50.実は聖女だったガール
そんなこんなで、やって来ました大聖堂。
広大な王都の中でもお城に次ぐ巨大建築だけあって、昨日までも遠目にチラチラ目に映ってはいましたが、実際すぐ近くで見てみると思っていた以上に大きく感じられます。
大聖堂は地上四階の大理石造り。
普段暮らしている修道院は二階建てなので単純な階数だけなら二倍の差ですが、そもそものワンフロアごとの天井の高さが違うのに加え、横幅と奥行きは軽く三倍ほども違うでしょう。体感的には修道院の十倍以上に感じられます。
「流石は都会の聖堂ですねぇ。お掃除はメチャクチャ大変そうですけど」
こんな規模の建物を真っ白に磨き上げるのは並大抵の労力ではないでしょう。
本日は大事な建国祭の式典ですし、もしかすると普段はもうちょっと手を抜いているのかもしれませんが、外壁の清掃だけでも何日かかるか分かったものではありません。なんともご苦労なことですね。
「ところで、院長先生。これって勝手に入っちゃっていいんですかね?」
毎年来て慣れている院長先生はまだしも、今回が初めてのわたしが一人で歩き回ったら迷子になってしまいそうです。ああ、でも地元民かつ修道女になるほど信仰に篤いクーちゃんなら、もしかすると一度ならず来たことがあるのかも?
いざという時は自助努力を潔く放棄して道案内を頼もうかなぁ、なんて心配は幸い杞憂に終わったわけですが。
「まあまあ、お待ちよ。いつもなら、そろそろ出迎えが来る頃だから……っと、噂をすればだね」
「やあやあ、大聖女様。お待たせして申し訳ありません!」
大聖堂の真正面にある大扉のすぐ横、通用口らしき小さなドアを開けて出てきたのは、見るからに柔和そうな神官服のお爺さん。院長先生の言と併せて考えるに、この方が大聖堂側の出迎え役ということなのでしょうか。
直前まで小走りで来ていたのか、汗をかいて息を荒げています。
こんな雑用をさせられるということは、失礼ながらお年の割に組織内での立場は低めなのかもしれません。いやはや、下っ端はお互い苦労しますなぁ……なんて、無礼にも程がある的外れな推測を口にしなくて本当に良かったです。
「おおっ、そちらのお若い方々が新たな聖女様方ですな! 不肖、拙僧はこの聖堂の差配を国王陛下より任されておりまする――――」
王様から大聖堂の差配を任されている。
それはつまり、この施設の最高責任者ということで。
このお爺さん、実はかなりのお偉いさん側なのでしょう。
腰の低さに油断して失礼なことを言わなくて命拾いしました。
「おや、そちらの茶色い髪の聖女様は前にお見掛けした覚えがありますな。たしか信仰の道に進まれたと何かの折にお父君から伺った覚えがありましたが、なるほど、大聖女様の下で修行を積まれておられましたか」
「ええ、神官長さま。どうも、ご無沙汰しております。未だ至らぬ身ではありますが、本日は精一杯努めさせて頂きますわ」
やはりクーちゃんはお爺さんと、すなわち神官長さんと面識があったようです。
彼女が王都にいた十二歳頃と比べたら相当に綺麗になっていると思うのですが、それでも小さな頃からの知り合いには何となく分かるものなのでしょう。
続いて神官長さんは、わたしのほうに目を向けて……。
「もう一人の聖女様はお初にお目にかかります。大聖女様の供を許されるということは、貴女もさぞや篤い信心をお持ちなのでしょうね」
……聖女?
はて、誰のことでしょう?
院長先生が大聖女……は、前にマー君が言っていたので分かります。
クーちゃんが聖女呼びされるのも、彼女の雰囲気にはピッタリです。
でも、他に篤い信仰心を持った聖女なんて大層な人物がどちらにいらっしゃるのか。疑問に思って左右をキョロキョロ見渡していると、
「こらっ、呼ばれたらちゃんと返事をおし!」
「あ痛ぁっ!? いきなり何するんですか、院長先生!」
なんか急に院長先生にゲンコツを落とされました。
いや、それは慣れたものですが何か変なことを言われたような?
「ん? ええと……いや、自分でも己惚れが過ぎるというか分不相応だとは思うんですけど、もしかして聖女ってわたしのことだったり?」
「だから、そう言っているだろうに。くっくっく、他人事のうちはともかく自分が呼ばれたらこっ恥ずかしくて仕方ないだろう?」
「ですね!? いやいや、わたしが聖女とか畏れ多いにも程があると申しますか……っ」
「それは諦めな。どいつもこいつも何がそんなに面白いんだか、例の御業を修めた奴を聖女呼ばわりしたがるんだから困ったもんさね」
そういえば前に何かの折に聞いたような覚えはありました。
あの毒手モドキを修めた修道女イコール聖女。より正確には毒手モドキの存在を知っている国や宗教関係のお偉方が、技の使い手を自主的にそう呼んでいる、と。まあ実際にあの異常な回復力を目の当たりにした経験があれば、そこに何らかの神秘性を見出すのは自然なことなのかもしれません。
で、一応わたしは一人前の許しを貰っている身なわけでして。
だから神官長さんや他の方々から聖女扱いされる条件を満たしているのでしょう。
なるほど、その呼称の理由については納得できました。
とはいえ、修道院に入って四年も経つのに未だに真っ当な信仰心が芽生えてすらいない自分がそんな大層な呼ばれ方をするのは畏れ多いというか、あと単純に恥ずかしいというか……。
「はっはっは、お若い聖女様は謙虚でいらっしゃる。修行の詳細はそちらの修道院の秘伝ゆえ拙僧も詳しくは存じませんが、並々ならぬ信心なくば到底耐えきれぬ荒行を課されてらっしゃるとお聞きしております」
「それは、まあ、大変といえば大変ですけど……」
痛いし疲れるし、毒手の修行は確かに楽ではないですけど。
信仰心ではなく堂々とタダ飯を食べ続ける為だけにやってただけなんですよ。
真っ正直にそのあたりの動機を言うわけにもいきませんが。
あの傍若無人という言葉に足が生えて歩き出したかの如き院長先生ですら甘んじて受け入れている以上、聖女呼びを避ける術は本当にないのでしょう。これが悪意的な揶揄や皮肉ならまだしも、言っている側の皆さんは本当に敬意からそう呼んでいるようですし。
「聖女……わたしは聖女……似合わなすぎる」
あまりにも分不相応。
実害があるわけではないとはいえ、今後誰かにそう呼ばれるたびに地味な精神的ダメージがジワジワ入りそうで早くもゲンナリした気分になるのでありました。
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