23.覚悟に戸惑うガール
考えてみれば今の状況はそこまで悪くない、かもしれません。
本来のプランでは毒手モドキの無断使用をずっと隠し通すつもりでしたが、いつバレるとも分からない罪に怯えながらビクビク過ごすというのは如何にも大変そうです。見た目通りに野生的な勘を備えた院長先生なら、マー君達が訪ねてこずとも僅かな違和感からわたしのやらかしに気付いていた可能性はそれなりに高そうに思えます。
ならば、いっそ罪は罪として素直に白状してしまった上で、堂々と無罪判決を勝ち取る方向で考えたほうがまだ見込みはあるのではないか。事前に相談して欲しかった気持ちがないわけではありませんが、最短の想定だと今夜中にもう制裁を喰らっていた可能性もなくはないわけですし。気付いた時にはもう手遅れだったという事態を避けるべく、可能な限り早く駆けつけてくれたマー君の判断が間違っていたとも言い切れません。
「そうそう、まず前提条件の確認なんですけど、マー君はこの手のヤツを知ってたんですね。さっきは癒しの御業とか言ってましたっけ? 元々、あちこちのお偉いさん相手に出張治療してるって話でしたし、王族の方が知っているのは納得ですけど」
「ええ、それもありますけど、ボクの場合は実際に何度も体験していましたから。自分で言うのも変な感じですけど、ほら、この街に王子がいるのは療養の為だとか聞いたことありません?」
そういえば、そんな噂を聞いたこともありましたっけ。
その時はまさか自分がその話題に深入りする羽目になるとは思いませんでしたけど。見るからに健康そうな影武者さんと療養というフレーズがしっくり来なくて違和感を抱いた覚えもありました。もっとも、その時は適当に流してしまったのですけれど。
「お恥ずかしながらボクは昔から身体が弱かったもので。生まれつきの体質というわけではないんですが、赤ん坊の頃から何度も死にかけたせいか身体もなかなか大きくならなくて。そこで二年ほど前に王都から移ってきて、大聖女様に継続的な治療をお願いしていたんです」
「なるほど、なんで療養でこの街を選んだのか不思議に思ってましたけど、ウチの修道院があったからだったんですねぇ……というか、それじゃ院長先生はマー君が本物の王子だって最初っから知ってたんですか?」
「そりゃ知ってるさね。このボウヤがまだオシメの取れない頃からの付き合いさ。まだ赤ん坊だったこの子が殺されかけた時だって、たまたま何かの用事で王都にいたアタシがいなきゃ、まあ十中八九はそのまま死んでただろうからね」
「え、殺さ……?」
なんとも物騒な話です。
それも赤ん坊の頃ともなると明らかに穏やかな話ではないでしょう。
「あはは、まあ珍しくもない話ですよ。父上の次の国王の座を狙っていた皆さんにとっては、生まれた時から第一位の王位継承権を持っていたボクが邪魔だったんでしょうね」
「いや、だって、まだ赤ちゃんだったんですよね!? しかも、犯人が他の王様候補ってことは親戚の人ってことに……」
「ええ、流石に当時の記憶はないですけど、最初に殺されそうになったのはボクが生後半年の頃だったと聞いてます。叔父が毒を盛ろうとしたとか何とか。すぐに露見して死刑……王家の醜聞でもありますし、表向きは急な病死ということになったそうですけど」
それで生死の境を彷徨ったマー君は院長先生のおかげで辛うじて命を拾ったものの、健康的だった肉体はすっかりボロボロになってしまったのだとか。しかも、話はこれで終わりではありません。
「次に死にかけたのは四歳の時で、これは薄っすら覚えてますね。当時ボクが懐いていた世話係が大叔母に買収だか脅迫だかされたとかで、やはり食事に毒を。その次は王位が欲しかったわけではないんでしょうが、兵士に扮した某国の暗殺者にお腹を刺されて……これが確か五歳の時ですね。ああ、もう全部済んだ話ですからお気になさらず」
「いやいや、気にするよぅ……」
平和な国だと思ってましたけど、表沙汰にならないだけで物騒な話もあるところにはあったようです。というか、本人の中ではすでに整理が付いているのかもしれませんけど、それだけの悪意に晒され続けた過去を明かして何とも思っていなさそうなマー君にビックリですよ。
「不幸中の幸いというか、その三度目でこの手の話題は打ち止めになりまして。定期的に王都に来て下さる大聖女様に治療していただき、ここ数年はこっちに移って癒しの御業を受けられる機会が増えたおかげで、この通りすっかり元気になりました。色抜けしていた髪の毛も元通りになりましたし。欲を言えば、もうちょっと背丈が伸びて欲しくはありますけどね」
別に同情を買う気でそんな話をしたわけではないのでしょうが、わたしはマー君の壮絶な過去にすっかり打ちのめされてしまっていました。
銀髪のレイさんが影武者を務めているのも、赤ちゃんの頃に死にかけて髪色が抜けてしまい、以来十年以上もマー君自身が銀髪だったから。本人曰く、同じ銀色でももっとくすんだ色合いだったそうですが。
生まれて間もない頃と同じライトブラウンの髪色に戻ったのは、実はここ一年ほどのことなのだそうで。以前にクーちゃんが噂に聞く王子と過去に自らが見たイメージの齟齬に首を傾げていましたが、そこにはこんなカラクリがあったというわけです。
病弱ゆえ滅多に人前に出ないながらも、王子イコール銀髪というイメージは広く世間に知られていました。対して、王子の髪色が変わったと知る人はごく僅か。そうした固定観念を利用するために、一見すると似ても似つかない人物が影武者を務めているというわけです。
ただでさえ、その美貌ゆえに耳目を集めがちな影武者が近くで暮らしていたら、まさか同級生の平凡な一生徒が本物の王子様だとは誰も思わないでしょう。
「ううぅ、マー君苦労したんだねぇ……っ」
彼が毒手モドキを知っている理由を尋ねただけのつもりが、意外にも程があるエピソードが飛び出してきました。正直、どうやって院長先生に言い訳しようかという本題から大きく脱線した感は否めませんが。
「それで、大聖女様。りっちゃんさんのことなのですけど」
「ああ、ボウヤには前にチラっと話したことがあったっけね。オシメの取れない半人前がアタシの目を盗んで小遣い稼ぎをやってたんで、キツめの仕置きをくれてやったのさ。両の手首から先を強く引っ張ってブチっとね」
うっ、やはりそこに戻ってきますか。
ていうか、罰の内容が怖すぎる!?
悲劇の王子の半生が語られた直後に必死に言い訳を考えるのは、我ながらみみっちぃ話ですけれど。しかし、そもそもの誤解としてマー君には言い逃れに協力するつもりなど全くなかったようなのです。
「そういった事情なら罰を与えるのも仕方のないことでしょう。ですが、彼女が御業を使ったのは魔物にやられたボクを助ける為です。それでも罰をお与えになるのですか?」
「ああ。私利私欲よりかはマシだが約束は約束だ。結果的に助かりはしたけどね、ボウヤ、アンタ本当に死ぬところだったんだよ?」
いや、その点に関しては本当に言い訳のしようもない事実なのですが。
全身の血管がビキビキに浮き出て破裂寸前のところまでいきましたし。
結果的に成功したからといって、無免許の闇医者が手術したも同然の危険行為をお咎めなしでなぁなぁにしないという院長先生の判断は、実のところ筋の通った態度ではあるのでしょう。漫画の神様が描いた黒衣のお医者さんのようにはいきません。
とはいえ、罰を受けるのが他ならぬわたし自身となれば話は別。
もう恥も外聞もなくゴネてゴネまくって、どうにか再起不能だけは回避しなければならない……なんて、思っていたのですけれど。
「分かりました。大聖女様のご意見はごもっともです」
こらこら、マー君や?
急に物分かりの良さを発揮しないでくださいよ、と。
そんな風に考えていたわたしは、その正体と過去を知ってなお彼のことを理解しきれていなかったのでしょう。
「では、罰はボクが代わりに受けます。ですので、どうか彼女のことは許してあげてください」
いくら厳格な院長先生とはいえ流石に王族を害することはできないだろう、などという甘い予断ゆえの大胆な提案というわけではないのでしょう。それくらいはマー君の真剣そのものの声音から分かります。
だとしても、流石にそこまでしてもらう理由は思い当たりません。
さしもの院長先生ですら、彼の並々ならぬ覚悟に気圧されているようです。
マー君がそこまでする理由。
それを知った時、わたしは本日最大の衝撃を受けることとなりました。




