57.魔の本とガール
ちょっと聞くタイミングが遅れた感はありますが、色々と事情を知っているらしい少女のお名前はエリーさんと仰るそうです。
わたしの当てずっぽうで既に大方の流れは分かっているわけですが、流石に何もかも事細かに把握できたわけではありません。
あの怪物達が元人間だというならば、正気を取り戻して元の姿に逆戻りさせる手があるかもしれませんし、仮にそれが無理だとしても弱点の一つも判明すれば儲けもの。このまま放っておいても院長先生が一人で全部やっつけてしまいそうな気もしますけど、なるべくなら穏便かつ平和的な解決を目指したいところです。
「というわけで、エリちゃん。なるべく不確かな憶測や解決に繋がらない感想は控えめに、なおかつ起きたことを具体的かつ明瞭に説明してくださいな」
「注文多くない!? ていうか、距離近くない!?」
ふふふ、なかなか良いツッコミをお持ちです。
きっと普段から仲間内でこういう役回りを担当していたのでしょう。
「まあ、できるだけ細かく思い出してみるけど……」
エリーちゃんも自分達の身に降りかかった災難を何もかも理解しているわけではないようですが、まず事の発端は昨日わたし達と出会った直後まで遡ります。
いつもの仲良しグループのボス、どこそこの下級貴族のお坊ちゃんだという少年が、わたし達が立ち去った後にいつも溜まり場にしているあの裏路地にやってきたのだそうで。そのボス君が持ってきたのが、さっきエリーちゃんが意味深そうに言っていた『本』だったのだとか。
「たしか、家の誰も気付かないうちに書庫の隅っこに置いてあったって言ってて……ほら、コレ」
「おや、現物を持ってきてたんですか」
人間を怪物に変える力を持った本を迂闊に持ち歩くというのは不用心に思えますが、お友達が『儀式』を行うのを見ていたエリーちゃん曰く、特定の手順を踏んで使用しない限りは恐らく問題ないとのこと。
「ほとんどのページは知らない言葉で書いてあって全然読めなかったけど、最後のほうのページに魔法陣が描いてあるでしょ? ここに手を当てながら横に書いてある呪文を唱えれば、普通の人でも魔法が使えるようになるんだって、ボスが……」
「へえ、それが本当なら凄いですけど」
この世界の魔法というのは、原則的に才能を持って生まれるかどうかで使用の可否が決まる特殊技能。わたしの身の回りでも使い手はレイさんくらいです。
その原則を曲げて才能の後付けが叶うというなら、それはまあ魅力を感じるのも無理はありません。特に普段からオカルト趣味に傾倒しているような子達にとっては、まさに垂涎のアイテムでしょう。結果を見れば分かる通り、そんな美味しいだけの話はなかったようですが。
「それで本当にボスが指先から火の玉を出してみせたから、皆で順番を決めて一人ずつ使ってみたんだけど……最初のほうに『本』を使った子がだんだん変な風になっていって」
「ははぁ、力を与えるのと人格や肉体がおかしくなるのにタイムラグがあるのが絶妙にイヤらしいですねぇ」
この子達が人並み以上に不用心だったのは否めないにせよ、そうやって目の前で仲間が魔法を使えるようになるのを見れば、大抵の人間は我も我もと考えてしまうでしょう。
そうして罠にかかった獲物が友人知人を巻き添えに儀式を行ったところで、遅効性の毒のように肉体や精神が変質する効果がジワジワ効き始めてくるという寸法ですか。エリーちゃんが無事だったのは順番決めで運良く最後に回されたおかげだったようです。
「ふむふむ、サイズ的には『本』ってより大きめの手帳ですね。ていうか、コレ……王様! 国王陛下はまだいらっしゃいます!?」
「陛下なら今から隊長が王城にお連れするところだが、どうした?」
「ああ、レイさん、それちょっとだけ待ってもらっていいですか? 事態の解決のために、古代語の解読とかも出来る天才と評判の王様の力をお借りしたく……」
「ふむ? 待っていろ」
いやはや、ビックリ。
怪しげな『本』をパラパラとめくってみれば、あちこちのページに日本語らしき書き込みがあるではないですか。この悪質トラップ本の筆者は、まず間違いなくわたしと同じ元日本人に違いありません。
ただし書き込みの内容からするに筆者が日本を離れたのは、わたしが生きていた令和や王様が日本にいた平成初期より更に古い昭和前半。もしかしたら大正や明治にまで遡るかもしれません。
これではエリーちゃん達が読めなかったのも当然でしょう。
というか、同じ日本語でもわたしのいた時代のそれとは少なからず言葉遣いが異なる上に、単純に達筆すぎて読めない箇所もチラホラと。ここは前世では大学で教鞭を執ってらしたという王様の学識に期待したいところです。
「王様、無理言ってすみません。どうも、この『本』が悪さをしたのが原因らしいんですけど」
「どれ、拝見します……なるほど」
幸いページをパラパラと一読しただけで、王様はこちらの言いたいことを分かっていただけたご様子。文字の解読にも苦労する素振りを見せず、ほとんど速読みたいな速度で『本』の内容を把握したようです。
「あの怪物の弱点とかって書いてありました? あと、できれば人間に戻す方法なんかも」
「ええ、ご安心ください。どちらもありましたよ。怪物に変じて正気を奪われている彼らの処遇についても、なるべく穏当に済ませるよう計らいましょう」
「だってさ。良かったね、エリちゃん」
「う、うん……えっ、この人、王様なの!?」
流石は最高権力者。
これで不運な少年少女が死刑になることは避けられそうです。
必要な情報が全部載っているマニュアルがいきなり手元に転がり込んでくるなど、その上で解読できる人がたまたま居合わせるなど少々ご都合主義が過ぎる気もしないではないですが、これもわたしの普段の行いが良かったおかげでしょう。これが他人事ならリアリティの欠如に対して批判の一つも口から出たかもしれませんけど、自分の人生に関してはご都合主義なんてあればあるほど良いですからね!
……などと、呑気に考えていたのですけれど。
「ううむ、なんと不憫な……」
「あの、王様? 解決が見えた割にはお顔が暗いみたいですけど」
せっかく厄介事を片付ける道筋が見えたというのに、王様は何やら険しい顔をしています。状況から察するに、『本』に書いてあった内容が原因と思われますが。
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