30.ドッキリに引っ掛かるガール
「へえ、王都に旅行ですか。それは楽しそうですね!」
そんなこんなで間もなく遠出をすることになったのですが、当然ながら帰るまでの間はマー君の治療をお休みしないといけません。こっちの都合を押し付けることに申し訳なさを感じつつも事情を伝えたのですけれど、返ってきたのは先程の呑気な言葉。
いつまでも決定的な返事を先延ばしにしているわたしに言える筋合いはないのですけど、恐らくは十日以上も会えなくなるというのを気にする素振りがまるでないのはどうなのか。実はいつの間にか気持ちが冷めていたとかではない……と思うんですけど。
「ええ、もちろんです! この気持ちを自覚してからというもの、貴女への想いがより強まることはあれど、冷めたことなど一度としてありませんから」
「う、うす、あざっす……」
このストレートな好意の表現は、いくら聞いても慣れません。
動揺して妙ちくりんな返事の仕方になってしまいました。
「それに物の本で読んだのですけど、世の夫婦や恋人というのは無闇に会う回数を増やすばかりでなく、あえて距離を置くことで愛情を深めることもあるそうですよ。会えない時間が絆を強くするとかなんとか」
「それって普通にそのまま疎遠になるパターンもあるでしょうし、全部の人間関係に無条件に当てはまるわけじゃないと思いますよ?」
とはいえ、僅かの間とはいえマー君から離れられるのは、彼には申し訳ないのですけれど正直ありがたい気持ちがあります。もちろん彼のことは嫌いではない、どちらかというと人間として好ましく思ってはいるのですが、この優柔不断の身に全力全開の好き好きオーラはあまりにも心を疲弊させるものでして。
しばらく時間的にも空間的にも距離を置けば、日々増していくこの疲労感も多少はマシになることでしょう。ついでに自分の気持ちを見つめ直す好機になるかもしれません。
「ということは、りっちゃんさんが帰ってきたら再会と同時に良いお返事をいただけるかもしれないんですね! 楽しみにしています!」
「こらこら、そんなことは……」
必ずしも『無い』と断言はできないのが悩ましいところです。
マー君と離れたことで寂しさを覚えたり、自分の気持ちに整理を付けたり、あるいは開き直るだけの覚悟を決めたりとかも……まあ、あり得る範囲の可能性ではあるのでしょう。その可能性と同じくらい『有る』とも言い切れないのが我ながら情けなくはありますけれど。
ともあれ、この日はこんな会話を最後に解散。
そして、数日後。
いよいよ旅行当日となりました。
◆◆◆
事前の説明によると、王都までは駅馬車で片道五日から六日ほど。
駅馬車というのは、日本で言う長距離バスや鉄道の馬車版みたいなものでしょうか。街道沿いの街や村々を『駅』として、目的地までの距離に応じた料金を支払って乗せてもらう形です。
もう四年ほども前に地元の町から修道院まで来た時は、顔見知りの商人さんの馬車に乗せてもらったものですが、雑多な商品と一緒に荷台に詰め込まれるよりは乗り心地も良いことでしょう。のんびり景色を眺めながらの優雅な馬車旅、実に楽しみです。
「あれ? 院長先生、停車場はそっちじゃないですよ」
「おや、そうだったかね? まあ、いいからついてきな」
……なんて思っていられた時間は僅かでした。
街の門前にある駅馬車の停車場を通り過ぎた院長先生は、酒瓶がたくさん入っているであろう大きな旅行カバン片手に、街中をずんずん進んでいくではありませんか。
「何か買い忘れたものでもあったのかな?」
「まあまあ、今は置いて行かれないように急ぎましょう。ふふふ」
「ん……うん?」
まだ旅が本格的に始まる前からの院長先生の奇行に戸惑いつつも、あくまでオマケの立場のお供としては後を追わないわけにもいきません。
同じくお供を務めるクーちゃんと一緒に小走りで追いかけて……思えば、この時の我が友人の落ち着き払った態度への違和感をもっと深掘りすべきだったのでしょう。まるで、最初から急な予定変更を知っていたかのような……。
「んなっ!?」
そうして我々がやって来たのは、多くの学生が日夜修練に励む士官学校のすぐ門前。
そこには明らかに一般的な駅馬車とは一線を画した四頭牽きの立派な馬車と、見るからにこれから旅行に出かけますといった格好の顔見知りが二名ほどおりました。その他にも見覚えのない御者さんや執事風のお爺さんなどもおりますが、そのあたりは一旦置いておくとして。
「やあ、奇遇ですね! これからボク達も王都まで帰省するところなんですよ。ほら、こちらの王子様が目的地が一緒だから馬車に相乗りしてはどうかと勧めてくれまして。ありがとうございます、マクスウェル王子!」
「いや、構わない」
本物の王子であるマー君が、影武者であるレイさん相手に小芝居など打っています。どうやら、寛大なる王子様が帰省の際に同級生の一生徒を一緒に連れて行ってやる、といった筋書きなのでしょう。
「そんで王子のボウヤがアタシらも一緒にどうかって勧めてくれてねぇ。ほら、か弱い女三人ばかりじゃあ何かと物騒だろう? いやぁ、王子殿下は懐が広いねぇ! おかげで浮いた分の旅費を呑み代に回せるってもんだ」
更には院長先生までバレバレのお芝居に加わる始末。
それにしても、いくら方便とはいえ『か弱い』は無理があるでしょう。この筋肉老婆がか弱かったら、世界中探しても『強い』という形容が当てはまる生物はいませんよ。
「あらあら、私もビックリしてしまいました。ふふ、殿下とりっちゃんさんの婚前旅行に同行できるなんて光栄ですわ。お二人が愛を囁く場面を見てしまったりしたらどうしましょう」
ブルータス、じゃなかった。
クーちゃん、お前もか。
この子ってば自分が誰かと恋愛関係になる可能性は微塵も考えていないのに、他人の恋バナは結構イケるクチみたいなんですよね。その興味の対象が他ならぬ自分でなければ何の問題もなかったのですけれど。
「な、なんっ!?」
わたし以外は最初から全員グルだったということなのでしょう。
恐らくは今回の旅行の話が出た最初から。
昨日今日の思いつきでは、こんな馬車を回せるはずがありません。
「あはは、いわゆるドッキリというものです。ビックリしました?」
「したよ!? 超驚いたよ!」
「それにほら、会えない時間が愛を育むというのも一面の真実ではあるんでしょうけど、やっぱり好きな人とはなるべく一緒に過ごしたいものですから」
「うっ……」
マー君め、いったいどんな気持ちで先日の話をしていたんでしょう。
可愛い顔をして腹芸までこなすとは、このワンコ侮れません。
まあ流石に今のこの状況から一人だけ駅馬車で行くとも言えません。
二人きりではなく他の人も一緒なら変に意識しすぎることもないでしょうし、少なくとも馬車の乗り心地は一般の駅馬車よりも遥かに快適なはず。そう割り切って、改めて旅を楽しむ方向に気持ちを切り替えて……。
「そうそう、以前から好きな女性ができたと実家への手紙に書いていたんですけど、ボクの父がそれなら一度家にお連れしなさいと言ってまして。きっと、りっちゃんさんと仲良くなれると思うんですよ」
……ええと、つまりどういう?
おっと失礼。
マー君のカミングアウト以来数か月ぶりの、脳が異常な状況の理解を拒んでいる感覚がありました。マー君すなわち王子様のお家というと王都のお城。それで肝心なのはここからですが、王子様のお父さんというと……?
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