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世にも奇妙な短編集

(開)

 電車のドアって、普通、自動ドアですよね。でも、中には手動のやつがあるって、知ってました?

 私がいつも使っている電車が、そうなんです。手動というか、ボタンで開け閉めするから、半自動、ですかね。そういう電車を使ったことがない人にはイメージしにくいかもしれませんが、ドアの横に、「開」ボタンと「閉」ボタンがあるんです。電車を降りるとき、乗客は、「開」ボタンを押してドアを開けて降りるんです。そうして、その駅で降りる人が降りたあと、車内に残っている人が、「閉」ボタンを押して、ドアを閉めます。

 私がいつも使っている電車は、冬場の間だけ、そういう半自動開閉式になっていました。

 冬場っていうのは、つまり、車内に暖房をきかせる季節は、っていうことです。電車が駅に停まっている間、ずっとドアが開けっぱなしだと、せっかく暖まった車内の空気が逃げてしまうから、そうしているんでしょう。


 さて。お話したいことは、ここからなんです。


 あれは、冬のある日のことでした。

 私は、会社の仕事を終えて、駅で帰りの電車を待っていました。

 都会ではそんなことはないんでしょうが、私の使っている駅は、電車を一本逃したら、次に電車がやってくるまでに二十分、ないし三十分待たなければなりません。なので、私はいつも、五分か十分か、余裕を持って駅に着けるよう、早めに会社を出ることにしています。もちろんそうすると、駅のホームで電車が来るのを、五分か十分、待つことになるわけですが……。

 でも、その日は、やけに早く電車が来たんです。

 ホームに入って、一分もしないうちに、いつも乗る電車がやって来ました。会社を遅く出たわけでもないので、変だな、と思いました。私が乗る電車とは違う路線に入る電車も、そのホームに停まるので、間違えないよう、しっかり確認はしたんですが。でもやっぱり、その電車の路線も、行き先も、私が乗ろうと思っていた電車だったんです。

 だから、きっと、気付かないうちにダイヤが変わったんだな、と。そう考えて、それ以上は疑問を持たず、私はその電車に乗りました。


 乗ってみても、その電車は、やっぱりいつもの電車のようでした。

 自分が降りる駅に着くまでは、ずっと、いつもどおりの電車でした。


 やがて、降りる駅に着いて――。

 先ほども言ったように、私がいつも使っている電車は、冬の間だけ、ボタンでドアを開け閉めするようになっています。

 私はそのとき、ちょうど、そのボタンにいちばん近い位置に、立っていました。

 ですから、電車が停まって、「開」ボタンを押したのは、当然、私でした。

 ボタンを押す。

 すると、一拍間があってから、プシュー、と音を立てて、ドアが左右に開いていきます。そこまではいつもどおりです。


 考えられないことが起こったのは、そのあとでした。


 左右に開いたドアが、そのまま、止まることなく、どこまでも開いていったんです。

 その光景は……どういうふうに言えばいいのか。

 つまり、ドアの横の、ドアじゃない部分までが、まるでドアみたいに、開いていくんです。

 電車の壁の部分、というのでしょうか。それがどんどん消えていく、と言ったほうが、わかりやすいかもしれません。


 私は呆気に取られて、どこまでも開き続けていくそれを眺めながら、電車を降りることも忘れて固まっていました。

 けれど、すぐにハッとして。

 このままこの電車に乗っているのは、どうにもまずい気がする、と思って。

 慌てて、電車を降りました。

 そうしたら、私のあとに続いて、車内にいた、ほかのたくさんの乗客たちが、一気に電車から出てきたんです。

 もともとドアだったところ以外の、消えてなくなった壁のところから、わらわらと、数え切れない人数の乗客が。いつもは、そんなに大勢人の降りる駅ではないのに。

 電車を見ると、ホームに向いた側の壁の部分は、電車の端から端まで、きれいに消え失せていました。乗客が一人もいない、空っぽの電車の中が、ぜんぶ丸見えになっていました。


 ホームに視線を戻して、一緒に降りた乗客たちの、その顔を見ると……。

 どの乗客も、なんだか。なんと言えばいいか。

 彼らの目つきは、どう見ても、人間のそれではありませんでした。上手く言えませんが、とにかく、何かが違ったんです。微妙に、でも、あきらかに。

 「彼ら」が改札に向かって歩いていくのを、私は、電車を降りたその場所で立ち止まって、じっと見ていました。そして、「彼ら」が全員ホームを出ていなくなってから、私は、やっと改札のほうへ歩き出しました。

 電車はいつの間にか、駅を出ていました。

 発車のアナウンスも、電車が動き出す音も、何も聞こえなかった気がします。ほかの乗客たちに気を取られて、聞こえなかっただけかもしれませんが……そこは、どうだったのか、定かではありません。


 駅を出ると、さっきの乗客たちの姿は、どこにも見当たりませんでした。

 あれだけの人数が降りたはずなのに、駅の周辺には、まったくひと気がなかったんです。

 本当に、奇妙なことでした。




 そんなことがあってから、数日経った日のことです。

 その日は休日で、私は、デパートに買い物に来ていました。

 地下食品街をちょっと見たあと、六階の、台所用品のフロアに上がるため、エレベーターに乗りました。

 そうです。エレベーター。

 エレベーターに「開」ボタンと「閉」ボタンが付いていることは、説明不要でしょう。電車のそれと違って、見たことのある人がほとんどではないかと思います。


 そのとき、私はたまたまボタンの前に立っていたので、エレベーターが途中の階に停まってドアが開くたび、降りていく人や乗ってくる人を待って、「開」ボタンを押さえる役目をしていました。

 そうして、エレベーターは六階に到着しました。

 エレベーターの奥のほうにいた人が、私と同じくそこで降りる様子だったので、私は「開」ボタンを押さえて、その人が降りるのを待とうとしました。


すると、また起こったのです。あれが。


 電車のときと、同じでした。左右に開いたエレベーターの扉は、そのまま、エレベーターの横の壁も隣のエレベーターも何も関係なく、どこまでもどこまでも、開いていったんです。

 私は慌ててエレベーターを降りました。

 振り返ると、壁は、ちょうどエレベーターの扉の高さぶんだけ、消え失せていました。フロアの端から端まで、壁の向こうのがらんどうやら、階段やらが、丸見えになっていました。

 その、消えた壁の向こうから、また、わらわらと、人が涌いてくるのです。

 人、というより、人の形をした者たち。あの、人間とは違う、特有の目つきを持ったやつら。

 彼らは見る間にフロア中に散らばっていきました。

 不思議なことに、フロアの端まで開いたエレベーターの扉や、消えてしまった壁や、そして壁の向こうから涌き出てきた「やつら」に気づいている様子の人は、私以外には、誰もいないようでした。




 電車で。エレベーターで。

 そんなことが二度もあったものですから。

 私は、すっかり「開」ボタン恐怖症になってしまいました。

 何が恐ろしかったかというと、それはやはり、ドアがどこまでも開いていったときに涌き出てくる、得体の知れない「やつら」です。

 別に、やつらに襲われただとか、やつらが人を襲うのを見ただとか、そういうことはなかったんですが、それでもやっぱり、気味が悪くて。やつらは、きっとこの世の者ではないのでしょうし。この世の者ではないものが、ああやってこの世に出てきてしまって、果たして大丈夫なものなのか……。

 決して意図的ではないにしろ、私はとんでもないことをしているんじゃないか。

 私が「開」ボタンを押すことによって、やつらが別の世界からこの世界にやってくる、その手助けをしているんじゃないか。

 どうにもそんなふうに思えてならず、「開」ボタンを自分の指で押すことが、怖くて怖くて、たまらなくなってしまったんです。


 それからは、電車に乗るときもエレベーターに乗るときも、「開」ボタンには手を触れないようにしようと思ったんですが。

 やはり、それだと、日常生活が不便なもので。

 ボタンを押せなかったためにドアを開けられず、電車を降りられない、ということもありました。


 それで、このままでは困ると、ある人に、このことを相談したんです。

 その人は、獣里(けものざと)さんという知り合いの方でした。

 獣里さんは、私の話を、黙って最後まで聞いてくれました。

 そして、どうしたらいいでしょうか、と尋ねる私に、こう答えたのです。


「簡単だよ。『開』ボタンを押すことで、そいつらがこちらの世界に出てきてしまうというのなら、そいつらが出てくる前に、『閉』ボタンを押せばいいのだよ」


 なるほど、と思いました。確かに簡単なことです。

 獣里さんに相談しにいって、本当によかったと、私は晴れ晴れした気持ちで、獣里さんの家をあとにしました。


 その翌日。

 いつもの通勤電車に乗った私は、もう、開閉ボタンの前に立つことも怖くありませんでした。

 あの奇妙な現象も、来るなら来い、という心持ちです。もう二度と、「やつら」をこちらの世界へ来させはしない。そういった、使命感というか、それに近いものを抱いていました。

 電車を降りるとき、私は、ためらいなく「開」ボタンを押しました。

 そしてすかさず、やはりためらいなく「閉」ボタンを押して、電車を降りました。

 というか、降りようとしました。


 ――ええ、挟まれましたよ。挟まれましたとも!


 考えてみれば当然のことです。「閉」ボタンを押してドアの外に出ようとしたら、そういう結果になると、なぜ事前に気づけなかったのか。自分でも不思議でなりません。ドアに挟まれたのが私だけで、ほかの乗客が巻き添えにならなかったことが、せめてもの救いでした……。



 さて、最後に一つ。

 電車のドアに挟まれた、その瞬間、私は思い出したんです。

 私には、獣里さんなんて知り合いは、いなかったじゃないか、と。


 つまり、この一連の出来事は、どういうことだったのかといいますと……。

 あなたは、けもの偏に里、と書いてなんと読むか、ご存知ですか?

 つまりは、そういうこと。だったようです。



 -完-




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