28.食い意地の張ったガール
ある日のお昼前。仲良く一緒に料理当番および味見という名のつまみ食いに励んでいた先輩のお一人が、わたしに以下のようなことを言ってきました。
「りっちゃんはアレだよね。ここに来た最初っから玉の輿に乗って還俗したいって言ってたのに、いざ絶好のチャンスが来たら腰が引けて急にしおらしくなっちゃう……ヘタレ?」
「ふふふ、ご存知ですか? 時に真実が人を傷つけることもあるんですよ?」
ここ最近の修道院内での話題は、もっぱら例の恋バナばかり。
あくまで他人事に過ぎない彼女達としては、次から次へと関係性が進んで欲しいのでしょうけれど、そのご期待に気安く応えて差し上げるわけにもいきません。
「そりゃまあ、良い家にお嫁に行って何不自由ない暮らしができればとは思ってましたけど、いくら良い家って言ってもあそこまでのは想定外ですって」
「まあ、それはそうだろうけど。じゃあさ、例の王子クンには一旦別の人を正妻として迎えてもらって、りっちゃんは側室なり愛人なりに収まるっていうのは? それはそれで気苦労は多そうだけど、正妻の立場よりは伸び伸び過ごせるんじゃない?」
「うーん、それは……」
考えたことのないパターンです。
豊かな生活を送りつつ、公人としての責任や世間からの注目は控えめに。
単純な利害だけを考えるならば、一概に無しと切り捨てるべきようなものではないはず。脳ミソを働かせて、なるべくリアルにその状況を思い描いてみたのですが、
「それは、なんというか……ちょっと嫌です」
元気に尻尾を振るワンコのように懐いてくるマー君が、わたし以外の別の女性に同じように好き好き言って懐いているのを想像すると、自分でも理解しがたいモヤモヤ感が湧き出てくるかのようで……。
「いや、それはもうかなり好きじゃん。架空の恋敵に嫉妬してるじゃん」
「いやいや、違うんですよ。しいて言うなら、自分に懐いてるペットの飼い犬が人様に粗相をしないか心配になるみたいな?」
「いやいやいや、よく分かんない例えで誤魔化さなくていいから。遠慮なく独占欲出しちゃっていきなさいよ」
どうも先輩は、わたしも彼のことを憎からず思っているのに勇気がなくて素直になれないだけ……みたいに捉えているご様子。まったく困ったものです。ええ、実に困ります。
「ていうか、マー君って許嫁とかはいないらしいですよ」
「へえ、意外。王族って婚姻外交で他の国のお姫様とか貴族のご令嬢なんかのお相手が、子供の頃から決められてるもんだと思ってたけど」
「ほら、マー君って少し前まですごく身体が弱くて、ほとんど寝たきりの生活だったらしいですから」
「あー……それは話が出ても相手が躊躇するか」
そういう相手不在の状況も、先日の唐突なプロポーズの一因ではあったのでしょう。彼本人は、いつ死ぬとも知れない相手に嫁ごうと考える酔狂なご婦人がいなくてラッキーでした……なんて、一緒に笑っていいのか迷うことを朗らかに語っていましたが。
「なので、他のどなたかとの婚約を破棄するだとかの方向で問題になりそうな気配は現状ないんですけど。しいて言えば、どこの馬の骨とも分からない庶民の娘が世間知らずの王子様を誑かした、みたいに国のお偉いさん達に思われるのが一番トラブルの可能性ありそうですねぇ」
「ふむふむ、そのあたりは何とも言えないかなぁ……っと、そろそろ焼き上がりかな?」
「ですね、それじゃ焦げ付く前に火から下ろしちゃいますか」
料理の完成間近とあって雑談は一旦このあたりで。火にかけていたフライパンの中を覗くと、うん、しっかり羽根もパリパリに仕上がっているようです。
「りっちゃんのお母さんのオリジナル料理なんだよね。なんて名前だっけ?」
「焼きギョウザですね。言葉の由来はよく分かんないです」
もちろん実際に今生の実家で中国四千年の味が出てきたことなどないのですが、そこは前世関係のアレコレを周囲に隠しつつ自分が食べたいモノを作るための方便というやつです。
先日食べたくなったラーメンとなると流石に難しいのですが、そのお供として名コンビを組んでいるギョウザなら再現可能と踏みました。小麦粉を捏ねて皮を作り、豚肉と適当な香味野菜のみじん切り。欲を言えばお醤油とラー油が欲しいところでしたが、そこまでは望めないのでタレは前世で一時期流行った酢コショウで。
「へえ、変わってるけど美味しいね」
「ええ、自分で皮から作るのは初めてでしたから安心しました」
先輩と二人で味見をしたところ評判も上々。他の皆さんの評判次第では、もっと積極的に地球の料理再現とかしてもいいかもしれませんね。
レシピの出どころについては、まあ今回と同じ方便の使い回しで大丈夫でしょう。
今生の母上様は今後とも身に覚えのないオリジナル料理開発者として、当修道院内での評判が高まっていきそうですが……なぁに、ここの人達がわたしの実家に来ることなんてあり得ません。どうせバレやしませんって。
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