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転生して聖女見習いになったと思ったら何故か毒手の親戚みたいなトンチキ拳法を極める流れになってるんですけど!?  作者: 悠戯


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25.ラブとガール


「いつから、ということなら今日の昼間からですね」


 唐突に思えたのも無理はありません。

 実際、マー君のわたしに対する意識が変化したのは、僅かここ半日くらいだというのです。前々からそういう気持ちがあったにも関わらず、単に鈍いわたしが気付いていなかっただけという展開よりは心なし気が楽ですが、まあ誤差みたいなもんでしょう。



「意識が朦朧としていたので全部をハッキリ覚えているわけではありません。ですが、禁を破る危険を冒してまで死の淵から救ってくださったりっちゃんさんが、涙ながらにボクの無事を喜んでくれたのだけは確かに覚えています。しいて言えば、その瞬間でしょうか……ボクが貴女に恋をしたのは」


「ソ、ソウデスカ……」



 あの時、意識あったんかい!?

 思い返してみれば、妙に彼の顔が赤かったような覚えもあるような?


 まあ、その瞬間だけを切り取れば美談に思えなくもないでしょうが、そもそも死にかけた理由の半分は他でもないわたしが殺しかけたせいなのです。

 しかも彼が言った時点のチョイ前までは、肘打ちやら蹴りやらを全身あちこちに入れてボコボコにしていましたし、涙を流した理由についても半分は院長先生による制裁を回避できたという安堵の為……もっとも、これは現在進行形で不安が蘇っているのですけれど。


 ううむ、なにしろ事は王族に対する殺人未遂と傷害罪。

 全部を正直に白状したらマー君の恋愛感情がどうこう以前に、わたしが官憲にしょっ引かれてしまう可能性すら否定しきれません。



「ええっとですね、その、これは別にマー君の気持ちを侮辱する意図はないんですけど」



 なので、もうちょっとマイルドな方向から彼の気持ちを落ち着かせる作戦で。



「たしか吊り橋効果とか言いまして……ほら、高い吊り橋の上を歩くと怖くてドキドキするでしょう? そういう命の危険に対するドキドキと恋愛感情のドキドキを混同してしまうことも、世の中にはないわけじゃないらしいですよ?」


「へえ、りっちゃんさんは博識ですね! また一つ好きなところが増えました!」


「こ、こらこらっ!? わたしが言いたいのはですねぇっ」


「ふふふ、冗談ですよ。なるほど、たしかに非日常の高揚を別の感情と誤認してしまうというのは如何にもあり得そうなお話ですね」



 おや、思ったより理性的な反応が?

 王子様のお相手を一時の感情に流されて簡単に決めていいはずがありません。タイミング的にご実家の許可取りなどもしていないはずですし、どう考えても大問題になってしまうでしょう。 


 まあ、ほんの少しだけ?

 さっきの話が無しになるとして、ちょっぴり残念な気持ちも正直ないではないですけど……。



「さっきのお話から今はだいたい半日経ったくらいでしょうか? 死にかけた直後と違って今は心身の調子も普段通りだと思いますが……うん、やっぱり。今もりっちゃんさんのお顔をこうして見ているだけで胸がドキドキします! これはやはり誤解などではなく、いわゆる恋というものなのでは?」


「いや、だから、判断が早すぎますって!?」



 吊り橋効果説の作戦は失敗してしまったようです。

 ううむ、ならば次は……いや、そもそも必死になって断る理由もないのでは?


 王子様……恐らく未来の王様のお嫁さんともなれば、それすなわち王妃様。

 革命とか大戦争とかよっぽどの事態が起こって国そのものの存続が危うくなるでもなければ、少なくとも一生お金で苦労することはないでしょう。実家の家族に良い暮らしをさせてあげたり、本人達が望むなら弟妹を良い学校に行かせてあげたりなども、マー君の性格上イヤとは言わないはず。


 でもなぁ……王妃様ともなれば天下の公人。

 貧乏暮らしとは縁が切れる代わりに、庶民の気楽さとは無縁でしょう。

 具体的なところを知っているわけではないので雑にイメージするだけですが、朝から晩まで一挙手一投足に誰かの注目が集まり、うっかりマナー違反でもやらかそうものなら陰湿なお貴族様からの陰口や嫌がらせの数々が……いやいや、そこまでいくと被害妄想が飛躍しすぎかもですが。お話を受ける方向で考えるにしろ断るにしろ、そもそもの判断材料となる知識が不足しすぎているのでしょう。こういうのって誰に聞けばいいのかな?



「まあまあ、今後の一生を左右することになるお話ですし、お返事はりっちゃんさんがご納得いくまで考えてからで結構ですから。ボクもまだ当分は普通の学生を続けていくつもりですし」


「あ、はい、お気遣いどうもです」



 頭の中でグルグルと悩みながら七面相を披露していたわたしを気遣ってか、マー君はそんな大人の余裕まで見せています。いったい誰のせいでこんなに悩んでいるかを考えると、それを頼もしく思いつつも素直に喜べない自分がいたりして……。



「……ああ、そうだ! 思い出したよ!」


「は、はい!? どうしました、院長先生?」



 突然の告白からすっかり蚊帳の外に置かれていた院長先生が、そこはかとなくワザとらしい大声で独り言を呟き始めました。



「金髪、そういや昨日アンタに一人前の許しを出してやったばかりだっけ。まったく、トシを取ると物忘れが多くなっていけないねぇ」


「え? あの、いきなり何の話を……」


「やれやれ、鈍い子だね! アンタは昨日のうちに、その手を使う許可をアタシから貰ってた。他の小娘共がいない時にね。だから今日の件は水に流してやるって言ってるんだよ!」


「あ……ああ、はい、そうでしたそうでした! いやぁ、わたしもすっかり忘れてましたよ!」



 まさか、あの院長先生がこんな小芝居を打ってまで穏当な落としどころを用意してくれようとは。もちろん実際にはそんな事実はなかったのですけれど、院長先生がこう言っている以上、この修道院ではそういうことになるのです。



「ったく、すっかり気が抜けちまったよ! だけど、こんなことは今回きり。二度は絶対にないから調子に乗って馬鹿な真似をするんじゃあないよ。こんな横紙破りは金輪際ないからね!」


「そ、それはもう。重々承知しておりますです、はい」


「そこの扉の向こうで聞き耳を立ててる小娘共もだよ! お分かりかい!」


「「「は、はい、院長先生っ」」」



 院長先生が呼びかけると、応接室の扉の向こうから先輩方やクーちゃんが室内に雪崩れ込んできました。わたしは全然気付いていませんでしたが、この恐ろしくも寛大な老婆には気配だか野生の勘だかで皆がいることが分かっていたのでしょう。


 途中まではお茶の用意やら何やらで出入りしてる先輩もいましたし、なにより話の内容が内容です。敬虔なる修道女の身とはいえ、ついつい気になってドアの外から様子を窺いたくなっても無理はないでしょう。わたしも自分が当事者でさえなかったら、絶対に同じことをしていた自信があります。

 これだけの人数に今現在のわたしの状況を知られてしまったのは、気恥ずかしいものもありますけれど。というか、多分さっき告白されたのも皆に聞かれちゃってますよね。ああ、恥ずかしい……。



「さて、と。言うまでもないけど、今日ここで聞いたことは他言禁止だよ」



 おっと、このまま院長先生が締める流れですかね。

 王子様の正体とかの重大情報もありますし、これについては仕方ありません。



「まあ修道院(ここ)の中だけで、事情を知ってる身内同士のお喋りのタネにするくらいは構わないがね。金髪、アンタがその気になりゃ還俗は許してやるから、王子のボウヤは正々堂々と口説き落としてみせな」


「はい、頑張ります!」



 そうですか、頑張っちゃいますかぁ……。

 マー君は迷わず元気なお返事をしていましたが、わたしとしては頑張るべきかどうなのか。そりゃまあマー君のことは嫌いじゃないですけど、これまで恋愛や結婚の対象として見たことがなかったせいもあり、どうにもスタンスを決めかねているというのが現時点での本音でしょうか。


 ともあれ、長かった一日も今度こそ本当に最後です。

 恐らく、現在はとっくに日付が変わっているような時間のはず。

 マー君とレイさんを手短な挨拶と共に見送って、疲れ切って重い身体を大部屋のベッドに横たえようとしたところで。



「ねえねえ、りっちゃん! あの王子君との馴れ初めを詳しく!」


「いやぁ、これまでにも玉の輿に乗った先輩はいたけどさ、まさか修道院(ウチ)から未来の王妃様が出るなんてね。結婚式は王都でやるのかな?」


「りっちゃんさん! 私、もうすっかりドキドキしてしまいましたわ! 殿方からあんなにも情熱的に愛を囁かれるなんて……っ」


「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!? 先輩達はともかくクーちゃんまで! せ、せめて明日じゃ……駄目ですか、そうですか」



 あまりにも疲れていたので会話に応じるにしてもせめて明日にして欲しかったのですが、身内の色恋沙汰という絶好の餌を与えられた彼女達は生肉を前にした狼も同然。とても夢の世界に逃がしてはもらえなさそうです。



「ああ、もうっ。仕方ないですねぇ!」



 結局、そのまま夜更かしを続けて彼女達とのお喋りに応じ、ようやく気絶するように眠りに落ちたのは朝日が昇り始める時間帯。まったく、本当に大変な一日でした。


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