36.王都に来たガール
口は禍の元とはよく言ったもの。
ちょっとした好奇心でお城暮らしとは如何なるものかと尋ねたら、そこから先は馬車内での臨時勉強会が始まってしまいました。ちなみに生徒はわたし一人、先生はマー君とレイさんとクーちゃんの三人がかりという手厚いにも程がある体制です。
「うー……あー……」
「大変ですわ!? りっちゃんさんが『あー』とか『うー』しか喋れないゾンビめいたお身体に!?」
「どうせ車内で他にやることもないからと、一気に詰め込みすぎましたかね? りっちゃんさん、どうか気を確かに!」
準備も何もなしに急遽始まった都合上、テキストや参考資料の類は一切なかったのでわたしへの教育は全て口頭で。他の皆が言うのを真似して怪しげな呪文にしか思えないどこぞの外国語の文章を唱え上げ、前世知識が完全に役立たず確定なこの世界の歴史上の出来事および年号を暗記して、筆記用具もなしに暗算で計算問題を解かされる、等々。
それを馬車の移動中ずっと休みなく続けていたせいか、途中から段々と正気と記憶が曖昧になってきたのを漠然と覚えています。前世の大学受験でも、ここまでの無茶な詰め込みはしていませんでした。
この三人の教師達にしてみれば、これでも今回のカリキュラムは事前の用意も何もない不十分なものだったようですし。今後、本格的なお勉強が始まってしまったら、いよいよ脳ミソがパンクして本当にゾンビになってしまうかもしれません。わたしはまだ見たことないですけど、この世界はたまに本当に死体が歩き出したりするらしいんですよね。
「……はっ!? おや、わたしは何を?」
「良かった、正気を取り戻したみたいですわ!」
曖昧だった意識がハッキリしたのは勉強会を始めてから……多分、三日後くらいかな?
一応、道中ではこれまでと同じく街道沿いの街や村の宿に泊まったはずなのですが、夢も見ないほど熟睡していたせいかイマイチ自信を持って言い切れません。
ついでに言うと、あれだけ勉強に時間を費やしておきながら、今現在のわたしにはその記憶もほとんど残っていません。皆に協力を仰いでいる立場からすると申し訳ない気持ちもあるのですけれど、やはり人間には人それぞれに適した学習ペースというものがあると思うのです。無理はいけない、無理は続かない……適度に自分を許すのが長続きのコツだと、どこかで地下暮らしをなさっている方々が話しているのを小耳に挟んだ覚えもあります。
「ええと? あれ? なんだか実家を出た後の記憶が朧げなんだけど……つかぬことを伺いますが、今はいつで、ここはどこ?」
まさか記憶喪失者かタイムトラベラーしか言わないようなセリフを言う日が来るとは思いませんでした。いえ、実際に記憶が飛んでいるので記憶喪失ではあるのかな。
「今はりっちゃんさんの地元を発ってから三日目の午前中で、場所はもう王都のすぐ手前です。ほら、窓からもよく見えますよ」
「おおっ、都会だ! すごい!」
マー君に促されて馬車の側面についているガラス窓を開けると、そこには高い外壁に囲まれた王都の姿がありました。いやまあ前世で見た渋谷や新宿の高層ビル群と比べたら単純なスケール感では幾らか見劣りするにせよ、今生で見た中だと間違いなく一番栄えている大都会でしょう。
普段暮らしている修道院近くの街も地元に比べたら賑やかですが、流石にこの国の首都とは比較にもなりません。王都の地形は真ん中のお城を中心かつ頂点として、外周に行くにつれ緩やかに下っていく円錐形。そのせいか外壁越しにも都市の上半分くらいは見て取れます。
「あらあら、懐かしい。私の実家の屋根がちょっぴり見えましたわ」
「へえ、クーちゃんのご実家ね。どのあたりなの?」
「ええと、あの、指差している先のあたりに」
うんうん、なるほどね?
この子が指差してるの、ほぼほぼ王城のすぐ隣とかその辺ですね。
都市構造上、より高くてお城に近いほど偉かったりお金を持ってる人が暮らしていると思われますが、クーちゃんってばどんなレベルのお嬢様なんでしょう。それが好きこのんで遠く離れた修道院で下っ端生活をして、ド庶民のわたしと仲良くなっているのだから、運命とは分からないものです。いや、それを言うなら隣どころかお城そのものが実家な子もいるんですけど。
えっ、わたしこれからあのお城まで行かなきゃいけないんです?
勉強漬けで記憶が飛んだせいで意識せずに済んでいましたが、呼び出した主がいる場所が近付いてくると、忘れていたプレッシャーが現実感を増して襲いかかってくるようでして。
「ええっと、じゃあ、これから三日くらい王都を観光して回って、それから直帰ってスケジュールでよかったんだっけ?」
「ははは、それは流石によろしくないですねぇ。ボクも久々の王都を懐かしむ気持ちはありますけど、その前にやるべきことを済ませたほうが気兼ねなく楽しめると思いますよ?」
「だよねぇ……」
駄目元で王様の呼び出しをブッチできないか聞いてみましたが、わたしに甘いマー君もそればかりは言うことを聞いてくれないようです。
我々が乗った馬車は周囲の他の旅人さん達のような審査や積み荷のチェックもなしで外壁前を通り抜けて、そのまま王都の大通りを真っすぐ直進。窓から見た限り街中には面白そうなお店屋さんや娯楽の類も多々あったようですが、この後のことを思うと無邪気にはしゃいでもいられません。
そうして王都の道を馬車で進むこと、およそ三十分近く。
わたしは、生まれて初めてお城の敷地内へと足を踏み入れたのでした。
※この作品が面白いと思ったらブックマーク登録やポイント評価をお願いします。




