42.お出かけするガール
予想外のアクシデントで少しばかり取り分が減りはしたものの、たっぷりご用意いただいていたお昼ご飯は米粒の一つも残さず綺麗に完食。こんなにも満足感のある食事など、前世含めても間違いなく初めての経験でした。
「わたし、ここのお家の子になるぅ……」
「これは素直に喜んでいいんでしょうかね? なんだか、ボクが望んでいる形とはニュアンスが違うような。りっちゃんさんがボクの姉上か妹になるのも、それはそれで楽しそうではありますけど」
ついこんな妄言を口にしてしまったりもしましたが……ああ、そっか。
マー君とのあれやこれやが順調に推移したならば、わたしってば本当にここの家の子になるんでしたっけ。こういう子供っぽい駄々が現実味を帯びてくるパターンって実際にあるものなんですねぇ。
「ははは、喜んでいただけたようで何よりです。夜にはさっきのと同じ鯛を天ぷらと鯛めしにするので、なるべくお腹を空かせてきてくださいね」
「天ぷら! 鯛めし!」
王様も公務の合間に食事の支度をするのは大変でしょうが、ここで遠慮するという選択肢はあり得ません。和食以外の絢爛豪華なお城ご飯も食べてみたくはありますが、それについては明日以降にも機会はあるはずです。
さっきまで散々食べた後ではありますが、そうなってくると夜までに少しでもお腹を空かせて、より美味しくディナーを頂くよう備えるのが食べる側の礼儀というもの。ここはなるべく長く歩き回れるような時間の使い方を考えるべきでしょうか。
「院長先生は一人でさっさと王都の飲み友達に会いに行っちゃったけど、たしか建国祭の式典っていうのは明後日だよね? じゃあ、今日の午後と明日いっぱいは自由に遊べるってことでいいのかな?」
「ええ、私はもう少し待ってから、実家のほうに顔を出そうと思ってますわ。さっきお城の方にお願いして、王都に戻っている旨を記した手紙を届けてもらいましたの」
ふむふむ、まずクーちゃんは実家に帰省と。
そのあたり行き当たりばったりでも問題なかったわたしと違い、家族相手でもアポ取りが必要とはお嬢様も大変です。彼女やご家族が問題ないようなら、お友達の家に遊びに行くという選択もアリでしょうか?
「私としても、りっちゃんさんをご招待したのは山々なのですが……」
「あ、ううん。まだ親御さんの都合も分からないわけだし、無理そうなら全然気にしないでいいから」
「いえ、そうではなく! せっかくの王都なのですもの。りっちゃんさんとマー君さま、お二人の逢瀬には絶好の機会ではないですか。その邪魔をするような野暮はいたしませんわ」
「いや、逢瀬て……」
つまり、クーちゃん的にはわたしとマー君を二人きりでお出かけさせたいのでしょう。いえ、こちらとしても全然イヤではありませんし、王都観光は純粋に楽しみでもあるのですが。
「普段の街だと本物の王子様を見たことある人が全然いないから気軽に出歩けてるけど、王都だとレイさんの影武者作戦が通じない人もいそうじゃない? そのあたりの安全面とか大丈夫なのかなって」
「大丈夫だと思いますよ? ほら、ボクってば王子の癖にほとんど人前に出てませんでしたから。今みたいに士官学校の制服を着てる限りは、ほとんど気に留める人もいないんじゃないかなって」
なるほど、そういうものですか。
その顔の売れてなさ自体が今後克服すべき課題のような気もしますが、メリットとデメリットは表裏一体。有効に使えるうちは使って悪いということもないでしょう。
「あとは、ほら、いつもみたいに警護隊の人間が民間の方に扮してガードしてくれるとは思いますし」
「いつもみたいに? え……もしかして、いつもの街でも護衛の人が近くにいたりしたんです?」
「ええ。流石に建物の中だとか学校関係の活動中は、完璧に貼り付くのは難しいみたいですけど。ほら、いつかの魔物騒ぎの時とか」
……全然気付かなかった。
いや素人に尾行を悟られるようでは、お話にならないんでしょうけど。
あの子煩悩の王様がマー君を遠く離れた街に送り出すにあたり、それなりの安全対策は打って当然。今度いつもの街で彼と出歩く時は、もう少し注意して周りを見てみようかな。
「途中ちょっと話が逸れた感はあるけど、マー君と二人で王都観光をするってことでいいのかな?」
「ええ、りっちゃんさんさえ問題ないようなら是非」
厳密には近くに護衛の誰かしらがいるらしいので、真に二人きりかは怪しいものがありますが、つまりはデート……でいいんでしょうか?
「行きたい場所のリクエストはありますか? とは言っても、地元なのにボクも王都の土地勘というのはあまりないんですけど」
「そうだねぇ、色々あるけど最初は……あ、服屋! 新しい服が欲しいです!」
「服ですか? もしご希望なら、城に職人さんを呼んで仕立ててもらったりもできますけど」
「ううん、そういうオーダーメイドとかじゃなくて、パッと買えてすぐ着られる既製品のほうが都合が良さそうかなって」
オーダーメイドのドレスに興味がないわけじゃありませんけど、この後で遊び回るつもりなら何はなくとも普通の服を手に入れなくてはなりません。というのもですね、実は……。
「ほら、修道服を着たまま遊び回るというのは体裁があんまり宜しくないでしょ? 悪目立ちしそうっていうか。じゃあ普通の服に着替えれば済む話なんだけど、実はわたし修道服と寝間着以外の私服っていうのを全然持ってなくてですね……いや、物の例えとかじゃなくて本当に一着もないんだよね」
一応、修道院に帰れば当初あそこに来た十二歳頃の服は取ってありますけど、今着るのはサイズ的に無理でしょう。そもそも王都まで持ってきていませんし。修道服なら同じデザインのが何着かあるんですが、それを着たままでは気兼ねなく買い食いや娯楽を楽しめそうにありません。
いつもの街では修道服のまま思いっ切り道端で飲み食いしていますが、それはそれ。あの辺の食べ物屋さんに買い食いの常連としてすっかり顔を覚えられ、もはや外面を取り繕う意味すらなくなったがゆえの特殊判定です。
あとは単純に、地方のお店より品揃えが充実しているであろう都会の服屋さんを覗いてみたくもありますし。普段から頻繁にマー君を引っ叩いて得たお金で……というと少年からカツアゲしたみたいですが、院長先生からたまに治療代の取り分として渡されているお金で軍資金は十分。
王都の物価はイマイチ分かりませんが、服の一着や二着くらいならビクともしないくらいの額があるはずです。まあ多分。きっと。恐らくは。最悪、マー君に借金する形になるかもしれませんが。
「りっちゃんさん、デート楽しみですね!」
「あ、うん……その、お手柔らかに」
マー君と二人で出歩くのなんて普段からよくやっているはずが、場所が違うだけで奇妙な新鮮味があるのは正直否定しづらいところ。ともあれ、ちょっとの不安と大きな期待を胸に秘め、わたし達は王都の街へと歩み出したのでありました。
※この作品が面白いと思ったらブックマーク登録やポイント評価をお願いします。




