55.勇気と度胸のガール
くっくっく、あの腕がいっぱい生えてる奴など敵の中でも一番の小物。
なんかこう、王都の壊滅とか企んでそうな連中の面汚しよ!
……なのかどうか実際のところは分かりませんが、少なくともサイズ的な意味では小物で間違いようです。修理代が恐ろしく高くつくであろう大聖堂横にできた大穴から外の景色を眺めてみれば、そこらの家を軽く見下ろすような大きさの黒ローブ達が元気に暴れ回っているではありませんか。
「……さて。それじゃあ長居してご迷惑になってもいけませんし、わたし達はぼちぼち修道院に帰るとしましょうか?」
「こらっ、バカなこと言ってんじゃあないよ!」
「痛ぁっ!? 院長先生ってば、いきなり殴らないで下さいよ! 場の空気を和ませるための小粋なジョークじゃないですか」
まあ少しくらいはボケた流れで王都を脱出できないかという期待もありましたが、流石にこの状況で自分だけ逃げるのは気が引けます。そもそも街中から聞こえてくる悲鳴や建物の破砕音からして、平時のように馬車や徒歩で移動するのも決して簡単ではないでしょう。
恐らくですが、倒壊した建物で道が塞がっていたりパニックに陥った群衆が通りを埋め尽くしたり、そういった状況があちこちで同時多発的に発生しているのではないでしょうか。
「別にアンタらに率先して戦えとまでは言わないけどね、避難誘導とか怪我人の治療とか、出来ることを探してやるくらいはしたらどうなんだい?」
「なるほど、それくらいならどうにか……ちなみに院長先生、アレと戦って勝てそうですかね? ていうか、アレって魔物なんですか?」
「さあねぇ。心当たりがないこともないけど、ゆっくり考えるのは全員ブチのめしてからのほうが良さそうだっ」
そう言うや否や、院長先生は凄まじい脚力で跳躍。
あちこちの建物の屋根を足場にピョンピョン跳んで、あっという間に巨大黒ローブ達との間合いを詰めて……うわ、すごい。残像で何人にも増えて見えるような速度で殴って蹴って、敵の巨体を何十メートルも吹き飛ばしてますよ。
殴り飛ばした方向によっては不運な一般人が押し潰されてしまいかねませんが、うちの上司はそのあたりも計算してか、どこかの貴族家のお庭だとか、お城のすぐ近くにある練兵場だとか、巻き添えが出ないか極力少なくなるであろう場所に落ちるよう威力を調整している様子。正直、謎の怪物よりも院長先生のほうが怪物的ですらありますね。
「おっと、のんびり観戦してる場合じゃなかった」
このまま院長先生が怪物達を一人でシバき上げるのをポップコーン片手に観賞していたい気持ちはありますが、いくらバケモノ以上にバケモノめいた女傑と言えど一度に全部を相手にできるわけではないでしょう。
今現在も逃げ惑っている人々は多々いるはずですし、怪我をしている方がいれば追い打ちでグーパン入れる必要もあるかもしれません。自分で言っていて混乱しそうな字面ではありますが、なにしろ治すためには一定以上の威力で拳や掌底を叩き込むしかないので仕方がありません。
一応はこの毒手モドキって限られた人しか知らない秘匿技術だったはずですが、他ならぬ院長先生がああ言った以上は使って文句を言われる筋合いもないでしょう。
「りっちゃんさん、ご無事ですか?」
「ええ、ご無事ご無事。クーちゃんもお元気そうで何よりです」
このあたりで二階で別れたクーちゃんとも合流。一緒にいた意識高そうな若手エリートの皆さんも、その後ろから追いかけてきたようです。
わたしと同じ毒手モドキが使えるクーちゃんが来てくれたのは素直にありがたい。後者の面々に関しても、避難誘導だとか包帯や薬品を使用した一般的な治療だとかで頼らせてもらうくらいしてもバチは当たらないでしょう。きっとあちこちで怪我人が出ているでしょうし、手はいくらあっても足りません。
……手?
なんでしょう、何やら視界の中に違和感があったような。
そういえば、砕けた壁の破片と一緒にダウンしていた小物の黒ずくめさんはどちらでしょう。背骨と内臓がグチャグチャに破壊されるダメージを負っていたそうですし、あの院長先生がその手の見立てを誤るとも思えません。
ですが、ちょっと目を離した隙に無駄に手が多い怪人は、影も形も残さず姿を消しています。前世の電子ゲームのモンスターの如く、倒されたら死体を残さず虚空に消えてしまったとでも言うのでしょうか。それなら都合よくお金やドロップアイテムなど残していくのが作法だと思うのですが、と。
そのあたりまで考えたところで謎の答えは明らかになりました。
『……RRRrrr……Wuuuu……』
無駄に腕が多い怪人は、無駄に回復力まで高かったようです。
苦しげな声を漏らしているあたり完治とはいかずとも、自力で瓦礫から這い出して逃げ出せるくらいにまでダメージが減じているのでしょう。よくよく見れば、先程レイさんによって切り落とされる寸前までいった両腕も元通り。それでそのまま何もせず遠くに逃げてくれたら、別にわたし達だって追いかけようとまでは思わなかったのでしょうが。
「ひっ!? だ、誰か!」
『……KKKIII……LLLL……』
いったい大聖堂の敷地内で何をしていたのか分かりませんが、タイミング悪く怪人が逃げた先には腰を抜かしてへたり込んだ一般人らしき少女の姿が。まあ心の準備もなしに異形の怪人と鉢合わせたら、それくらい驚くのも無理はありません。
「ちょっ、レイさんこっちこっち!? 早く来て、大至急!」
慌てて戦える人を呼んだはいいものの、流石のレイさんもあれほどの重傷を負った敵がこの短時間で動けるようになるとは思っていなかったのでしょう。父親である警護隊長さんや王様と一緒に王城まで移動する手筈について話し合っていたようです。果たして、駆けつけるまでに何秒かかるか。
「させませんわ! えいっ」
が、ここでクーちゃんが意外に勇ましい対応をしてくれました。
可愛らしい掛け声と共に落ちていた石を怪物の背中に投擲。
とても有効打を与えたようには見えませんが、それでも僅かに意識を逸らすことには成功したのか、黒ローブは正面の少女を無視して背後を振り向こうとしています。
これで何秒かは稼げたはず。
ですが、なにしろ相手は無駄に腕の多い珍生物。
その気になれば前後同時に攻撃を繰り出す程度は造作もないでしょう。まったく、一番の小物のクセに生意気な……いえ、それはわたしが勝手に言っているだけなんですが。
「ああもうっ、こうなりゃヤケです!」
親友が勇気を見せたのに、わたしが何もしないわけにもいきません。
辛うじて動ける程度に回復したとはいえ、黒ローブの動きはさっきまでより明らかに鈍っていますし、攻撃を喰らっても即死したりはしないでしょう。多分。きっと。恐らくは。
それで何秒かでも時間を稼いだらレイさんが間に合って今度こそ倒してくれるでしょうし、わたしの怪我については自力で治すか、それが無理そうならクーちゃんに任せる方向で……よし、女は度胸!
「おりゃぁあ!」
わたしは今まさに振りかぶった腕を振り下ろさんとする怪人の懐に自ら飛び込むと、その顔面の仮面に向けて渾身の全力パンチを叩き込んだのでありました。
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