35.お勉強をするガール
「む、私の……いや、俺のことか?」
王子の影武者としてではなく一個人としてのレイさんに対する質問だからか、彼の一人称が『私』から『俺』へと切り替わりました。察するに、後者が彼の素なのでしょう。そういう人称の使い分けで、意識的に仕事モードとプライベートを分けているのかもしれませんね。
「ええ、そうですそうです。普段は王子様のフリをしてるせいもあって気軽に聞くわけにもいきませんでしたけど。この際だから、そのあたりも聞いておきたいかな~……なんて。ああ、無理そうなら全然いいんですけど」
「いや、構わない。俺は代々王族の警護役を務めてきた一族の出で、年が同じだったのもあって現王陛下から父にマークの遊び相手になって欲しいと頼まれたらしい。まあ、流石に俺も当時はそのあたりの事情など知らずに、単に物心つく前からの友人として遊んでいただけだったが」
それでお互い赤ちゃんの頃からお城に出入りして仲良く遊んでいたと。なるほど、それなら影武者としては不思議なほどに親しそうな様子にも納得がいきました。
「レイさんも今は学生半分、お仕事半分みたいな感じですけど、将来はその警護役? 代々のお仕事を継ぐつもりなんですか?」
「ああ、そう望んでいる」
いわゆる要人の専属ボディーガードみたいなものでしょうか。
まあ実際その理解でも完全に間違ってはいないようなのですけれど。
「聞いた感じ、普通のお城勤めの兵隊さんとは違うんですかね?」
「そうだな。細かな違いは色々あるが、一番大事な仕事は王族の代わりに死ぬことだな」
「え」
「その仕事を果たせずにマークが殺されかけた時は、当時の警護隊長だった祖父が責任を取って大変なことになった」
「いや、その、言い難いことだったら別に……」
マー君本人が明るい性格なのもあって普段は意識せずに済んでいますが、そういえば彼も大変な経験をしてきたんでした。幸い助かったとはいえ、みすみす王子を殺されかけたとあっては、それも累計で三度ともなれば警護役の責任問題の一つや二つは出て当然でしょう。
今もこうしてレイさんが影武者をやっているわけですし、一族郎党全員が責任を取らされてハラキリとかではないとは思うのですけれども。
「ああ、いや。別に責任を取って自害とかはしていない。ただ、事件の主犯と思しき王族および毒薬の入手に関わった貴族や裏社会の連中を、まだ証拠もない段階で老若男女の区別もなく片っ端から半殺しにして回ったらしい。殺気を感じたからとかの理由で。全部で二十人くらいか? その全員がたまたま本当に犯行に関わっていたから祖父のやらかしは有耶無耶になったみたいだが」
「責任の取り方がバイオレンスすぎますね……」
もちろん悪いのは暗殺なんて企んだ人達なんですけど、そんな通り魔みたいな形で報復されたのだけは少しだけ同情します。殺気を頼りに的中率100%の犯人当てをしてくるとか、しかも反論すら許されず暴力で即制圧しにくるとか反則にもほどがあるでしょう。真面目に推理をしてる世の名探偵が泣きますよ。
「話が逸れたな。まあ、そんな理由で俺はマークと仲が良い。あと王族の生活ぶりについてもそれなりに知っている。聞きたいことがあれば教えよう」
「あ、どうも」
そういえば、そんなお話でしたっけ。
漠然としたイメージだけで王族の生活というものに不安を抱いていましたが、そんなのはオバケを怖がる子供と変わりません。まあ具体的な情報を知ったことで、いよいよ不安の輪郭がハッキリしてくる可能性もないわけじゃあないですけど、それならそれで一応の進歩ではあるはずです。
「無論、王族といっても個々の性格や立場もある。貴女の場合は嫁ぐ前の実家の貴族家が属する派閥の影響力だとか面倒臭いことを考えずに済む分だけ、いくらかは気楽だとは思うが」
お貴族様の派閥とか、やっぱり実際にあるものなんですねぇ。
自分の実家が属する側が有利になるよう働きかけたり、逆にパワーバランスが過度に崩れて世情に影響が出過ぎないよう利害関係を調整したり。なにしろ王様に直接進言できる立場になるわけですし、色々な口利きを求められることだってあるでしょう。
「その理解で概ね合っている。とはいえ、現王陛下がそういった派閥間の争い事を好まれないのでな。もちろん完全にゼロというわけではないが、陛下の目の届く城内にいる限りは貴族達も穏やかなものだ。貴女がマークと一緒になっても、下手に欲を掻いて派閥争いに口を出そうなどと思わぬ限りは、そういった話題に巻き込まれる恐れはないだろう」
よく分かんないけど、ナイス王様!
いやぁ、流石はマー君のお父さんなことだけはありますわ。
要するに、下手に自分から何かしようとしなければ良いってだけですし、なんだかやっていけそうな自信が付いてきたような?
「それで王族の生活についてだったな? ふむ……当然ながら、一言で王族といっても色々ある。貴女がマークとの仲を陛下に認められたという前提で考えるなら、まあ、当面は部屋にこもって勉強漬けの日々になるだろうな」
「お、お勉強ですか……?」
「ああ。修道院でも色々と教わってはいるのだろうが、城の生活で必要な内容とは少なからず食い違うだろう。代表的なところだと礼儀作法や語学あたりは基本として、我が国はもちろん交流のある各国の歴史や現在の社会情勢、舞踏や算術に古典、詩歌や美術の知識もあるに越したことはない。まあ内容ごとの向き不向きもあるにせよ、二年ほども学べば最低限の体裁は整えられるようになるだろう」
「め、めちゃくちゃ大変じゃないですか!?」
「そうだな。頑張れ」
いや、頑張れって
シレっと言いやがりましたよ、この男。
そこは普通、一見大変そうだけど実は簡単って流れになるべきだと思うんですけど。
「というか、マー君は今言ってたの全部できるの?」
「身体が弱かった時は勉強に費やす時間だけは沢山ありましたし、まあ一応は。本を読んで自習する以外にも、色んな分野の先生方に私室までご足労願ったりしてまして。正直、舞踏はまだ苦手意識がありますけど、それも学業の合間にレイに練習を見てもらってます」
ちょっぴりおバカなワンコだと思っていたら、実はインテリ少年だったんですか、そうですか。一気に自信がなくなってきましたけど、まあ別に今すぐ全部できないといけないわけではないですし。
「安心してください! 王都から帰ったら、全部ボクがりっちゃんさんに教えますから。いわゆる、お勉強デートというやつですね!」
……まあ、なるべく無理のない範囲で頑張る方向で。
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