60.悪魔と変態とガール
かくして王様達と別行動となった我々は、未だ混乱収まらぬ王都の街中をコソコソと移動する流れとなりました。悪魔に憑りつかれた人間を元に戻すには、キーアイテムたる『本』が必須。幸い既に院長先生が弱らせていたのが何体かいたので、それがちゃんと元通りになるかどうか実験がてら確かめてみようという次第です。
「いやぁ、エリちゃんが一緒で助かりましたよ。わたしは一昨日王都に来たばかりで土地勘とか全然さっぱりですし」
「私は一応王都の出身なのですが、こちらに住んでいた子供の頃は自分の足で街を歩いて回るということがほとんどなかったもので。エリーさんがいてくれて良かったですわ」
「ふんっ、まったく私より年上のくせに頼りないんだから……ちょっと、なんでそんなニヤニヤしてるのよ?」
「ふふふ、お気になさらず。エリちゃんは可愛いですねぇ」
「は、はぁっ!? 意味分かんないんだけど!」
令和の日本ではベタすぎて逆に希少種となりつつあったクラシックなツンデレ仕草。こうして実物を目の当たりにすると微笑ましくて心がほっこりしますねぇ。
まあ、それはさておき地元民の土地勘は侮れません。
事件の発生当初に比べれば多少は落ち着いたとはいえ、逃げ惑う人々や倒壊した建物で道が塞がっている箇所はそこそこに見受けられます。また最重要の注意点として、まだ戦闘の意思と能力を維持している悪魔との遭遇は絶対に避けないといけないのですから。
当然ながら限界はあるにせよ、エリーちゃんには地元民ならではの勘働きで通れそうな道、ないしは悪魔が通らないであろう道を予測してもらいたいものです。
すでに敵の弱点は判明済みとはいえ、わたしとクーちゃんとエリーちゃんの三人組がその情報を有効に活用できるかといったら正直微妙なところでしょう。大聖堂にいた悪魔に痛打を与えることができたのも、事前にレイさんが弱らせていたという大前提があってこそ。積極的に倒そうとするなど論外で、運悪く遭遇してもワンチャンあるかも程度に考えておくのが現実的かつ無難な線かと思われます。
「ああ、そういえば。今更ですけどエリちゃんが大聖堂のすぐ外にいたのって、悪魔に憑りつかれたお友達を追いかけて来てたんですかね?」
「……うん、昨日は急に皆が変になって怖くて逃げちゃったけど。でも、放っておくわけにもいかないし。どうにか説得できないか一晩中探して、それで建物の中に入っていくところを見つけたから」
「説得は、まあ正直無謀だったんじゃないですかね? ていうか、逃げた時に『本』を確保しておいてくれたのがファインプレーでしたよ。当の悪魔達にコレを確保されてたら、もう本当にお友達の皆さんのことは諦めるしかなかったですし」
そもそも、元々の肉体の持ち主である少年少女の意識って今も残っているんでしょうか。先程エリーちゃんがレイさんの妨害をして逃走を促した時は素直に聞き入れたように見えましたけど、あの状況なら元々の人間だろうが悪魔だろうが同じように逃げて行ったと思われますし、根拠とするには些か弱そうに思えます。
どっちにしろ元が普通の一般人なら、強靭な精神力でもって肉体の主導権を奪い返す、とかは期待すべきではないでしょう。意識が残っていようがいまいが、結局やることに変わりはなさそうです。
「そうだ、エリちゃん。これは答えにくかったら言わないでもいいんだけど……」
「なに? 私にも責任はあるし何が解決に繋がるか分からないし、私に分かることなら出来るだけ答えるけど?」
「うんうん、頼もしい限りだね。じゃ、質問なんだけど……そのお友達の中に好きな子とかいる?」
「はぁっ!? な、なに聞いてんの!?」
いや、コソコソ隠れながら移動するのって結構ヒマだったので。なんかこう愛の力で人間の心を取り戻すかもとか適当こいたら、素直に喋ってくれないかなって。
「おっ、その反応はいると見た! ねえねえ、どんな子なの? ほら、出来るだけ答えるって言ってたし」
「言ったけど! それは完全に興味本位のやつでしょ!? ほら、えっとクー……さん? からも真面目にやるよう言ってくれない?」
「いいえ、エリーさん! 今は何が解決の役に立つか分かりませんもの。というわけで、内緒にしておくのでお姉さん達に恋のお話を聞かせていただけないでしょうか?」
「こっちもか! なに、修道女って皆こんななの!?」
まあ修道院の先輩方も皆さん恋バナ好きですし、実際こんなもんですよ。
うちの修道院は結構特殊みたいなので、よその皆さんはまた違うのかもしれませんけど……っと、危ない危ない。
「しっ、静かに! ほら、エリちゃんも声を小さくお願いしますよ」
「誰のせいで大声出したと……おっと」
わたし達が隠れていた路地のすぐ先を、大柄な悪魔が猛スピードで駆け抜けていくところでした。四つ足で走っていく様はまさに獣そのものです。直前で接近するのを察して声を潜めたのが幸いしたのか、我々に気付く様子もなくそのまま道路の先へと向かって行きましたが。
「あれは院長先生が弱らせたのとは別のヤツっぽいですね。進行方向はわたし達と同じみたいですけど」
だとしたら向かう先には仲間の悪魔を何体も半殺しにした院長先生と、その恐るべき老婆を止めるべく先行しているレイさんがいるはずです。このまま気にせず向かっても、到着する頃には実験材料となる半死体が一体増えているだけでしょう。
「今のは普通の、って言い方も変だけど。変態じゃないほうの普通の悪魔でいいんだよね、多分?」
「どうなのでしょう? 陛下が仰っていたお話だと、変態した悪魔は普通よりもずっと強いそうですが、見た目の違いについては触れられていませんでしたし」
なにしろ普通の悪魔ですら我々の手に負えそうな気は全くしないのです。ノーマルとは桁違いに強い変態悪魔なんて出てきたら、その時点で全滅を覚悟しないといけないでしょう。
まあ、それはそれとして。
「いわゆるサナギが蝶になる的なやつのほうだとは分かってるんですけど、これだけ変態変態言ってると悪魔というより変質者の集団を相手にしてるような気がしてきますねぇ」
「……まあ、思ったけど」
言葉のマジックと言うべきか。
偶然にも、この国の言葉と日本語でそのあたりの意味合いが被ってるんですよね。
だからといって特に何が変わるというわけではないですが……おおっと!
「二人とも今の見えた? 光の線がピカって」
進行方向上から我々の頭上を通過する形でビームが飛んできました。
十中八九、先程の悪魔とレイさんの戦闘によるものでしょう。
戦況によっては足手まといにならぬよう決着がつくまで隠れている必要もありそうでしたが、そっと物陰から覗いた限りではレイさんのすぐ前に悪魔が倒れて弱々しく痙攣している様子。どうやら今の一発だけで勝負は付いていたようです。
大聖堂にいた多腕型よりもタフネスで劣る個体だったのか、それとも先の一戦で悪魔相手の戦いにレイさんが慣れたおかげでしょうか。なんにせよ頼もしいことに違いありません。
距離があるせいか、レイさんはまだ我々に気付いていないようです。
そのままこちらに背を向けて歩き出そうとしています。
「レイさ……んん?」
一刻も早く合流して守ってもらうべく、わたし達は彼に声をかけつつ駆け寄ったのですけれど。戦闘の余波で発生した土埃やらビームに貫かれた悪魔から立ち上る煙やらで、視界がいくらか遮られていたせいでしょう。
普通に言葉を交わせるくらいの距離まで追いついて、そこでようやく我々は恐るべき事態が発生していることに気付きました。レイさん自身は気付いていないのか、それとも気付いた上で気にかけていないのでしょうか。
「ああ、貴女達か。院長殿とは既に接触してトドメを待ってもらっている」
「そ、そうですか。それは何よりですけど……あの、変なことを言うようですが、ちょっと後ろを向いてもらってもいいです? もしかしたら見間違いかもしれませんし」
「構わんが?」
わたしの声に素直に従って背中を見せるレイさん。目の錯覚で他の何かを見間違えたという可能性も考えてはいましたが、流石にもう自分を誤魔化すのも限界です。
勢いよく走って襲い掛かってきた先程の悪魔。
背後から猛スピードで迫るそれを、レイさんは咄嗟に迎撃しようと思ったのでしょう。振り返る間すら惜しんで最短最速の反撃を繰り出した判断は、たしかにその状況で取れる最良の選択だったのでしょうけど……だからといって、ねえ?
「ええと……ずいぶん斬新なファッションですね?」
「ああ、これか。咄嗟のことでな、止む無く尻から魔法を出したらこうなった」
そういえば前にマー君が言ってましたっけ。
その時は頼み込んで練習を止めるよう言ったとのことでしたが、どうやらレイさんは親友にも内緒で修練を重ねて、実戦で通用するレベルにまで技を磨き上げていたようです。
流石の悪魔も、まさかお尻からビームを撃つ人間がいるとは思っていなかったことでしょう。その絶技の代償としてズボンと下着は諸共に貫かれ、キュッと引き締まった臀部が天下に曝け出されておりますが。
ここまで耐えていましたが、隣りを見ればエリーちゃんもわたしと同じ気持ちの様子。クーちゃんはこの状況でも穏やかな笑みを浮かべて平常心を……あ、いや、違いますね。精神が状況を処理しきれなかったのか立ったまま失神してるみたいです。
というわけで、エリーちゃんとの二重奏になりますが。
さて、それでは元気よくいってみましょう。
「「へ、変態だーッッ!?」」
いやまさか、こういう方向の変態と遭遇するとは思ってませんでしたって。
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