09.世間に取り残されるガール
いくら近くに住んでいるとはいえ、そう頻繁に会うことはないだろう。
わたしとしては、そんな風に予想していたのですけれど。
「こんにちは、りっちゃんさん!」
「あ、はい、こんにちは。なんだか最近よく会いますねぇ?」
意外や意外、件のマー君とはそれなりの高頻度で顔を合わせるようになりました。
わたしが修道院の外に出るのは買い物当番の時か、酒場まで院長先生を迎えに行く時、あとは修道院で作ったお酒や簡単な焼き菓子なんかを自由市が立つ日に売りに行く時くらいのもの。平均して月に四回か五回くらいなのですが、ここ最近は出かける度に彼と顔を合わせているのです。
うっかりすると実は自分に気がある彼が、こちらの外出日を見計らって会いに来ている……なんて、ストーカーのような汚名を着せることにもなりそうですが、真相はもっと単純です。
「マー君は今日はお肉屋さんの店番ですか」
「はい! 女将さんが腰を痛めてしまったそうなので、差し出がましいかとは思ったのですが、お手伝いをさせていただいてます!」
彼の顔をよく見かける理由は簡単。
最初に会った時もそうだったようなのですけど、このワンコ少年は常日頃から困っている誰かの手助けができないかと、街の内外を自主的にパトロールしているらしいのです。それでいて常に元気いっぱいにハキハキと喋るものだから、近くを通りかかれば必ず気付くという寸法で。
それにしても、本人はこれも騎士道を極めるための修行だと言っていますが、果たしてお肉屋さんの店番と騎士の道に何の関係があるのやら。意気込みが空回りしている感もありますが、まあ感心な少年であることに変わりはありません。お肉屋の女将さんにしても他の皆さんにしても、お金や商品の管理を任せてもいいと思うくらいには街の人々からも信頼されているのでしょう。
わたし個人としてもマー君の人柄には好感を抱いています。
あくまでお友達としてではありますが、時間に余裕がある日なら誰かのお手伝いをしている彼を更に手伝ったりなども。なにしろ意気込みばかりは人一倍のワンコ少年ではありますが、体格や筋力は残念ながら半人前。
一例として、お年寄りが重い荷物を運んでいるのを代わりに持とうとしたまではいいものの、途中で力尽きてバテかけているような場面を見かけることもありまして……。
「ぜぇ……はぁ……くっ、騎士たる者がこの程度で諦めるわけには……!?」
「こらこら、騎士道は結構ですけど一人で無理しちゃダメですって。二人でちゃっちゃと運んじゃいましょう」
「あ、りっちゃんさん……か、かたじけありませんっ」
彼を見ていると実家の弟達を思い出してしまうせいもあってか、ついついお姉ちゃん的な立場からフォローを入れたくなってしまうのですよね。そんなわけで、この日も自分から荷運びの助っ人申し出たと思しきマー君を手伝い、二人がかりでパパっと終わらせてしまいました。
礼儀正しい彼はこちらの手を煩わせたと恐縮していましたが、こちとら毎日のように頭のおかしい拳法修行で手の痛みに耐えているのです。ちょっと重い物を持つくらいは今さら苦とも思いません。
「か弱い女性の手をお借りするとは我が身の未熟を痛感するばかり。あの、りっちゃんさんのご迷惑でなければ、何かボクにお礼をさせていただけないでしょうか?」
ほほう、お礼とな?
敬虔かつ無欲な修道女なら、ここは如何にもお淑やかにお気持ちだけ受け取っておくのが正しい振る舞いなのでしょう。
が、しかし。
自慢ではないですが、わたしは敬虔でもなければ無欲でもありません。
いえ本当に何の自慢にもなりませんけど、お礼を貰えるというなら貰っておきたいと考える不良修道女。もちろんお礼の内容次第ではありますが。
「ええと、マー君が無理そうなら全然いいんですけど、何か甘い物とか食べたいかなー、って。屋台の揚げ菓子……い、いえ、もしかして喫茶店でお茶とケーキとかでも大丈夫だったり? あ、ううん、無理そうなら全然いいんですけどっ」
「甘い物ですね! はい、支払いはお任せください!」
おっ、駄目元でも意外と言ってみるもんです。
それにしても、迷いなく奢りを快諾した点からするに、実はマー君てば良い家のお坊ちゃんだったりするのでしょうか。彼のお小遣い事情がどんなものかは分かりませんが、少なくとも多少の買い食い程度ではビクともしないお財布を持っているご様子。なんとも頼もしい限りです。
幸い、今日は時間にも余裕があります。
一応は買い物の途中ではありますが、あと三十分やそこらなら目当ての品がなかなか見つからなかったとか適当に言い訳すれば、修道院の皆さんから不審に思われることもないでしょう。
「ふふ」
情けは人の為ならず、とはよく言ったもの。
まさか他人のお財布でお茶をおシバきになる機会が得られようとは、いやはや人助けも捨てたものではありません。今後は二匹目や三匹目のドジョウを積極的に乱獲すべく、街でマー君を見かける度に親切の押し売りをしていくべきだろうか、と。
「あら、なんだか妙に道が混んでいるような?」
そんな愉快なプランを内心で練りながら、表面上は適当な世間話などしつつ二人して目的地の喫茶店目指してテクテク歩いていたのですけれど。
「何かあったんでしょうかね? 若い女の人がやけに集まってるような。雰囲気的に何かの事件とかって風ではないですけど……マー君は何か知ってます?」
「はい! 多分ですけど、ボクと同じ学校にいらっしゃる王子殿下が近くを通りかかったんだと思いますよ」
「王子様? それは、こう、一種の比喩表現というか……いわゆる学校のモテモテ男子が、いえ必ずしも男性とも限りませんけど、そういうポジションの人がそんなあだ名で呼ばれているとかですかね?」
「モテ……? いえ、それはよく分かりませんが、ボクと同じ学校に通っているのは紛れもなくこの国の王子殿下ですよ。この街では有名なお話だと思ってましたが、りっちゃんさんはご存知ありませんでしたか?」
ええ、まったくの初耳です。
世俗と離れた修道院暮らしと言えば聞こえは良いですけど、こういう形で世間のニュースに取り残されると幾らか寂しいものを感じますねぇ。
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