32.お姉ちゃんなガール
「ここは全然変わってませんねぇ」
十二歳の時に修道院に入ってから、実に四年ぶりとなる帰郷です。
ちょっと道を歩くだけで懐かしい思い出が次から次へと蘇り、自分で考えていたよりずっと多くの思い入れがあったのだなぁと不思議な感慨に浸る気持ちもあるのですが……まあ、それはそれとして。
「こんにちは、お肉屋のおばさん! どうも、ご無沙汰しています」
「んん? ええと……あらま、もしかしてりっちゃんかい!? いやぁ、すっかり見違えたよ! ところで、隣りの男の子はもしかしてイイ人だったりするのかい?」
「ええと、ご想像にお任せします……」
まだ実家に辿り着く前から見知った顔に挨拶をするのは良いとして、彼ら彼女らとしては小さい頃から知っている子と一緒にいる相手が自然と気になってしまうのでしょう。
「はじめまして、マークといいます! 彼女とは普段から仲良くさせていただいてまして……残念ながら、今はまだお友達でしかないんですけど」
「あらま、気になる風に言ってくれるじゃないの!」
「ちょっ、マー君!? 変な匂わせ禁止!」
ああもう、恥ずかしい。
彼も考え無しに正体を明かす気はないにせよ、わたしへの感情までをも隠すつもりはないようです。こうやって地元の知り合いの好感度を稼いで、外堀を埋める作戦でしょうか。
「うん、礼儀正しくて気に入った! ただ、りっちゃんを任せるにはチト線が細いね。コレ売り物で悪いけど、たんと食べて大きくなりな!」
「い、いや、悪いですよ!? ちゃんとお金払いますから!」
「いいのいいの。ほら、行った行った!」
いったい何がそんなに面白いのか、あちこちの店屋でソーセージやらパンや野菜やら押し付けられて、ようやく実家の前まで着いた時には二人とも大荷物を抱えて、すっかり両手が塞がってしまいました。
ちなみに他の方々は、町の宿に留まっていただいてます。
表向きは王子様ということになっているレイさんが迂闊に出歩いたら町中が大騒ぎになってしまいますし、あまりにも美人すぎるクーちゃんもまた同様。
院長先生だけなら問題ないかもしれませんが、以前から修道院で作っていた再現料理の出どころということにしている母と会わせて要らぬ詮索を招かぬよう、町に到着する前から強いお酒をカパカパ飲ませて酔い潰れておいてもらいました。
クーちゃんだけは残念がっていましたが、急なお客様が多くなりすぎても迷惑だろうとの配慮ゆえか、あるいはわたしとマー君との関係に水を差すことを厭ったのか、いずれにせよ今頃は宿で大人しくお留守番をしていることでしょう。
「さて」
荷物が多すぎて扉をノックするにも一苦労。
が、どうにか持ち方を工夫して叩こうとした、その前に。
「あれ、どちら様で……あ、姉ちゃんだ!」
「えっ、本当だ!? おーい、姉ちゃんが帰ってきたぞ!」
どうやら家の外で遊んでいたのでしょう。
わたしが戸を叩くより前に弟妹達の元気な声が聞こえてきました。
「おねえちゃん? だぁれ?」
「はい、ただいま。キミのお姉ちゃんですよぅ」
一番下の弟はわたしが家を出た四年前はまだ生まれて間もない赤ちゃんでした。流石にそんな頃の記憶はないでしょうし、向こうにしてみればこれが初対面みたいなもんでしょう。小さい子供にとっての四年間と大人にとってのソレは、同じ時間であってもその意味合いはまるで違ってくるのです。
「はい、これお土産。持つの手伝ってね。お父さん達は中にいる?」
「うわ、重っ……いきなり人使い荒いなぁ」
「パパは工房、ママはお買い物中だよ。もうすぐ帰ってくるんじゃないかな?」
とはいえ、我らは血を分けた肉親同士。
最初はお互いの成長ぶりに驚いても、ちょっと言葉を交わせばすぐに昔の距離感を取り戻せました。直接会うの自体は久しぶりでも、年に数回は手紙のやり取りをしていたおかげもあるかもしれません。
「姉ちゃん、こっちの兄ちゃんは?」
「もしかして彼氏? 父ちゃん父ちゃん、姉ちゃんが彼氏連れてきたぞー!」
「ああ、もうっ! 無駄にややこしくなるから何も言わないうちから騒がないの!」
案の定、さっきのご近所さん達以上の大騒ぎ。
いつもは年上ばかりの修道院で暮らしているので、小さい子がドタバタと騒ぐのが常の環境は久しぶりです。今のうちから両親にどう説明しようか悩みながらも、この雰囲気がたまらなく愛おしくもあり。
両親と八人姉弟を合わせて計十人の大家族。その一番上のお姉ちゃんたるわたしは、こうして懐かしい我が家へと帰ってきたのでありました。




