとする。やっぱり前世の通りだ。

 これならフラグ回避しつつやっていけば大丈夫だろう。私は安心してB組へと入った。

 けれど、実は安心なんてしてる場合ではなかったのだ。


「来栖咲。うん、やっぱりB組か。前世の通りだね。姉の趣味に付き合わされたのも悪くなかったな。必ず手に入れるからね。くす」

 クラス分けの張り出しを見上げながら、日下田総がそう呟いていたなんて。彼も前世持ちだったなんて、その時の私は知る由もなかった。

 まさか、前世の彼が来栖咲が好みだったなんて。そんなこと分かるわけないじゃない。

 その後の私の高校生活がどうって? そんなのご想像にお任せします。だって、ここまで読んだならわかるでしょう。どうなるかなんて。

 ただ一つ言えるとすれば、婚活する意味がなくなった、とだけ言っておこう。はあ。

ここまで読んでくださった方、本当に有難うございました。

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