26.豚骨とガール
さて、あの日から五日ほどが経ちました。
日常的に謎の世界樹成分を肉体に取り入れているせいか、我が修道院の構成員はやたらと健康なのが常。わたしもここ三年ちょっとの間に風邪ひとつ引いたことがなかったのですけれど、そのファンタジックな健康効果も万能ではなかったようです。
極度の疲労と心労と寝不足が祟ったせいか、あの翌日から三日ほどわたしは熱を出して寝込む羽目になりました。まあ幸いそれ以上の重症化はせず普通に回復はしたのですけれど、体調の改善は問題の解決を意味してはくれません。
「……よし!」
とはいえ、いつまでも逃げ回っているわけにはいかないでしょう。
自らの頬をパシンと張って気合を入れると、わたしは修道院最寄りの街の大通りをのっしのっしと歩き出しました。気分はこれから決戦に向かう戦国武者の如し。
先日は思わぬ不意討ちを喰らって防戦一方の有り様でしたが、肉体年齢的には同い年とはいえ前世の人生経験込みならこちらは年上のお姉さん。酸いも甘いも嚙み分けたオトナの余裕で小僧っ子を翻弄してやるわグハハ、なんて……いや、すいません。見栄を張りました。無駄に年齢を重ねたばかりで経験値の低い前世でごめんなさい。特に前世知識を活かす場面もないですし、仮にも転生キャラとしてどうなんですかね自分。
まあ、そのあたりを深掘りしても悲しくなるだけなので一旦忘れておきましょう。
もうお分かりでしょうけれども、今日はわざわざマー君と会うためだけに街に出てきたのです。これまでは買い物当番中のサボりという形で会っていたのですけれど、実は修道院内での生活にもちょっとした変化がありまして。
わたしが体調を崩して反省したのか多少は追求の熱量も落ちましたが、それでも修道院の皆さんの興味関心が例のワンコ王子の恋路に向いているのは明らかです。当事者であるわたし本人は情けなくも未だ方針を決めかねているのですけれど、彼女達は王子様を応援する方向ですっかり意見を固めてしまったようなのです。
おかげで各種当番を代わってもらえたりするので悪いばかりではないですが、これからはマー君と会うたびに帰ってから根掘り葉掘り聞かれるのは確定でしょう。
「ええと、待ち合わせ場所は通りの端の……あ、いたいた」
「やあ、りっちゃんさん! もうお元気になられたんですね。嬉しいです!」
「あ、その、うん。どうもです……」
あの日以来、マー君と顔を合わせるのはこれが初めて。
酔狂にも伝言役を進んで買って出てくれた先輩のお一人曰く、わたしの体調不良を知った彼はお見舞いに来たがったようなのですが、お客様向けの応接室ならともかく修道女が寝起きする寝室に殿方をお招きするというのは外聞がよろしくない。
それに彼は彼で士官学校の一生徒として、先日の事件の後片付けに駆り出されてそれなりに忙しかったらしく、今日まで会えるタイミングがなかったのです。
はてさて、まずはどんな話題から切り出すべきか。
「それにしても、ふふ」
「おや、マー君。何か嬉しいことでも?」
「ええ、数日ほど間を空ける形になってしまいましたが、やはりボクの気持ちにはまるで変わりがないようです! りっちゃんさんを見ているだけで幸せな気持ちになってきます!」
「そ、そうですか……それは、その、どういたしまして?」
こちらが話題選びに迷っている間に、どんどんと攻勢を仕掛けてきやがります。
このあたりの文化圏の特徴なのか、それとも彼個人の性格によるのか、まあ多分その両方なんですが他者に好意を伝えることに引け目や不安を感じたりすることが全然なさそうです。それが嫌とまでは言いませんけど、こうもグイグイ来られると心がムズ痒くなってくると申しますか。
「そうそう。学校の先生から聞いたんですけど、先日の魔物の襲撃の原因は大体分かったみたいですよ」
「あ、それは聞いておきたいかも。また再発とかあったら怖いし」
幸い、先程の話題は早々に切り替えて別のお話に。
先日の魔物の襲撃では奇跡的に死者は出なかったらしいものの、それでも重軽傷者は多数出たそうですし、もし次に同じようなことがあったら何度も同じような幸運は続かないでしょう。然るべき立場の方々には、原因の究明と再発の防止をしっかりやって欲しいものです。
「まず、この間のグレートトゲアリトゲナシトゲトゲの餌となるハカタトンコツスライムという魔物がですね――」
「……待って待って。何スライム?」
「ハカタトンコツスライムです。ボクも実物を見たことはないんですけど、学校の先生によると豚骨を煮込んだスープに似た白濁具合と独特の臭いがあるそうで。『ハカタ』という言葉の意味は先生もご存知なかったみたいですが」
いや、博多豚骨て。
どこのどなたか存じませんが、その魔物に命名したの多分わたしの同郷人です。
現地の異世界人には絶対分からない地元ギャグで悪ふざけしてやがりますよ。
急な前世トークでマー君に引かれると傷つくので、そのあたり詳しく説明するわけにはいきませんが。いやまあ他でもない自分自身という実例がいるわけで、他の転生者なり転移者がいても不思議はないのかもですけど、そういうのはもうちょっと違う形で気付きたかったですねぇ。
「魔物の命名者ですか? ええと、たしか百年くらい前の著名な学者さんだったかと。すみません、先生達かレイに聞けば、もっと詳しく教えてくれると思うんですけど」
「あ、いいですいいです。お気になさらず」
それに、その推定同郷人さんはとっくに鬼籍に入られているご様子。もし同時代人であれば多少の無理をしてでも会ってみようと思ったかもしれませんが、そういった事情なら仕方ありません。諦めが付きやすくなって、かえってラッキーくらいのもんです。
「ちょっと話が逸れましたけど、そのスライムが昨年の暑さで増えた小さい虫を食べて大繁殖して、そのスライムが例のトゲトゲの餌になって異常に増えて、それが本来の生息域を盛大にはみ出してきた……というのが大雑把な理由みたいです。そのスライムが溜まっていた山中の沼に火をかけて焼いたそうなので、当分は同じようなことはないかと」
「うんうん、大自然の神秘ですねぇ」
つい適当な返事をしてしまいましたが、少なくとも同じ理由での魔物大発生がないのなら、それ以上わたしから望むことはありません。しいて問題点を挙げるとすれば、今の会話のせいで前世ぶりにラーメンが食べたくなってしまったくらいでしょうか。ラーメン自作はハードル高そうだなぁ。
「おっと、立ち話が長くなってしまいましたね。じゃあ、そろそろ行きましょうか?」
「う、うん、そうだね……」
さて、今更ではありますが。
本日、わたし達はわざわざ立ち話をするためだけに待ち合わせていたわけではありません。他にもっと大事な理由があるのです。わたしとしては、まだ時期尚早だと思うのですが。
「ここですよ。では、入りましょうか」
元の待ち合わせ場所から歩くこと数分。
この街の中でも特に良いお値段がする店屋が並ぶ通りにやって来た我々は、周囲の建物の中でも一際立派な宿屋さん、つまりは高級ホテルに二人でチェックインしたわけなのですが……いや、違くて。違うんですよ。マジでマジで。そういうアレではなくてですね。




